第5話 一大事になりました

 夜の森を駆け抜け、村を出る前にやり取りした警備兵にネルスラニーラに頼まれたことで至急、報告したいことがあるとを告げると雰囲気がただならぬことを察した警備兵は


「分かった、門は開けるが中でしばし待て!ネルさんに使いを出す!おい、ネルさんの店へと誰か走れ!あと隊長を連れてきてくれ!」


 門が開けられ村の中へと入っていく。


「サイファ、予想外な状況ですけど。先程ことを考えるとマズイですよね?」


「あぁ、間違いなくマズイ。卵は孵化すると何が起こるか分からねえから処分したが、卵を守っている奴らが誰もいやがらなかったのが不自然だ。産みっぱなしの生態だったとしてもあの個数だ。何かが守っててもおかしくねぇはずなんだが。」


 エルドはサイファの言を聞くと更に考えを落とし込もうとするが情報が足りていなかった。何が卵を生んだのかその情報すらない中で師匠から教えられていたことを思い出し、道筋をつけていこうとするのだが。


「ダメですね、私も分かりません。虫型の魔物ということを類推するのが精一杯です。あとはネルスラニーラさんに報告して状況を整理しましょうか。」


 それしかねぇなと返事をしてエルド達は伝令を待った。

 そこへ蹄の音が聞こえ、そちらに顔を向けると次第に誰が近づいてきたのか判明した。


「こんな遅くに団の奴が来たから何事かと思ったら、エルド達じゃないか。何が起こったんだ?」


 ムースだった。


「ムースさん!隊長だったんですね!」


「まぁ、一応な騎士団での経験を買われてね。それで?」


「お話は伝令が戻ってからで。端的にいうとネルスラニーラさんの頼まれ事についての報告です。」


 ムースは考えるような仕草をすると。


「警備隊の全員を叩き起こして周囲の警戒に当たらせろ。それと詰め所にラートが待機してる。伝令を走らせるんだ。急げ!」


 迅速な対応だった。

 森での異変、エルド達が至急報告したいこと、その2つのことを関連付け何が起きてもいいように警戒を強めることにしたのだ。


「エルド、ネルさんの依頼は森の異変のことなんだろ?ん、どうした?そんな顔をして。」


「いや、具体的なこと何も聞いてないのに対応が…。」


「あぁ、そんなことか。こんな夜にネルさんに報告したい。それも至急にだ。何かがあったと考えるべきだろ?なら、何が起ころうとも警戒だけはすべきだなと思ってね。」


 慎重で何かが起きる前にできることをする。

 そして、違和感を見逃さない。

 エルドはムースを優秀だと思った。最初は気のいい門番さんの印象しかなかったが、今の状況を考察し対応する。

 それだけのことだった。たったそれだけのことを実行できる人がどれだけいるのだろうと思い始めていた。

 そんな中、不意に声をかけられる。


「あら、早いお帰りだったわね。それで全て終わったのかしら?」


 伝令ではなく、ネルスラニーラだった。


「夜遅くに申し訳ありません。玉石草の件は後ほど。まずは見て頂きたいものがあります。」


「その袋の中身ね。分かったわ、隊長さんどこか話せる場所はないかしら。」


「分かりました。こちらへ。」





 そこは平屋の簡素な造りではあったが門番が詰めているのには十分な広さだった。

 エルド、サイファ、ネルスラニーラ、ムースと交代要員の警備兵が中央のテーブルの周りを囲っている。

 エルドは袋の中に入っていた卵を取り出した。


「ネルスラニーラさんに頼まれ玉石草を採取し、終わり帰る前に見つけたものです。サイファが警戒してくれたときに発見したそうです。」


 周囲は黄土色になっており中の様子は伺ええない。

 それでもその大きさは直径が50cmほどに迫ろうかというものであった。


「おそらくは虫型の卵。大きさから考えると只の生き物ではないと判断し、急いで帰ってきた次第です。数はおおよそ50個。これ以外の物は目に見える範囲ですが、全て処分しました。

 そして、これが何の卵か分からず1つだけ持ち帰ったのですが。

 これは何の卵なんでしょうか?」


 エルドは事のあらましを一息に言った。そして、それについての疑問を呈した。

 ネルスラニーラにはその卵をじっと観察し、ムースは驚きを顕にする。


「ムース隊長、あなたはこれが何か知ってるわよね?」


 ネルスラニーラは確認するようにムースに言葉をかけた。


「ええ。これはシッカーの卵です。エルドは知らなかったみたいだが。コイツラは通常なら番で卵を木に産み付けるだけの生態だ。

 そして、出産が終わったメスがオスを食べるということもある。俺はここまでの大きさのものは見たことがない。中身を確認するぞ。これはマズイ事になるかもしれん。」


 ムースは腰に掃いていたナイフを取り出し、卵を割っていく。

 そこにはぎっしりと詰まっている無数の細長い卵だった。

 その中にはもう身体が作り上げられている個体もあり、それを見たムースが焦ったように話し出した。


「やはり、シッカー。もう孵化する寸前のヤツもいる。しかもこの数、1個に何体いるんだ…。」


「やはり、シッカーね。この中身を見て分かったわ これは上位のシッカーがいるわね、しかもメスの。私は何度かこの手の卵を見たことがあるの。

 シッカーは通常はムース隊長が言ったとおり。通常の卵で生まれてくるのは50体前後。それが全て成体になるわけではないわ。それも卵の大きさはこれの3分の1以下。エルド君が持帰ってきたのはおよそ3倍。」


