47 エピローグ(4)

前略

 ぼくはふたたび明晰夢を見始めたが、ぼくは以前のように、夢の世界に希望を抱かなくなっていた。だが、むしろそれは正常なことだと言える。いままでがおかしかったのだ。夢に希望を託すなんて、非常に愚かなことだ。人は睡眠からは逃れられぬ。望もうと望むまいと、夢も見る。人は夢を見続けざるをえない。明晰夢についても、事情は同じだ。ぼくはたぶんこれからも明晰夢を見続けるだろう。ぼくがぼくであるかぎりにおいて、好むと好まざるとに関わらず、それが夢だと気づく瞬間が繰り返し訪れるだろう。

 明晰夢を初めて見られたとき、ぼくは喜んだ。きみもうらやましがってくれて、正直鼻が高かった。だが、本当は、むしろ不幸なことだったのかもしれぬ。夢だと気づいていても、したいことが何ひとつできないとすれば、偶然に訪れるところの快楽を、夢だと気づかずに享受できたほうが、よくはなかろうか。なぜなら、夢だと気づくことがなければ、わずかな時間でもそれを本物として享受できるからである。最初から偽物だと知れていれば、これは夢にすぎないという虚しさが常につきまとうであろう。夢の中での解放は、かえってぼくを現実へと連れ戻してしまう。夢だと気づくとき、同時にぼくは、牢獄の中にいるという現実にも気づかざるをえない。夢だと気づかなければ、この惨めな現実から一時でも解き放たれることができた。だが、夢だと気づけば、それはもう夢でしかない。明晰夢はぼくから夢を奪ってしまっていたんだ。

 ぼくは明晰夢の探求を終わりにしたいと思っている。夢を完全にコントロールするなど、どのみち不可能な夢だったのだ。勝手な言い分で申し訳ないけれど、どうかぼくの願いを聞き入れてほしい。ぼくのくだらない試みに、今までつき合ってくれて、どうもありがとう。ときには意見が衝突し、激しい論争になることもあったが、それもまた、ぼくにとっては、獄中にあって、きみとの最高の思い出である。だが、それもあと少しで終わりを迎える。きみとの永遠の友情を誓って結びの言葉としたい。   草々

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