第45話 器

「今夜は、このような歓迎会にお集まりいただき、ありがとうございます」


 お爺ちゃんバンドの演奏の間、隊長に促されてステージに上がり、マイクを持つ。

 お礼がてらに頭を下げると、スピーカーが『ギピーッ』とハウリングの音を上げた。


「失礼」


 照れくさそうに微笑むと、フロアに溢れた酔っ払い達から笑い声と陽気な野次が飛んできた。


 いつの間に、僕はこんなに受け入れられたんだろうか。頭の隅で考えながら、笑みを絶やすことは無く。


「第三小隊所属、小田島セイです。ええと、本土では、こういう時には乾杯の挨拶までグラスに口をつけないモノなのですが――何と言うか……さすがです」


 苦笑と共に頭を掻くと、さっきよりも大きな笑い声、それから指笛までが返ってきた。そのいずれもが、ファージの命を刈り取る事が出来る実力者たち。だからこれは、大切な場だ。


 アニー以外にも、彼らの中に協力者がいるかもしれない。あるいは第零小隊のメンバーとして動いてくれる人間が。だから僕は、審問会の元帥の様に威厳を持ち、上田隊長の様な余裕を見せ、ロビ霧島の鋭さを込める事で、指揮者としての器を示さなくちゃいけない。


「このフロンティアに来てまだ日が浅い僕ですが、素敵な島だと思っています。ここでは、生きる意味と、確かな毎日と、皆さんの様な仲間がいる」


 適当に二つでっち上げ、三つ目をリアクション用に語り掛ける、すると思った通りに酔客達から歓声が返ってきた。うん、実にマナーの良い人達だ。僕は小さく頷いた。


「そういう日々の中、少しずつですが、自分が強くなっているのを感じています」


 誰もが気になっていただろう言葉を池の鯉に餌付けをする様にばら撒いて、一つ一つの反応を確かめながらざわつくフロアを見渡していく。穏やかでにこやかな、冷たい笑みで。


 右の端から順に、左端へ。その一番端には、テーブルに頬杖を付きながらニヤニヤ笑う今宮隊長。彼の隣でハラハラ見守ってくれている副隊長の世田谷ユイさん。いつかの様に退屈そうに髪の毛で鼻の下をくすぐっている藤崎マドカ。

 あとは、テーブルから少し離れた壁に寄り掛かって腕組みをしている有沢カナ。一瞬目が合っても、その顔にいつもの微笑を作る事は無く、怒りと恐れをミックスした様な冷ややかな視線でじっとこちらを見つめている。


「ファージとの闘いは想像以上に大変ですが、それでも。フロンティアに――いえ、この島に来てよかったと思います。皆さんに出会えて光栄です。今宵は、束の間の休息です。次の闘いに備えて、大いに飲んで、食べて下さい。――乾杯。」


 薄暗いフロアに歓声が湧き上がると同時、一斉に掲げられたグラスが夜空の様に煌めいた。あとはそれに負けないくらい色とりどりの表情が、僕の前に広がっていく。


 彼等の声に微笑と会釈で応え、いくつか残った値踏みの瞳に意味のある視線を返してから、僕は頭を掻き掻き照れくさそうに第三小隊の元へと歩き出した。



「はは、やるじゃねえか、セイ。笑ってやろうかと思ってたら、大したもんだぜ」

「見様見真似ですよ。僕の周りには、立派な上官が揃っていますから」


 再び始まった生演奏の中、素敵な笑みと共に差し出されたグラスを苦笑で受け取る。


「もちろん、今宮さんは違いますけど」

「はは。わかってねえな、セイは。親しみやすさってのも上官には大事なんだぜ? なあ、ユイ」


 話を振られたユイさんは溜息、それから呆れた様に腰に手を当てて。


「はいはい、今宮君はただの間抜けなだけでしょ? ね、こういう人になっちゃ駄目よ、小田島君は」


 言いながら取り皿に盛った料理を差し出す美女と、軽口を叩きながら受け取る美男。仲良しですなと苦笑しながら、渇いた喉にグラスの中身を届けようとして。


「……? お酒、ですか?」


 アルコールの匂いに顔をしかめた僕に、隊長は一瞬きょとんとして、それからカラカラと軽快に笑い。


「ああ、気にすんな、セイ。この島じゃ本土よりも規制は緩い。ただし、ほろ酔いを過ぎた奴は問答無用で警ら隊にしょっぴかれるけどな」


 『そうなのか』と『どうしようかな』と言う気持ちを込めて、テーブルの向こうからじとりとこちらを睨んでいる藤崎に視線を送る。好きにすればと言いたげにそっぽをむいたその手には、葡萄色した飲み物。


「……すみません。藤崎と同じ奴を頂きます」


 肩をすくめてそう言うと、今宮隊長はニヤリと笑った。


「ほう、俺の酒が飲めないってか?」


 常套句の様なからかいに、僕はすっとぼけた顔をして。


「そうですね。生理的に無理なんです」

「ははっ、そうか。んじゃあ仕方ねえ。あ~あ、どうしてこうウチの若ぇもんは生意気なのかね、なあユイ?」


「……あらあら? まるで私が若いもんに入っていないみたいな言い草ですね?」

「はは。いや、さすがにお前、女子高生と一緒ってのは――あれ?」


 いつもの調子で笑いかけた隊長の目の前に、クイッと煽られたグラスがタンッ!と叩き付けられた。


「……まだまだ、全然イケます。なんなら私、十七歳ですし。はい、そうです私が十七歳です」


 あ、隊長、ヤバいです。その人、目が完全に座っています。


「はは、何言ってんだよ。ユイはもうにじゅ――あいたっ!? え? ちょっ、お前、ユイ。……まさか……飲んでるのか?」


「ええええ、飲んでますよ? 飲んでますけど、それが何か? 先程隊長がおっしゃったように、このフロンティアでは十六歳から飲酒は認められているんです。……で、私は? 私は、いくつでしたっけ? ……ねぇ、小田島クン?」


 可愛らしく小首を傾げた天使に凶悪な微笑みで見つめられ、僕は思わず姿勢を正し、腰の後ろで腕を組んで。


「はっ! 十七歳であります、副隊長殿!!」


「うんうん、そうね。さすが小田島クン。気持ちがこもった良いお返事ですね。……で、おい、そこのボンクラはどうなのよ?」


 ぎろりと凄まれた隊長は、目を白黒させながら。


「……あ、あはは、いや、その、なんだ。 ……おい誰だウチの副隊長に酒を飲ませた奴は!?」


 叫んだ隊長に、群衆からの返事は無く。代わりにドンッと大きな酒瓶が突き立てられた。


「聞いてんのは私でしょうがぁっ! おいこら、今宮、無視をするなっ! 今日こそははっきりしてもらうんだからっ!」


「おいセイ、警察だ! 警ら隊を呼んでくれ!」


 可愛らしい声で面倒くさい事を言い始めた姐御の後頭部に苦笑する。ついでに救いを求めるホスト面の青い瞳に優しくにっこり首を振って、僕はそっとテーブルを後にした。


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