第80話 L.O.W
静かで広い部屋に、倒れた機械の身体の残響が響く。
その静寂を破ったのは、パチパチパチというベルトランの拍手だった。
「さすがだな、小田島セイ。まさか真正面から破壊しちまうとはねえ」
無言のまま足を地面につけた僕へと歩み寄りながら、すっかりリラックスした様な彼は。
「そろそろシュガーが切れる頃だろ? タイムアップだ。こっちもあと二体を発進させて壊されるわけにはいかねえし。はは、強いなあボーイは」
甘いマスクの男は人懐っこく屈託なく笑って、僕の肩に腕を回し。
「で、なんで最初から直接パイロットを止めなかった? ほんとーは出来たんだろ?」
笑顔のままで声をひそめた彼の問いかけで、僕もようやくいつもの笑顔と自分の輪郭を取り戻して。
「……何本か、コードが付いたままでした。何かしらのデータを取られて対策されるのは困りますし、僕や元帥でも外殻を破壊するしかないとなれば兵器としての有用性は下がらない。このままこのタイプのシレンシオが量産されてくれた方が都合がいい――そう判断しました」
――できれば、その会議の中であなたが孤立して立場を失ってくれればもっといいですけど。
そんな答えに、ベルトランは大いに頷いて。
「はは、納得だ。上手くやったな、ボーイ。んじゃ、俺も疑問に答える。ボーイは奴の見た目に引っ張られ過ぎた。あんたも言ったようにあれはシレンシオにとっちゃ目じゃないから、訓練さえ受けてりゃああやって対象を視線で追う事は無い。何よりあれに乗ってるパイロットにゃ、あんなに滑らかな動きは不可能なのさ」
――だから途中で気付いたぜ。その気になりゃあ、いつでも止められるんだろうなってさ。
本当はずっと前から気づいていたくせに。
もう、シレンシオの量産が止まることなどないとわかっていたくせに。
平気でそんな嘘を纏ってくしゃっと笑った彼はいつもの様に気だるげに、のんびりとポケットに手を突っ込んで口笛まで吹きながら。チン、と言う音と共に開き始めたエレベーターの前へと歩みよっていく。
楽し気な彼の背に、ぼんやりと思う。
わからないんだろうなって。
『直接パイロットを止める』。
暴走したシレンシオに精神力を削り切られた挙句シュガーを投与されたパイロット。あの状態の人間をもう一度棺桶に乗せる様な人に、『直接パイロットを止める』ことを僕がためらった理由も、その感覚も。感触も。
「…………っ!? ううわシ、シレンシオだっ!? てか、隊長! 小田島隊長じゃんか! なにしてんだよ隊長! ひょっとして見送りに来てくれたのか!?」
エレベーターの中から駆け出してきた村山隊長とりゅーせーが、ベルトランの足元から嬉しそうな笑顔を見せていた。
「……見送り?」
「えー!? なんだよ、違うのか? 俺たちな、東側に行くことになったんだ!」
機械の箱に乗っていたのは、数人の子供。とても見覚えのある子ども達。それから、その家族と思われる大人たち。大人の中には僕と有沢カナを見てあからさまに驚き、怯えだす人もいて。
中でも一番不安な色を発していた車椅子の女の子を指さして、A型飛行隊の二人は並んで胸を張り。
「サキね! 足の手術が難しいんだって! でも東側なら手術で背中の痛いのが取れるんだって! そんでね、俺たちも一緒に来るんならサキを手術してくれるって!」
「へっへへー、俺、スカウトされたんだ! やっぱ東の奴らはすげーよな! こっちじゃサキも治せねーのによ!」
「リュウセイ! やめなさい!」
「あ、あの……決して、そ、そういうわけでは……」
笑った。
誰にも内緒でこの船に乗ったのだろう数組の大人達には、裏切り者を処刑しに来たと思われている僕が笑えてしまって。
力が抜ける様に膝を曲げ、村山隊長や、りゅーせいや、あの体育館で一緒に訓練を受けた仲間たちの顔を見て、それからサキちゃんに笑って手を振りながら一人一人に声にならない『頑張って』を送り届け。
目の前を通り過ぎていくサキちゃんが残したありがとうございますの声に――この島から姿を消していくあの『事故』の小さな目撃者達に、『ごめん』とつぶやいて。
もしかしたら、僕が、あの時、あの部屋で。自分自身を抑えきれずに『誤射だ』なんて呟かなければ。
君たちを、そんなに不安な気持ちにさせることも。
この島で、友達と暮らすことも出来たかもしれないのに。
「……本当に、あの子は、治るんですか?」
絞りだした声に、もう、力は感じられず。
「ああ。あっちにゃ優秀な小児外科医がそろってるし、シレンシオにも協力的だ。ここさえ出て静かにしてくれりゃ、俺たちにも子供を消さなきゃならない理由はなくなるしな」
間違いなく良くなるさ。間違いなくな。
笑いながら歩き出した彼は、目撃者達が入って行った扉の前でぴたりと足を止め、悪戯っぽく両手を広げると。
「ヘイ、ボーイ。それより気を付けてくれよ。よーやく駒が並び始めて、これで本当の始まりだ。
……ゲーム。そのために、ここで今教えたのだろうか。あの海を消す方法を。
心底楽しそうな声で叫んだ彼は、ホールの端からピストル型にした指で僕を狙う振りをして。
「――ハッピーバースデイ。また会おうぜ、
楽しげに笑った顔がするりと扉の向こうへと消えて、テラスにいた人達の気配も消え、あるのは捨てられたような機械の残骸と僕だけになり。やがてホールの電気が非常灯に切り替えられるまでその場に立っていた後、ぼやけた頭をゆっくりと振って。
「行こうか」
いつもの笑顔で背後を振り返り、僕は僕じゃない二人にそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます