第46話 孤独の海

 賑やかなパーティー会場の中、居場所を探して壁際に佇むと蛍光ピンクのスウェットを着た第一小隊隊長の上田さんが、副隊長の鴻上ショウさんと胸にデカデカと描かれた虎を伴ってやってきた。


 二言、三言挨拶と謝罪を済ませると、顎髭を生やした精悍でお洒落な男性・ショウさんは優しく首を振り、必要な時には使ってくれて構わないと笑った。ただし、全員を連れて行かれると舞台の守備が手薄になるからそれは駄目だ、とも。

 おまけに凄い私服センスの持ち主だった上田隊長は

「もしも小田島伍長がそういう訓練をしたいと言うのなら、ウチから人員を貸し出そう。もちろん、互いの人格や精神面に影響を及ぼさない範囲で、だがね」

 とまで言ってくれた。


 真面目にじっと僕を見つめる瞳。優しいその目から僕が受け取ったイメージは、強烈なプレッシャーだった。重たく堅い鎧に身を固めた兵士が、ゆっくりと確実ににじり寄って来るような、そんな。

 どん、と急に両肩が掴まれる。じっと、じっと。彼は真っ直ぐに僕の目を見つめたまま、その手に少し力を込めて。


「伍長。君は、訓練次第でいずれ有沢元帥に並ぶだろう。次代の支配者として、このウエストアンチバイラスに君臨する日も遠くは無いはずだ。なので、自覚してほしい。君の持っている攻撃的C型ディストラクティブCという魔法が、どれだけ強力で、危険なのかを」


「……え。あ、はい」


 何を言わんとしているのかピンとこないまま、熱量に押される様に僕はこくりと頷いた。


「伍長――いや、小田島君。すでに君には他人の言葉など意味を持たないのかもしれないが、あえて言おう。君は、どれ程になったとしても、決して神にはなれないんだ。後悔や不安と共に生きて行く、一人の人間なんだ。思い通りにならない事など、いくらでも、誰にでもある。だが、君は君であるが故に、それを忘れた人達から投げつけられる責任があまりにも多くなるだろう。だから、忘れないでほしい。君が大切な物を放しさえしなければ、抱えきれない程の重みに潰れそうなとき、手を貸してくれる仲間がいるという事を」


 ぎゅっと掴まれた肩の痛みに、僕は苦笑しながら首を振る。


「はい、ありがとうございます。覚えておきます」


 そうして、また頷いた上田隊長の目をちらりと見上げて、困ったように眉尻を下げて問いかける。


「上田隊長は、元帥がお嫌いですか?」


 ちらりと、鴻上副隊長がボスの表情を窺った。しかし上田さんは動揺することも無く渋く笑って。


「私の人生におけるもっとも大きな後悔とは、一人の友を救えなかったことだ。……全能の王が落ちて行く孤独の海から、ね」


 感傷に一瞬遠い目をした壮年男性は、またまっすぐに目の前の元帥の影を見つめ直して。きっと繰り返す後悔という悪夢の中で、その影に何度となく言って来たのだろう言葉を力強く口にした。


「例え君の魔法が全能だとしても、魔法使いとは魔法を使う人間でしかない。だから、君の感覚が捉える物が全て真実とは限らないはずだ。仲間を、他人を、信じて欲しい。君は決して一人ではないのだ、と」


 僕は数瞬目を閉じ、苦笑と共に頷いた。


「努力してみます」


 すると上田隊長は白い頭をぽりぽりと掻いて。


「……いやはや、すまんね。こんな事を言うつもりでは無かったんだが……先程の君を見ていたら、どうにもね……。はは、しかし、歳を取ると説教臭くなっていかんな」


 ショッキングピンクに虎顔の服を着た自称年寄りは、隣の副隊長に照れ隠しのおどけを見せ、僕にも渋く笑いかけた。


「まあ、何だ。とにかく元気になった様で良かった。これからも精進してくれ」


 言って、隣の副隊長に何事かをからかわれながら去っていく隊長の背に、僕は一つ溜息を吐いて『僕』を素通りして行った長い訴えを思い出す。


 ――君は神では無い、か。


「……機会があれば、伝えておきますよ」


 ぽそりと呟き、葡萄ジュースを一口飲んでふと気づく。そういえば、僕は葡萄ジュースが苦手だったと。

 喉に絡まる独特のえぐみにうえっと顔をしかめながら、きっと神様ならこんな事は無いんだろうなと胸の中で笑った。

 丁度その時、ダンスを踊る人達の向こうから件の元帥様の孫娘が不機嫌極まりない顔面でやって来て、僕の隣の壁にどかっと寄り掛かると同時に吐き捨てた。


「話、なっが。カナちゃん待ちくたびれちゃいましたぁ」


 ぷーっと可愛く頬を膨らませて見せた彼女に、僕は笑って。


「そうだね。今日は学校でも中々だったけど。どうやら僕にもモテ期が来たのかも」


 するとカナは『ええ~』とあからさまに嫌そうな顔をして、鼻をつまんですうっと身体を離した。


「変なにおいつけてるからでふよ。うわくっさ。へんぱい、ふっごく老人臭いでふよ。おえ~、おじいちゃんくさぁい」


 言って、鼻をつまんだカナちゃんはしかめっ面でパタパタ顔の前を仰ぎ始める。

 僕は笑った。なんだかこの子は本当に――。


「それで? 有沢さんのカナちゃんは、僕に何を言ってくれに来たんだい?」

 薄く笑ってグラスを揺らした僕の隣、名実ともに島民的美少女なお嬢様はツーンと唇を尖らせて。


「べっつにぃ。さっき先輩がカナの事をいやらしい目で見てたから、そういうのやめて下さいって言いに来ただけですぅ」


 言って、ほとんど身長の変わらない年下の女子が軽蔑の眼差しで僕をじろりと睨んでくる。


 ……ほう、こういうのも悪くは無いなと思いつつ、僕は自ら葡萄ジュースでむせてみた。


「ごほっ! うぇほっ!」

 と大げさに。


「きゃっ!?」

 途端、吹き出された雫から慌てて身を引いたカナは、呆れた様に溜息を吐いて。


「あ~も~、ほ~んとおじいちゃんですね、先輩は」


 と言って、大げさにゲホゲホやってる僕に向かって細い首を振りながら笑ってくれた。


「ごめんごめん」


 おざなりに背中を叩いてくれる掛け値なしの美少女に照れ笑いを見せながら、僕は思う。女の子には『もう、駄目なんだからぁ』と言われるのが一番いいな、と。もしかして上田隊長が言いたかったのもこういう事なのかもなと。

 

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