第10話 訓練は連続戦闘でした2



 がっくりと肩を落としているエルドに目もくれず、見事に散らばっているゴブリンたちを見てカーマは総評を行った。


「最初は良かったが、大きめの個体が出て来て崩れ始めたな。どうにか維持するも最後に出現したゴブリンに集めたのを壊されて八つ当たりした結果がこれだな。」


 エルドは最後に出て来たゴブリンのボスの一撃で積み上げられたものを粉砕された。愕然としながらも今までの苦労を台無しにされた腹いせにボスの脚を切り飛ばし、崩れ落ちたボスの頭を滅多打ちにして頭を粉砕した。

 憤りを晴らすことは出来たが、自分の台無しになった成果に気持ちが重くなり、更には腹いせを行った自分の堪え性のなさが追い打ちをかけ、カーマの総評がトドメとなった。


「まぁ、初回だしこんなもんだろう。だが、腹いせは良くねぇ。素材は大事にしろって教え込んだはずだろうが、バカが。とりあえず、結果を言うぞ。全部不合格!!」


 改めて言われるまでもなかった結果だが、カーマに言われたことで四つん這いになるほど落ち込んだエルドだった。

 立てと言われたエルドは重い体を無理矢理起こして師匠の顔を見ると、そこにはこれからのことを楽しみにしているのかニヤついた顔をしているカーマが


「じゃあ、後始末をしたら次に行くぞ。ちなみにだが、指示に変更はない増えることはあってもな。出来るようになるまで何日かかるかなぁ。」


 と、ニヤついた顔から更に悪い笑顔をしてエルドに死体を集めるように指示したのだった。


(最初は上手くいってたからそこは間違っていない。大きめのやつが出てきたときに後回しにしたのがダメだった。そいつの攻撃の範囲から逃げるように避けていたのも。あとは・・・。)


 集めながらも反省し、どうすれば達成できるか考え始めるエルドだが、自分のことに没頭するあまりカーマにさっさと集めるように叱れるのだった。


 処理を終え、家捜しした後、カーマは徐ろに告げる。


「今度はあっちの方に行くぞ。」


 有無を言わせず、方向だけ示して走り始めたカーマの後ろにエルドも駆け出していく。これから、エルドのいつ終わるともしれない訓練が本格的に始まったのだ。







(訓練が始まってどれくらいたったかなぁ~。家にどれくらい帰ってないっけ?にしても、最初のゴブリンたちは簡単だったんだなぁ・・・。)


 夜、休むことにしたカーマとエルドだが、さっさと寝始めたカーマとは違い、エルドはこれまでの訓練を思い出して視線を上へと泳がせた。


(最初の7日間は良かった。1カ所集めが出来るようになって、それから2カ所集め、3カ所集めと。数が増えるぐらいは予想していたけどさ。空中戦ってなんだよ!俺はは飛べるように出来てないんだよ!)


 最初の7日間は小物の相手ばかりだった。ゴブリン、ウサギ、イタチ等だ。それらを相手取り、1カ所集めを成功させたのは3日目だった。4日目は2カ所集め、5日目には3カ所集めを成功させた。それらの習熟を更に7日間を費やした。

 15日目からは相手が変わった。虫型だ。

 鎌と剣をした手を持つ虫―カマキリとカーマは呼んでいた―軍隊のような黒いアリ、緑色をしたハチ、1mほどあるノコギリのような刃がついている頭をした6本足の虫や1本の角を生やした8本足の虫だ。

 そいつらを今度は集める距離定めて、複数箇所に正確に集められるようにする訓練だった。たまに暇だというカーマと通常訓練をしながらになったが。

 そして、虫型は最初の訓練相手よりも耐久度が高かった。一撃で仕留めることに苦労させられたのだ。エルドは頭を切り飛ばすということを止め、頭やそれに準じる器官を“潰す”という手段を取り始めた。攻撃方法の変更により訓練は達成した。

 30日目からは大型を相手取ることになった。

 エルドは自分より大きな相手とは小物や虫型との訓練時において何度も遭遇している。が、しかし、相手が自身より数倍大きいとなれば話は変わる。弾き飛ばすにも仕留めるのにも今までとは段違いの体力を使ってしまう。カーマの扱きにも耐え、最初の頃よりは体力が付いているエルドでも今までの勝手が違う訓練による疲労も積み重なっている。

