第64話 証明

 次の朝。

 いつもの様にふわりと清楚なオーラでバスに乗り込んで来た寝不足顔の有沢カナが、藤崎の隣ですました顔をしている僕を『しっしっ』と窓際へ追いやってきた。

 素直に場所を譲りながら『約束が違うんじゃないか?』という目で見た僕に、カナは『ふん』と突然喋り出したサルでも見るかのような視線をくれて、藤崎の方を向いてあれやこれやと甘えだす。


『コンサート、誰と言ったんですかぁ』とか『え~、一人で? マドカさん寂しいぃ。女としてどうかと思いますよぉ』とか『どんな服で行ったんですかぁ?』とか『楽屋とか行ったんですよねぇ? 出会いとか無かったんですかぁ? バンドの人とか!』なんて言っては、『うっさいわね』とか『そういうんじゃないし』とか『朝からテンション高すぎ』などと無下に扱われるのを楽しんでいる彼女を見て、少し気分の良くなった僕は、


「そう言えば、カナは行かなかったんだ、コンサート?」


 と不躾な質問をして、カナに『はあ?』と言う顔で振り向かれ。


「私、苦手なんですよ。C型の人」


 と吐き捨てる様に睨まれて、大いに納得。確かにこのみさんの歌声にはある種の魔法が掛かっている。比喩では無く。


「ああ、成程。だから僕も」

「そうです。だから先輩は、大っっっ嫌いです」


 無言のまま『そうか』『そうです』と頷き合う二人を見て、藤崎は『?』と眉を持ち上げて、


「? なに、あんた達、仲直りしたの?」

 と聞いて来たので、僕等は二人同時に首を振り。


「いや、そもそも喧嘩なんか――」「もともと仲良くなんてないですよぉ」


 同時に言った二人に、藤崎はぱちくりと瞬きをして、それからくすりと笑いながら。


「そ。ならいいけど」


 と楽しそうに笑いだす。バスの窓から差し込む透明な初夏の日差しが、彼女の銀髪に当たってきらきらと光っていた。

 そうして僕らは学校に行き、授業を受け、なんちゃら祭とかいう学校行事の打ち合わせ風景を少し寂しそうに見守る藤崎の横顔を盗み見て、個人プログラムに沿ってトレーニングを繰り返し、ある日の夕方にサイレンが鳴ると、次の日から学校には行かなくなった。



 良く雨の降る活性期だった。

 藤崎マドカは体調も良く、気合も乗った絶好調で、『なんなら全部私がやっつけてやるわよ』くらいの顔でいたけれど、貴重な戦力を消耗させるわけにもいかず、休みを挟みながら大型ファージに備える日々。

 そんな中、僕に出撃命令が下りたのは、四日目の午後の事だった。

 上位種プラスが数匹混じったD級ファージの群れに対し、連戦となる藤崎マドカと有沢カナを待機させ、代わりに小田島セイと笘篠小隊で最前線を形成する。今宮隊長が告げた簡潔な命令と試験的な作戦に頷いて、僕は第三小隊の部屋を出た。 


 更衣室で第一小隊の兄貴達に声をかけられ、それにお礼と頑張ります的な言葉を返しつつ彼らと共に白い舞台へ。

 すると、非番の癖にしっかり防護服を着ている藤崎が階段前で待ち構えていて、『あれは持った?』とか、『これは駄目』とか、『笘篠隊の人達はそれぞれこれこれこうでこうだから』なんて上田隊長につまみ出されるまでキャンキャン吠えてきたり。


 そんな彼女の心配や期待とは裏腹に、僕の役割はここへ来ても見学が中心で。髪を濡らす雨の下で行われた依白よりしら栄子副隊長を中心としたブリーフィングの結果、ポジション的には完全に『おみそ』扱いとなる様だった。


 そして、そんな扱いを受けていた子が、もう一人。


「ぜ、前節から笘篠隊に参加させて頂いております、い、飯島いいじま久遠くおん実習生です。ほ、ほ、ほほ本日は、小田島伍長のサポートと守護を担当致します。よろしくお願いします」


