17 夢のコントロールの探求(5)

前略

 なにはさておき、まずはきみの身辺に起こった幸運について、ぼくからも祝辞を述べさせていただきたい。〔中略。〕人生においては、時としてこの種の偶然のめぐり合わせが、重要な役割を演じるものである。自分の能力だけでは、人生をうまく渡り歩いていくのに必ずしも十分ではなく、自分を評価してくれる人にめぐり合って初めて、計画が成就するというのは、個人ではどうしようもない現実の定めというものだろうか。冷静に考えれば筋の通らない話ではあるがね。

 さて、目下進行中の議論に移ることにしたいが、双方の熟慮の甲斐あって、いまや問題を総括できる段階に達したとぼくは考えている。夢の中で自由に空を飛ぶという無邪気で子供めいた試みに、「総括」という堅苦しい尾ひれが付けられようとしているのは、滑稽なことで、どうしてこういうことになったのか、皆目わからない。事の成り行きでそうなったとしか言いようがないが、ぼくの探求に無理やりつき合わせておいて、頭の痛くなる議論ばかりが続くのでは、きみに申し訳ないと思うのである。ともかく始まってしまったことは仕方ないので、我慢して最後まで目を通していただければ、ぼくとしては幸いである。

 まず、ぼくが苦労の末きみに認めさせたのは、ぼくが空を飛ぶという目的を不完全な仕方ではあるが達成したということである。もちろん、ぼくは自分がしたいような仕方で空を飛べなかったし、その意味では、自分の行動を完全にコントロールすることはできなかった。もう少しぼくが想像力豊かな人間であったならば、もっと自由に夢の内容をコントロールできたであろうか。ともかく、これは今後の課題としよう。

 また、これから述べる点に関しても、いまさらながらぼくは自分の想像力のなさに恥じ入るばかりである。一度は子供の頃に夢見ることではないか。鳥のように自由に空を飛べたら、どんなに気持ちのいいことだろう! そう思うのが自然なことなのだ。現実で味わったことがないような体験がしてみたいと、素朴に考えるのが普通なのだ。もし最初の時点でぼくがきみになぜ空を飛びたいと思うのか、その動機を併せ尋ねていたとしたら、その後のやり取りはちがったものとなっていたであろう。この点に関しては、ぼくはたいへん申し訳なく思っており、きみに見当ちがいの批判をぶつけてしまったことは、素直に謝罪したい。

 しかしながら、こうしてぼくのなかにきみへの申し訳なさの感情が兆したからといって、手のひらを返すように、ぼくはきみの意見に加担するというわけにはいかない。夢の世界に新たな感覚が見いだせるかどうかという問いは、客観的に答えられるべき問いであって、その成否の判定は、ぼくがきみを尊敬し続けているという事情にいささかも関わりがないからである。無重力状態であるような感じが体験したいときみが申し出たとき、きみが考えていたのは、宇宙旅行などで人間が本当に無重力状態に置かれたときに感じる、文字通りの感覚のことだった。きみはそれを体験したことがないからこそ、夢の世界で体験してみたいと考えたわけだが、さすがにそれは叶えられない望みだと言わなければならない。

 現実で体験したことのない感覚を夢の中で再現するのは、絶対に不可能である。なぜならこの要求は、これまで経験したことのないものがどういうものであるか、あらかじめ知っていろという、明らかに無理な注文を含んでいるからである。ぼくにできるのはせいぜい、その感覚がいかなるものか想像して、それを未知の感覚の代用とするくらいのことであろう。もちろん、想像の感覚が現実の感覚と一致している保証など何処にもない。牛肉を食べたことがない人にどうしてその味がわかろうか。物事の順序から言って、これは致し方ないことなのである。

 現実の感覚をぼくらの心へと引き出してこられる場所は、現実世界以外にはありえない。このことは、絶対確実なことであると思われるから、よもやきみの反論を招くこともなかろうと思う。察するに、きみが的外れな見解を夢に抱いてしまったのは、きみが明晰夢の世界に自分の足で立ったことがないからであろう。

 こういうこともあるので、ぼくとしても、きみが早く明晰夢の経験者となれるよう願ってやまないのである。   草々

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