3 明晰夢を見るための方法(2)

前略

 きみからの手紙を受け取って、ぼくはさっそく返事を書いている。こちらはあいかわらず単調な毎日だが、きみの周囲にはいくつか変化が生じたようだ。〔中略。〕些細なことでも知らせてくれると、ぼくとしてはすごく助かる。情報に飢えているんだ。

 余計な話はやめにして本題に入るが、きみは明晰夢への移行の手がかりについて、もう少し細かいことを知りたがった。きみの意に沿う答えができるかわからないが、できるかぎり努力して書いてみることにしよう。

 ぼくが最初に明晰夢を見たときからもう二ヶ月以上経つが、最初の頃は、日常からかけ離れた状況や不可思議な対象がきっかけとなって、それが夢だと気づくことがほとんどだった。ところが、最近では、特にこれといったきっかけもなしに、気づいたときにはすでに自分が夢の中にいることを知っているという場合が多くなってきた。これにはたぶん、慣れというものも多少は関係しているのだろう。とはいえ、まったく何のきっかけもなしに、夢だと気づくことはできないようにも思われた。そこで、自分では意識していないが、何かあるものがきっかけとなって、夢の自覚を促しているのではないかと疑ってみたのである。

 よくよく思い返してみると、夢を自覚するときにはほとんどつねに、周囲に海や草原などの広大な空間が広がっていることに気づいた。とくに、海の場面が多いように感じられる。海という情景自体は、非現実的なものではない。もちろん、寝ていたはずのぼくがなぜそこにいるのかという疑問は残るが、それはすべての夢に共通なことであるはずだ。

 それでは、なぜ海がきっかけとなるのか。海を見ていると心が落ち着くためだとか、ぼくはふだん狭い塀の中にいるから、広漠とした空間に非日常性を察知するのだとか、様々な理由が考えられるが、ぼくの記念すべき最初の明晰夢が海の場面から始まったことを考慮すれば、その経験が元になって、夢の自覚を促しているというのが、いちばん納得できる説明である。つまり、海の情景は、ぼくの記憶の中で、明晰夢という主題と強く関連づけられており、過去の明晰夢の記憶を呼び覚ますことで、夢だという気づきを促していると考えられるのである。

 とすると、海という情景は、ぼくだけに誘因として機能し、他の人には機能しないものだということになるが、このことは、一般化して言えば、明晰夢を連想させるなにか特定のものがあれば、それが夢の自覚のきっかけとして機能しうるということを意味する。

 よって、きみが真剣に明晰夢を見たいと望むのであれば、まずきみのなかで、明晰夢という現象のイメージを自己の中で確立するとともに、そのイメージをなにか特定のありふれた対象に関連づけることで、明晰夢への突破口を開くことができる。これはたぶん言葉で言うほど簡単なことではあるまい。しかし、日頃から明晰夢という現象に興味をもち、ぼくの話を聞いたりするだけでも、事情はかなりちがってくると予想される。要するに、きみはいまたいへん有利な状況にいるのだ。

 明晰夢という現象のより具体的なイメージをきみに持ってもらったほうがよさそうである。ぼくらはいましばらくのあいだ明晰夢についての話題を継続し、積極的に意見を交換してみようではないか。それはきみのためになることだし、なにより、とかく話題に不自由しがちな、ぼくのためになることでもある。   草々

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