20 夢のコントロールの探求(7)
前略
ぼくの手紙を読んで、耳が痛い話だときみは苦笑するが、別に夢にかこつけてきみに説教したつもりはない。頭でっかちに大言壮語を吐き散らすのは、ぼくの悪い癖だ。正論は、多くの場合、人に回り道を勧める。しかし、そうやって、どれほど多くの重要事項が棚上げにされてきたことだろう。急いては事を仕損じるとも言うが、善は急げとも言う。結局は生き方の問題であるが、なんにせよ、何かを成し遂げるには、やはり努力がつきものである。回り道も、結局は努力を回避しているだけかもしれない。どのみち同じ問題に舞い戻ってくるとすれば、大事なのはただ、挑戦し続けるということだけだ。
夢のコントロールという試みは、自由の獲得に向けての挑戦であると言うこともできる。自由とは何かという問いは、答えるのが難しい問いだが、ここではごく大雑把に、自分のしたいことができることを自由と定義しておこう。そして、なんであれ、したいことは、できるかぎり、成就すべきである。人間はあきらめが肝心とも言うが、あきらめる必要のないことまで、あきらめる必要はない。これはトートロジー(同語反復)であり、絶対に真なる命題だが、人間はあきらめることに慣れすぎているために、しばしばあきらめる必要のないことまで、あきらめようとする。ぼくたちが所属する文化圏では、それがなにか美徳であるかのように思われているふしがあるが、絶対にそんなことはない。夢をあきらめた先にあるのは、冷たい死の世界だけであろう。フランスの貴族がこんなことを書いていなかったか。「夢は、たとえ幻であったとしても、人生を死ぬまで楽しませてくれる」。
だからこそぼくは、せめて夢の中では、あきらめることから自由な世界に住みたいと思う。夢の世界では、原理上、不可能という文字はない。少なくとも、ぼくらが想像しうることならすべて、実現可能なはずである。死に別れた恋人に会ったり、自由に空を飛んだりするだけでなく、過去を遡ったり、未来に行ったりすることもできよう。あらゆる想像上の生き物は、夢の世界のどこかに実在し、望むならば、目の前に召還することもできるはずだ。もちろんこれは、可能性の話である。実際問題として、いまのぼくには、できることよりも、できないことのほうが多い。なぜか。ぼくができると信じていないからか。ちがう。できないのはただ、やり方がわからないだけだ。現実で実現不可能なことを夢の中で実現するためには、どうしても未知の方法に頼らざるをえないのだ。
ここに実行上の困難がある。確かにぼくは不完全ながらも空を飛ぶことには成功した。だがなぜ飛べたのかについては、皆目見当がつかない。なんだか知らないが、できたという帰結が存在するだけである。このことから、方法についての知識は不要だとも言えるが、イメージを逞しくするという手法には、限界がある。イメージはあくまでイメージであって、それを行動として直接具現化することにぼくたちは慣れていない。それは、ある意味で正常なことである。空想したことがそのまま現実となるような世界は、夢の世界ではなく、病人の世界であろう。明晰夢が提示する世界はじつにリアルであるがゆえに、ぼくらが通常、現実と空想をそれによって区別するところの現実感というものが、かえって行動をさまたげる障害となるのだ。
その点で、空を飛ぶという行動はきわめて例外的であった。ぼくが宙に浮かぶことができたのには、「飛ぶ」という表現の二義性が深くかかわっているように思われる。高い崖の上から落ちることを「飛び降りる」と表現するし、空中にジャンプするだけでも、日本語では同じ音で、「跳ぶ」と表現する。むろんこれらの行動が意味するところと、「空を飛ぶ」という表現の意味のあいだには、重大なちがいがあるが、他の場合に比べて、イメージと行動の連結が容易であることは、おそらくまちがいない。だからこそぼくは飛べたのであろう。それに比べると、物体を出現させたり、過去に時間を戻したりする行いは、イメージとの連結が遥かに困難である。魔法とか未知の科学技術の助けを借りずに、どうやってこの連結を実現したらいいのか、ぼくは頭を悩ませている。
夢の世界には、魔法などの未知の力も存在しよう。だが、魔法が存在していても、使い方がわからなければダメである。ぼくは魔導書を探す旅にでも出ようか。それもおもしろそうなアイデアだが、もっと確実で、お手ごろな方法はないものか。きみの知恵も拝借したい。 草々
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