 それでも精力的に戦っていくエルドは次第に倒すことだけなら苦労しなくなり、訓練も達成まであと少しというところまで来ていた。


「エルド、もう少しで達成できそうだな。体力も付き、力も付き、洞察力も研ぎ澄まされてきた。」


「なんですか?師匠、急に改まって。しかも、褒めるなんて何かの前触れですか?変なことでも起きるんですか?」


 急に褒められたことで身構えるエルドだが、カーマはその対応を無視して話を続けた。


「大型が終われば、次は超連続だ。そして、最後の仕上げは盗賊狩りを行う。」


「ちょうれんぞく?言葉の意味は分からないですけど、どうせ、理不尽なことをさせる気満々なのでしょ?顔がすこぶる悪くなってますよ?」


 今、二人はどこかの川辺まで来ていた。大型を相手し始めてから森を抜けてしまい、休憩を兼ねて二人してのんびりしていたところだ。長閑な光景に今までの疲労が洗われるような清々しい表情のエルドを見たカーマが真剣な声色を出す。


「悪い顔だぁ?そんなのはいつものことだろ?楽しみで仕方がないだけだ。とは言え、盗賊狩りが最後の仕上げだということを忘れるな。その意味もな。」


 カーマにそう言われ、考えをまとめようとするが考えるまでもなかった。ヒトを相手にして、そして殺す。この意味を忘れるなど出来ようもなかった。盗賊狩りを行うということを聞いて、本当は察していたエルドだがそこは考えないようにしていたが、カーマの真剣な表情と声がそれをさせなかった。


 その後、身支度を済ませた2人は森の方へと引き返した。

 数日後、大型相手の訓練は終了した。完璧に熟せるようになったのだ。

 そして、超連続を行うために山の方へと向かった。木々の生えていない山を登ると、夥しい鳥や飛んでいるものがいた。

超連続とは空中戦だったのだ。そして、それは殲滅するまで終わることがない訓練だった。空中戦をさせられ徹夜を強要されたエルドの不満は爆発した。そして、案の定八つ当たりという名の蹂躙が始まったのだが、訓練期間と眠れない時間が延びたのは言うまでもないだろう。



 回想を終えたエルドが明日からの盗賊狩りを思い、暗く重い呼吸を繰り返す。気持ちが沈んでいるのはヒトを相手にするからか、それとも前の自分と重なるからか、それとも、それとも、それとも。

 出て来ては別の思考に追いやられ、追いやられては出てくる思考にいつまでも表情が暗いままのエルドはついには長いため息をついてしまう。


(本当は分かっているんだ。ヒトの命を奪うというのがイヤなんだと。でも、それでもいつかはやならくちゃいけない。ヒトが仲間だとは限らない。師匠からも散々言われた。それにすでに生き物は数え切れないほど奪っているし、自分と同じ種族ではないにしろ、近しいものを殺すということにここまでの忌避感があるとはね。当たり前か・・・。)


 今、カーマは寝ている。エルドが野営の夜番だ。

 超連続戦闘訓練を終えて、2人は前に来た川辺に来ていた。川のせせらぎと風と薪が燃える音と匂いに揺らめく火。それらを感じながら、火を絶やさないように集めた枯れ木を投げ入れていくエルド。

 彼はじっと炎を見つめていた。


(覚悟を決めろ、腹を据えろ、明日、俺はヒトを殺すんだ。)


 周りは星の明かりもなかった。黒い空間に1人、じっと自分と向き合いながら赤い火をエルドは足を抱えた手を離して、ぎゅっと握り込んだ。



 翌朝、2人は盗賊の根城の近くへと来ていた。エルドの表情は強張ったままだ。緊張からなのか、肩が微かに震えている。頬に汗が伝っていく。そんな様子を見たカーマがエルドに声をかけた。


「なーに、そんなに緊張してやがる。ん~?もしかして、エルド君はぁ~、怖いのかなぁ~?」


 慰めでも何でもなく、ただの煽りだった。安定のカーマだった。

 そんな声にどうにか反応してエルドが真面目に答えてしまう。


「えぇ、怖いですよ。強い相手に恐怖するとかそういうんじゃなくて、只、怖いんですよ。」


 カーマもその言葉を聞いて煽ることを止め、エルドに体を向けて、視線の高さを合わせた。

そして、両手でエルドの頬を包み、額を当てる。


「心配することは何もない。お前は一人じゃない。既に私も汚れているし、汚してもいる。これから先、必ず訪れることだ。早いか遅いかの違いだけでしかない。」


 普段のカーマとは違う慈愛の込められた声音にエルドは涙が出そうになる。


「お前は私を責めていい、こんなことをさせる師匠である私を。だから、今からやることはお前のせいじゃない。全て、私の責任だ。」


 エルドは自分を責めた、誰よりも自分のことをいつも考えてくれているカーマにこんなことを言わせた自分を。未だに覚悟が定まっていない自分を。師匠に情けない姿を晒した弟子の自分を。


(情けない、形が違うだけでもう命は奪ってきているのに・・・。

 もう覚悟はどうでもいい、師匠に慰めてもらった自分が心底、情けない!!!)


