第44話 パーティー

 学校に復帰した日の夜。僕と藤崎は、街の方へとやってきていた。なんでも小田島セイの退院祝いと歓迎会を兼ねたパーティーとやらを、今宮隊長が主催してくれるのだそうだ。


「案外、賑やかなんだね」


 商業区の目抜き通りでバスを降りた僕は、隣の藤崎に話しかけた。


「ん、そうね。活性期が過ぎたから。軍の人も身体があくし、気分も良いんじゃない? 活性期明けは結構賑わうのよ」

「そうなんだ」


 頷きながら、通りを見回す。見た感じ若者向けの場所のようだけれど、店先を照らすライトも質素な暖色の物が多く、本土の様な猥雑さは無い。馬鹿騒ぎをする馬鹿もいないし、賑やかなのに騒がしくなくて。

 ずっと昔に思い浮かべていた『高級避暑地』のイメージがぴったりだな、と思った。


「ちょっと、なにニヤニヤしてんのよ変態。カラオケくらい本土にもあったでしょ?」


 半眼の藤崎の一言で、通りの向こう、自分が見ていたビルの看板に目が行く。


「……本当だ」

 きょとんとした僕に、銀色の少女は楽しげに笑う。


「寝惚けんての、セイ? あんなに堂々と書いてあるじゃない?」

 言われて見れば、確かに。南国的な植物をあしらった白い壁に大きな文字で『Karaoke』と。外観にあの能天気な明るさが無く、一階には木製のオープンカフェまでついているから、てっきり。

「レストランか何かだと思ったよ」

「? そう? ふ~ん。変なの」


 首を傾げるフロンティア生活の先輩。その感覚の違いに苦笑しながら、車の姿が見当たらない道路を渡る。


 夕方に降ったスコールの匂いが残る白い道の上、微かな海風が柔らかい銀髪と碧い長袖ワンピースを揺らしている。街燈に浮かぶ街並みは何もかもが涼しげで、美しく。通り過ぎる人達は活気に満ちていた。

 白銀の魔女に送られる視線も驚きと尊敬が中心で、蜘蛛の巣や学校にあるような恐れや嫉妬はほとんど無い。だから単純に、良い所だな、と僕は思った。


「ここね」

 言って、藤崎マドカが立ち止ったのはビルとビルの一本裏側、路地のお店の前だった。頭の上にぶら下った小さな板に、踊る様な文字で『星月亭』と書いてある。

 星と月と音符がデザインされている扉を押して、外観を眺めていた藤崎を促した。


「わ、すごい! ほへ~、おっ洒落なお店~」


 中に入ると、天井も、壁も満天の星の絵で溢れていた。二・三歩先の内扉まで、たった数メートルのプラネタリウム。そこに、扉の向こうから賑わう声と楽器の音が溢れている。


「来たこと、無いの?」


 僕にはちょっとお洒落すぎるなあと苦笑しながら尋ねると、目をキラキラさせていた女子はこくりと頷いて。


「うん。商業区にはあんまり来ないようにしてるのよ。なんだかじろじろ見られるし。変にサービスされても困っちゃうでしょ? それに、必要な物はカナに頼めばなんとかなるし――あ、セイ! あれ、オリオンじゃない? オリオンでしょ? 知ってる知ってる」


 唇を尖らせたかと思ったら、次の瞬間全開で笑う最強の魔女。


「ホントだ、三つ並んでる」

 僕は頷いた。星空ならば、外に出た方が遥かに綺麗なのにと笑いながら。


 ピアノとドラムの音が聞こえる小さな宇宙で両手を持ち上げくるくる回りだした西側最高戦力保有者の姿を見ながら、内扉を開く。途端、隙間から溢れ出す楽しげな音楽。するり。扉を抑えた僕の肩の脇を銀髪が滑り込む。


「わ」

「へぇ」


 銀色の頭越し、目に飛び込んだのはオレンジの光に照らされたステージで演奏するお爺ちゃんカルテット。ピアノにウッドベースにギターにドラム。正統派の編成なのに、着ている服は派手なアロハシャツにハーフパンツ。ドラムは何故か麦わら帽子を被っていて、四人が四人、爆笑しながら跳ねる様なリズムを奏ていた。


「お、来たぞ!」

 ジャズってあんなに楽しそうに演るものなのかと驚いていた僕は、誰かの声で我に返る。


「こっちだ藤崎、あとセイ!」


 途端にフロア中から視線を集めた僕達に、向こうで手を上げている金髪の若者。我らが第三小隊隊長、今宮ナガセその人だ。


 煙草の匂い、何種類もの料理が乗った幾つものテーブル、その間で談笑する人人人。第一、第二小隊の人、それから特殊大隊じゃ無い人、司令官室で挨拶をした人、多分話したことの無い局員さんまで。びっくりするくらいに集まった人達が、陽気なリズムに乗せて『退院おめでとう』『これからもよろしくな』『やるじゃん、君!』などなどと口々に声を掛けてくる。


 純粋な好意から、ある種の恐れのような物までがごちゃごちゃになった笑顔と言葉。

 顔に出そうな感情をこらえて、一つ一つに返事をしながら考える。


 僕がいつの間にか人気者になったのは、彼等が手にしているお酒の効果なのか、

 それとも――。

 軽くダンスを踊る連中を押しのけ押しのけ藤崎のスペースを作りながら、真ん中のテーブルに陣取って極上のケーキのようにピザを頬張るアンナ・モアランド副局長を流し見た。

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