14 夢のコントロールの探求(2)
前略
ぼくの勝手なお願いを聞き入れてくれて、どうもありがとう。つまらないと感じれば、いつでもお役御免で差し支えないのだから、どうか気楽に付き合ってもらいたい。
さて、これまでぼくは、明晰夢の世界が現実とは異なるもうひとつの世界であることをたびたび強調してきたが、その実践的な意味合いについてはあまり言及してこなかった。夢の世界に自分がいま現に立っているという感覚は、驚嘆すべき素晴らしい体験であり、喩えようのない自由の感覚をもたらすということは、以前の手紙でも書いたように思う。だがそれは、明晰夢の「冒険」の最初の一幕にすぎない。夢という新たな世界へと一歩を踏み出せば、視界には広大な探求の地平が開けてくるのである。
思い返せば、明晰夢を見始めたときから、ぼくの探求はすでに始まっていた。その一大目標は、夢の内容を自在にコントロールすることにある。この目標が達成されて始めて、明晰夢という現象は、人間の生にとって真に有意義なものとなるであろう。なぜなら、人間はそのとき、現実とは異なる、もうひとつの世界を生きることになるからだ。現実という、このままならない世界とは別に、自分だけの世界を、自分の思うとおりに、生きることが可能になるからだ。
現実は厳しい。だから親や教育者は、せめて子供たちには、安らかな夢を見続けてほしいと願う。現実とは過酷なものだ。自分の思い通りになることなど、ほんのわずかしかないと言ってよい。そのなによりの理由は、このたったひとつの世界に、途方もない数の人間たちが、みずからの欲望をひっさげ、ひしめき合っているからに他ならない。人間たちは、狭い地上で、かぎられた資源を奪い合っている。なんという有様だろう。すべての快楽には値札が張られ、およそ価値あるものにはすべて、自然の恵みに至るまで、誰かの名札が張りつけられている。地上には、誰かのものでない土地などなく、よそ者は、自由に息をすることさえままならない。同じ地区に暮らす住民たちでさえ、自分のものを盗られまいと、お互いがお互いを監視しあい、何をするにつけても、他人の顔色を伺わなければならない。そういう日々が一生続く。なんと悲痛で、浅ましいことか。これらはすべて、たったひとつの世界に、ぼくたちが同居しているからに他ならない。
だからもし、人間たちひとりひとりに、比喩的な意味でなく、正真正銘の意味で、それぞれの世界が与えられるとすれば、どういうことになろう。そこには争いもなく、回りくどい努力もない。なぜなら、そこは、その人だけの世界であり、各人が世界の王だからである。
いまの話を聞いて、おそらくきみは、素晴らしいと感じるよりむしろ、ひどく滑稽で、狂気じみた話だと思われよう。夢の世界は、本当の世界ではないということ。このことは、どんな論理を使っても覆らない事実である。また、現実の世界には、自分という存在以外にも、たとえばきみという存在のように、ぼくにとってかけがえのないものがあるということも認めよう。夢にうつつを抜かして、現実をおろそかにすべきではない。そんなことは、言わずとも、わかりきったことである。
ただ、次のことだけは指摘しておきたい。夢は叶えられてこそ価値がある。叶わない夢になんの値打ちがあろうか。悲惨なことに、多くの人にとって、夢を叶えるのは難しいどころか、ほとんど不可能ですらある。いや、そうであるからこそ、それは「夢」と呼ばれるのではないのか。夢という最上のものは、当初から、この世界の対極にある次元へと追いやられてしまっているのである。そこで、人々はみずからの人生に絶望してしまわないように、次のように言う。『夢は叶えるのが難しいからこそ、努力するに値する。』『いや、むしろ努力することにこそ価値があるのだ。』あるいは、『夢は叶わないからこそ美しい』等々。このような論理は、ぼくの耳には、ヒロイズム的熱狂か、宗教じみた諦めにしか聞こえない。むろん、彼らとても、心の底では、不可能なことが可能であればよいと、ひそかに願っているのである。しかし、不可能なことは所詮、不可能なことなのだ。
不可能が可能であると言うことは、論理的な矛盾を犯している。だがそれは、ぼくたちがこの世界にとどまっているかぎりでのことである。現実世界では不可能なことが、夢の世界では可能であると言うことには、なんの矛盾もない。ぼくたちがこの世界にとどまっているかぎり、夢が夢でしかないのだとすれば、ぼくたちはそれを夢の中で実現しようではないか。
なかなか景気よく啖呵がきれたところで、今日は筆をおきたい。本当は具体的な夢の話をするつもりだったのだが、気づくと、明晰夢の宣伝パンフレットを書いてしまっていた。まことに面目ない。次回は必ずぼくが見た夢の話をすると約束しよう。それでは、お風邪など召しませんように。 草々
追伸
きみなら夢の中で何がしたい? お望みとあらば、それが可能であるということを、ぼくが実証して見せよう。
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