 長くてまっすぐな黒髪を背中で一つに結んだ少女が、僕の前でぺこぺこと頭を下げてくれた。


「守護?」

 と聞き返した僕に、答えてくれたのは依白さん。


「久遠は空間を固形化するんだよ。で、そいつを盾にしたり、刃にして敵を切り裂いたりもできる。おまけに鳥かごみたいにすれば、小田島が暴走したり落っこちたりしても助けてくれるってわけさ」


「へえ、それはすごいですね」


 B型で防御もできるとは便利だなと思って目の前の女子を見ると、彼女は申し訳なさそうにしょんぼりと目を伏せて。


「こ、攻撃時の威力はそれほどでもありません。魔力の行使可能領域も狭く、飛行スピードも並以下で前線の展開や急速旋回には全く着いて行けない役立たずです……。で、でででですが、自分の身くらいは守れますので、も、もしも伍長の足手まといになるようでしたら置いて行って頂いてかまいませんのでっ!」


 泣きそうな顔で頭を下げる彼女の言葉に、僕は納得する。

 便利そうな力を持っている少女が、作戦面で役に立っていない理由。そして、そんな便利で役立たずの魔法使いが、僕が着任するのと同時期に配属された意味を。


 どうやらちょっと自信を失くしかけているらしい彼女に僕は優しく微笑んで。


「同じく前節から第三小隊に所属した、小田島セイです。攻撃的C型で、ある程度意志のある相手であればその機能を全て乗っ取ることが可能です。恐らく、その気になれば相手の意志を断ち切って直接死なせることも出来ると思います。条件次第では無敵ですが、僕本体はぜい弱で、飛行速度も並以下です。なので丁度、君の様な守備兵を探していました。きっとこれは何かの縁・・・・ですね」


 『直接死なせることが出来る』。その言葉に少し驚き、疑問と恐怖が混じった彼女の瞳をじっと見つめて。


「飯島久遠。君は、本当に自分を役に立たない魔法使いだと思うかい?」

「…………は、はい……すみません」


 彼女はぎゅっと目を閉じて、顎を落とすように首肯した。


「そうか。でも僕はそう思わない。それだけで、君の価値は無限になる」


「…………は、はあ……?」


 遠慮の無い困惑顔で一歩後退った少女に、笑いながら。


「それが、僕がこの島にいる理由だよ。だから遠慮なく僕を守ってくれ」

「……あ、は、はい……ええと……はい……」


 真面目そうに見えるけど、そこはさすがに同年代の女子。ナルシスティックにすら感じられる男の言葉にドン引きのご様子だ。


「はは。大した自信だな、小田島っ!」


 依白さんにバシッと背中を叩かれる、それでも『ええ』とぶれることなく頷いた小田島セイは、ゆっくりと雨の空を見上げて。


「証明するよ、飯島久遠。僕を守る事が出来るなら。君がここにいる意味を。君が懸ける、その命の価値を。この僕が」


 偶然でも、運命でも無く、誰かの意志で選択された二人のユニット。

 だから、証明しなくてはいけない。僕を選び、僕達を選んだ全能なる独裁者に。お前の判断は正しいと。僕を選んで正解だと。

 だから、僕を選び続けろと。

 お前が死ぬまで、この僕を。

 他の誰でも無く、この僕が、次の王に相応しいのだと。――教えてやる。

 ぞわりと身体の奥が疼く。魔力が高まると共に頭の中が欲望と自意識で覆われていくのを感じて、雨雲に向かって少し笑った。


「……あ、ええ……っと……」


 雨に打たれて危ない笑みを浮かべる自信家とカラカラ笑う豪快な副隊長とを交互に見ながら、どうしたらいいか分からずただ濡れていく黒髪ロングの女の子。

 そんな僕らをにこにこ笑って見つめていた褐色のセクシー魔法使い・第二小隊隊長笘篠亜矢子に向かって、僕はゆっくりと宣言した。


「――僕がやります。後ろの奴らを。僕と、久遠が――殺します」


 すると彼女は相変わらずにこにこしたまま。


「うん、いいよ」

 と頷いて、水の滴る前髪をさらりと色っぽく掻き上げてくれた。

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