「3倍、そして上位種ですか…。」


 エルドは卵をマジマジと観察し、情報を覚えていく。

 そして、ネルスラニーラは続けていく。


「上位のシッカー、この場合はもっと上に上がる前ね。ここで長いからは女王ということにするわ。女王が卵を産んだだ場合、エルド君が処分した数ぐらい産むの。そして、護衛がいるはずなのよ。エルド君、護衛のシッカーはいなかったのよね?」


「サイファが言うにはいませんでしたよ。ですが、戦闘した形跡がありました。」


「あぁ、最初は護衛が居なくて不自然と思ったんだが、その形跡を見る限りじゃ護衛は始末されたらしい。」


「エルド君の従魔は話せるのねぇ。中々、渋くていい声じゃない。」


「ネ、ネルさん。問題はそこじゃないと思うんですが…。」


 ムースは眼を見開きながら、サイファとネルスラニーラを交互に見ていた。


「あら、知性がちゃんとある生き物はどんなものであろうと話せるのよ?隊長は騎士団にいたことがあるんだから知ってるでしょ?」


「いや、実際に目にしたのは初めてだったので…。というか、普通、魔物が喋ったら驚くでしょうが!」


「まぁまぁ、落ち着いてください。ムースさん。それでネルスラニーラさんはシッカーというのはどういう見た目でどういう攻撃方法を取るんですか?」


 エルドはムースを落ち着かせつつ、シッカーのさらなる情報を得ようとネルスラニーラに質問をすると次のように返ってきた。


 体長は1m50cmほど

 頭、胴、腹の構造で3本の足、2つの目を持つ

 腕は2本で片方は真っ直ぐ尖っていて、もう一方は鎌のような部分があり、岩も断てるヤツもいる

 上位種は腕の強度が増すだけでなく魔法を使うことが出来るようになるモノもいる

 上位種の特徴は頭一つ分ほど大きくなることと目が4つになる

 上位メスが産んだ卵は数が多く、卵を守る護衛シッカーが群れを作り守る

 その卵はヴァイパーの好物


「そして、最大事項は雑食で好戦的で死ぬまで闘うことよ。」


「なるほど。ヴァイパーというのはヘビの魔物ですか?」


 エルドの質問を受けて、ムースが答える。


「そうだ、只のヘビじゃなくて、ざっくり言うと太くて長いヘビだ。俺ぐらいの人族でも丸呑みできるほどのな。」


「皆さん、ちょっと外へ行きましょう。ここじゃ狭いので。」


 頭に疑問符を浮かべながら一行が外に出るとエルドは仕留めたヘビを出した。

 その大きさにドスンという音と土煙が舞う。


「コイツがヴァイパーですか?やたらと大きいヘビだとは思いましたけど。」


 呆気にとられたムースと警備兵をよそにネルスラニーラは死体をじっと見つめ、頷いた。


「間違いないわ。ヴァイパーよ。それにこの傷跡はおそらくシッカーとの戦闘でついたもの。そうするとシッカーの天敵が今までは森にいたから平気だった。魔物遭遇率が上がったのは他の魔物を狩るシッカーがヴァイパーばかりを狙っていたから。

 そして、今、ヴァイパーがいなくなった。となると、討伐隊を組んで上位種を狩らないともしかしたら村まで襲われるかもしれないわね。なにせ色々と怒っているでしょうから。」


「警戒は既にしているので冒険者ギルドや村長には伝令を出します。もうそろそろ朝になるから起きてるでしょうし、起きてなくても起こしますけどね。」


「それはそうね。」


 ムースとネルスラニーラは今後の予測と対応を次々に決めていく。

 村が被害を受ける前に、受けたとしてもその被害を最小限にするために。

 そこにエルドが待ったをかける。


「討伐隊を組むことも警戒することも大事だと思うのですが、私から提案があります。聞いていただけますか?」


 と、ムースとネルスラニーラはエルドを見やると疑問符を浮かべている。この伍に及んでなんの提案だと。


「シッカー達にこちらへと出向いてもらいませんか?丁度いい撒き餌もあることですし。」


 とヴァイパーの死体を指差しながら答えるのであった。





 一方その頃森の中では奇怪な音が響いていた。

 金属が擦れるような音、木々がなぎ倒されていく音、不気味な鳴き声のような音が。

 4つの目が赤く燃えていた。

 自らが産んだが子供たちが1人もいない。

 何者かが孵化寸前の子供たちが火をつけて殺したのだ。

 忌まわしい奴を犠牲を出しながら撃退し、この森の主となるべく女王として君臨するべく産んだ子供たちの元へと帰ったところ、目の前には惨劇しかなかった。


 誰が我が子らを殺した!!


 受け入れ難い理不尽に影は暴れていた。

 しかし、どれほど暴れようが怒りが消えることがない。


 この怒り、この悲しみをどうしてくれよう!!


 その影がは慟哭した。

 同時に森の木々が揺れ、葉が擦れ合う。

 その嘆きに同情するかのように。


 不意にその影が森の向こう側へと鋭く視線を向けた。


 これはあやつの血の匂い。どこへ逃げたかと思えば、森から出たいた?馬鹿めが!!これほど血の匂いをさせおって!!此度こそ、息の根止めてくれる!!


 影は一団となって木々を切り倒しながら進んでいく。

 フェル村の方へと確実に。

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