「師匠、ありがとうございます。もう、大丈夫です。行ってきます。」


 そう言うと、エルドはカーマをそっと離した。その瞳の虹彩が蒼く光っていた。


「お前、その瞳は・・・。分かった、行ってこい。ちなみにだが、訓練内容は正面から行って蹂躙することと全て1撃で仕留めろ。ご大層に作られたあの門はぶち壊せ。盗賊なんかが砦なんて持ってやがるのが苛立つからな。」


 少年は頷いて、前へと進んでいった。

 その後ろ姿を女性は腕組みをして見送った。その手からは血が流れている。噛んだ唇からも。必要なことだとは割り切っている。しかし、それでも納得は出来なかったのだろう。あそこまで震える少年を見たのは2回目だ。

 本来は、争いごとや荒事などが出来るようには見えない為人ひととなりをしている。そんな少年をここまで鍛えてきた。そして、今、自分と同じ側へと送り出した。

 弟子も自分を責めたなら、師匠も自分を責めていたのだ。こんなことをさせるべきではないと。そして、させなければいけないことも分かっていたのだ。



「無事に殲滅したな。傷もないし、死体もちゃんと山になっているな。最初にしては良いだろう。」


 エルドは血が滴る武器を払い、鞘にしまう。盗賊たちは物言わぬ山と化していた。壁を作り拠点としていたのだろう。すでに廃墟と化している。地面には焼け焦げた後と矢が何本も突き刺さっていた。エルドの眼は元に戻っていた。蒼から薄い緑色へと。


「手こずるかと思っていたのですが、まともに打ち合えるヒトはいませんでしたね。普通に攻撃したはずなのに、ほとんど1撃で終わりました。首領?と思われる体格が良いのがいましたけど、虫唾が走ったので手足を切り飛ばしました。」


 淡々と答えていくエルドだが、少し震えていた。


「良くやった、エルド。」


 カーマはエルドを柔らかく抱きしめた。エルドは抱きしめられたことに驚いたが、カーマの温もりに包まれたことでため込んでいた感情が溢れ出てしまった。

 声にならない嗚咽と涙がカーマだけには分かった。


「エルド、覚えておけ。どこにでも悪党はいるし、それを超える外道ってヤツもいる。そんな奴らに容赦するな。手を汚すことも恐れるな。だから、今は泣いていいぞ。」


 エルドはより強くカーマを抱きしめたのだった。






 最初の盗賊狩りから、15日後。

 2人はあれから両手では足りない盗賊団を狩っていった。集めていた武器や品物はカーマが腕輪型のアイテムボックスに収納し、人質がいれば近くの村まで送り、盗賊狩りで得た金品を渡して、当座の資金とするように言った。

 エルドが震えていたのは最初の盗賊団だけで、後は冷静に冷徹に狩っていった。

 罵倒する者、非道を行っている者、拷問を楽しんでいた者、攫ったヒトで興を行っていた者、悦楽を食んでいた者。そういう者たちが数多くいた。

 エルドは激昂することもあったが、その度にカーマの教育的指導が行われた。そういうときにこそ冷徹になれ、相手を煽れ、相手が最も嫌がることを見抜け、そして、理不尽に殲滅しろと。

 カーマが言っていた外道というのはまだ酷いということらしいが体が半分浸かっているような者はいたが、それを嬉々として教本としていた。

 魔物の類いの名前は覚えていないこともあるカーマだが、外道の手法というのは正確に記憶しているようで目的と手段が違う外道と、手段と目的が同じ外道等やそういった者たちの雰囲気や匂いなどの情報もエルドに叩き込んだ。


 訓練が終了したと同時にエルドは自分と姿形が似ているヒトを殺す忌避感も嫌悪感も持たなくなった。狩りと同程度のところまでハードルが下がったのだ。


「よし、今回はここまでだな。なんだかんだで60日ぐらいか。まぁ、こんなもんだろう。連続戦闘だけじゃなかったしな。」


「そう言えば・・・。まぁ、もう下衆な相手に心を痛めることもなくなりましたし、感謝しますけど。空中戦ってなんですか!?僕は飛べるようになってませんよ!」


 思い出したかのように文句を言い始めるエルド、彼の中では未だに燻っていたのだろう。つらつらと不平を漏らしていく。それを黙って聞いていた大柄の女性はニタァリと笑顔を向けた。


「じゃあ、通常訓練に空中戦も入れることにしよう、飛べなくてもやりようはいくらでもあるんだよ。心配すんな、マホウを仕込んだときぐらいのキツさだから。」


 それを聞いた少年は絶望したように項垂れた。その光景を見てカーマは快活に笑うのだった。


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