第6話 小細工をしました
「おい、エルド。こんなんで上手くいくのか?あのヘビの血を周りに撒いただけじゃねぇか?しかも屍を長い木に縛り付けるおまけつきで。」
サイファは首を捻りながらエルドの“撒き餌”を見た感想を言った。
仕留めたヴァイパーから血を抜き、その死体を磔のように縛って顔は森の方に向けている。
「上手くいくと思っていますけど、でも正直言うと、半々ですね。
シッカーが怒り狂っていれば見境なく来ると予想してます。
魔物は虫型というか魔物は上位種といえども知能は低いです。更に上になれば分かりませんが、この村へ来る途中に出会った魔物たちはただ、向かってくるだけでした。そこを鑑みても程度がわかるというもの。わざわざ、討伐隊を組んで森の中へ危険を承知で行くよりは危険度が低いはずですよ。こんな“撒き餌”でもね。
まぁ、大事な卵は全て失っている、その相手が分からない、そんな中に天敵の血の匂いがする。八つ当たりでもしなきゃ収まらないでしょう。そして、森から出てくれば天敵の目の前には卵があり、食べられそうになっている。そんな中、ヴァイパーが死んでいるかどうかの判断ができますかねぇ。」
怒りで我を忘れ、小細工まで施しエルドは自分の予想通りにことが運ぶことを半ば確信していた。それでも、エルドが行ったのは小細工以外の何もでもない。
ヴァイパーの体を立てた丸太にくくりつけ、口を開けたまま固定し、その前に回収し残した1つの卵を置いただけ。今にも卵を食べそうに偽装したのだ。
(シッカーたちには今のところ何かを思うところはないけど、しかし確実に来る危機には対処しないとな。シッカーがフェル村を襲わないという保証があるわけじゃないし。)
「そう言われたらそうだけどな。ただ、そこまで頭が弱い上位種がいるのか?よく見なくてもこのヘビは死んでんだぞ?それにだ血の匂いで他の魔物が来たらどうすんだ?」
サイファはあくまでも上位種とあろうものにこんな小細工が通じるのかと疑問視していた。しかも、時間は朝になりかけているのだ。夜ならまだしもという思いが強いのだ。
「サイファが言うことも分かります。生きているように見せかけてもいないですからね。ただ、卵が食べられそうになっているだけ。まぁ、これが上手くいかなかったときはネルスラニーラさんに誘き寄せられそうな手がないか聞きましょう。
他のが来たら、美味しく素材を頂きましょうか。ただ、ヴァイパーはこの近隣では割と強い方なので寄ってこないとは思いますけどね。」
エルドはサイファの疑問を肯定しながら、淡々と作業を進めていった。作業が終わる頃には空が白さを出していたのだった。
「さぁ、ムースさんのところにまで下がって最終確認しましょうか。」
エルドが仕掛けた小細工はちょうどフェル村と森の中間地点・・・。ではなく、少し森よりで森からの様子が確認できる場所であった。フェル村も森からさほど離れている訳ではない。今まで森から魔物が出てきたことはある。だが、上位種が生まれ村が襲われる可能性がある。その危機感が伝わり、その危険性を高めた責任があると思ったエルドが今回の襲われる前に殲滅するという行動に出たのだ。
「ムースさん、とりあえずこちらの準備は終わりました。最後の仕上げはサイファにお願いするので。そちらの準備はいかがでしょうか?」
「了解だ。大丈夫だ、こちらも準備は終わっている。」
短く答えたムースら、警備隊は最終確認を行う。エルドがヴァイパーを使ってこちらに向かわせると聞いたときには目が点になったが、よくよく考えるといつ襲われるかと常時警戒するよりもこちらのタイミングで誘き寄せ撃退できる方が無用な疲労がないと判断したからだ。
「俺たち、警備団はエルドが打ち漏らしたシッカーを倒し、村への被害を押さえるとともにこちらの被害を0になるように気をつける。手順なんてあってないようなものだがな。あいつらが来ないとどうしようもない。でも、やってみるだけの価値はある、だから乗ったんだ。よし、ラート、準備は出来てるな?」
「はい、隊長!4人1組で戦うように徹底し、もう組ませてあります。負傷した者が出た場合にも備えて後方に救護所も設置ずみです。」
副隊長のラートはムースからの最終確認を淀みなく答えた。このやりとりだけでもラートの有能さが分かった。ムースの後を追ってフェル村に来ただけのことはあるのだった。
「じゃあ、俺たちは備えておく。いつでもやってくれ。だが、エルドとサイファ・・・。無茶はするなよ。」
「ありがとうございます、ムースさん。討ち漏らしはよろしくお願いします。じゃあ、行ってきます。」
そう言うとエルドたちは仕掛けた罠のところまで進んでいった。その後ろ姿をムースは心配そうな顔をして見送っている。ムースはエルドともに供に前線に立つと言い張ったが、エルドは自分たちだけでいいと固持したのだ。前線に立つより討ち漏らしの対応をエルドが願ったのも大きいのだろう。
それでもムースはまだ幼く見える少年に任せていいのか未だに葛藤している。しかし、ここまで来たら頭を切り替えなければこちらが怪我をする。死者を0にするという目標を掲げているのに隊長の自分が負傷しては話にならない。そう思い直し、声を張り上げた。
「いいか、お前ら!!俺たちよりガキなあいつが前線に立ち、警備兵の俺たちは後方で待ち構える!!俺たちの中にあんなガキに笑われるような奴は誰1人としていない!!
いいか!!誰1人として怪我なんかしてみろ、そいつが破産するまで飲み食いするからな!!怪我よりも恐ろしい痛みを与えやる、分かったな!!!」
「隊長!誰も怪我しなかったらどうするんですか!?」
「そんときはシッカーの素材で儲けて、俺が奢ってやるから心配すんな!!」
ムースの喝ともに笑い声が返ってくる、ほどよい緊張と仕事の終わりの旨い酒が誰の奢りになるか想像しているのだろう警備兵たちの顔は明るい。
「よし、各員、行動を開始しろ!!」
「「「 おう!!」」」
気合いの漲った返事がムースへと返ってきたのだった。
「さて、サイファ。始めましょう。」
「あいよ。さぁ、集まって来いよ、お前らの嫌いな奴の血の匂いだぞ!」
サイファは撒き散らした血の前で立ち止まり森へと向かってそっと息を吹いた。すると、その匂いを届かせるようにそよ風が吹いたのだ。
≪吹息(ブレス)≫
そう呼ばれているスキルを使ったサイファを見たエルドは森の方へと目線をやった。
(さぁ、早めに出て来てほしいけど・・・。どれくらい待たなきゃいけないかな。)
そんなことを思いつつ警戒を解かないエルドだったが、彼の予想はあっけなく瓦解する。サイファの≪吹息(ブレス)≫が届く前に木々から赤い点が次々と見え始めたのだ。それと同時に木々がなぎ倒される。
土煙が舞った。
先ほどの赤い点より1m高いそのどれよりも紅い点が4つ見えた。朝だというのにも関わらず、その紅く染まった点は土煙が消える前にエルドたちの方へと向かってきた。
「あいつら誘き寄せるまでもなく来やがったぞ!!こりゃ、楽でいいな!!エルド!!」
「たしかに楽ですが・・・。今、招待状を送ったばっかりだというのに待ちきれなかったようですね。礼儀がなっていない招待客にはもう一度やり直してもらいましょう。その命を。」
サイファはどんな奴が現れたのか、今からの戦いに牙を見せながら興奮したように言い、エルドはその興奮に煽られることなく冷静にかつ口角を上げながら答えた。
―GIIIIIIAAAAAAA―
不快な叫び声が周りを揺らす。その紅い4つ点が先頭にいるようだ。それを見たエルドはさらに笑みを深くする。
「じゃあ、ヴァイパーの素材をダメにされる前に決着をつけましょう。あの上位種と思われる奴は一度、後方にまで戻ってもらいましょうか。」
「そうだな、お楽しみは後からが・・・。」
土煙が晴れ、シッカーたちの姿が露わになる。それを見たサイファが途端にやる気を失ったのだ。先ほどまで浮かべていた獰猛な顔が無表情へと、分かり易く落胆したと物語っていた。
「シッカーって師匠が教えてくれたカマキリじゃないですか、身構えて警戒するほどのものでもなかったですね。」
「雑魚じゃねぇか・・・。エルド、やる気が失せた・・・。後は任せる。」
「はいはい、そんなことだろうと思いましたよ。後はやっておきますからヴァイパーの素材は頼みましたよ。」
へいへいと答えるとその場で座り込んだサイファは欠伸をした。目線を後ろにやると緊張を隠せない警備隊が見える。ムースが声を張り上げているようだ。
(心配しなさんな。あんなのすぐに終わるさ。あぁ~、暇だ。)
そして、エルドは武器を取り出しシッカーへと走り出す。
エルドの武器は円柱の金属の棒に取手をつけたものだった。その棒の両端は鋭く尖っていた。そして、それを両手に持っていた。
刺突鈍器・2刀流それがエルドの戦闘スタイルだった。
戦闘開始まであと数メートル。エルドは上位種に向かって飛んだ。すれ違いざまに両手にした鈍器で打ちつけ彼の倍はあろうかという女王を吹き飛ばした。
その巻き添えに女王に後ろを走っていたシッカー共も吹き飛ぶ。そして、エルドは突き進み、そのまま周りのシッカーの頭を打ち払い、鋭い先端で突き刺し、吹き飛ばす。
中心にはエルドその周りには何体ものシッカーの亡骸。
一連の攻撃を終えたエルドは周りを囲まれていた。女王がおらず指示がないシッカーたちは飛び込んできた襲撃者を逃さないように周りを固めていた。
(さっさと終わらせよう。ムースさんたちの顔がマズイってなってたから、どんな強敵かと思えば・・・こいつらか・・・。眠いしさくっと終わらせて寝よう。)
エルドの周りを固めずに、ヴァイパーへと向かった5体のシッカーはサイファの尾の斬撃に頭と胴が別れを告げていた。当のサイファは片眼を開け、ちらりと目線をやっただけ。
退屈だと言わんばかりであった。
(さっさと終わらせろ、エルド。そして、早く飯を寄越せ。)
不謹慎なことしか考えてなかったサイファだったが、ヴァイパーの体に新しい傷は全くなかった。なんだかんだと相棒の頼みは聞いてあげていた。不謹慎なことを考えていたのはエルドもだが、そこは相棒と呼ぶだけあって似た者同士である。
そして、周りを囲まれているエルドは数を数えていたのだった。
(大体、40ぐらいか、全部で50超えるぐらいか・・・。)
大凡の数を把握すると、女王がこちらへと歩いてくるではないか。そして、その真っ赤に染まった瞳をエルドに全て向けると鎌を振り上げ、叫ぶと同時に振り下ろす。周りの兵隊たちがその声を聞くと一斉にエルドに襲いかかった。
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