第43話 談笑

「ワオ、やっぱりばれてるか」


 ぺちっとおでこを叩いたのは、くりくりの赤毛にそばかす顔と黒縁眼鏡。年は僕よりも少し上でぽっちゃりとむっちりの間位の体型の、東側から交換派遣されたらしい若き科学者。赴任してまだ一月もたっていないと言うのに、すでにモノがごちゃごちゃしている第二副局長室。


 その主であるアンナ・モアランドが見せる底抜けに明るいリアクションに、僕は笑った。


「多分ね」

「多分って。絶対ばれてるでしょ、こんなの」


 言って、彼女はパクパクと残りのクリームプリンを頬張った。


「でも、とりあえず言っただけかもしれないし」

 ふざけ半分に言ってみると、期待通り、アンナは大げさに目を丸くして肩を竦めてくれた。


「名指しよ? セイ、お願いだから頭を使って。元帥は私があなたに録音を頼んだことを知っていたのよ。ああ怖い、殺されちゃうわ」


 ぶるぶると両腕を抱く彼女は、一々コミカルで面白い。


「それは物騒だね。でも、誰に?」

 椅子に座ったまま僕が笑うと、彼女は眼鏡の奥の大きな目をぱちくりさせて。


「……オーマイゴッド! あなたによ!! やめてよね、セイ! 裏切りは無しよ!」


 ガタンッと椅子から転げ落ちたダサいカーディガンのぽっちゃり少女に、僕はアハハと笑いながら。


「でも、僕はもう君にシュガーを貰って、元帥の声の録音を請け負った。これで契約は切れてるんじゃないかな?」


「冗談! その冗談をやめてくれる!? キリシマに次いで私も消えたら、さすがに東側も黙ってないわよ!」


 床の上、どでかい三角定規を脇に構えてけん制してくる彼女の姿にくすくすと笑い。


「ごめんごめん。まだそう言う命令は出ていないよ。元帥の口ぶりからして、少なくとも君が元帥の生存を東側に伝えるまでは大丈夫じゃないかな?」


 言うと、彼女はふーっと片腕でおでこの汗をぬぐいながら

「そうね。その説は信頼できるわ――」

 ぽりぽりと机の上のスティックポテチを咥えだし。

「でも、いいの? 元帥が本当に私の仕事をご存知なら、あなたこそ私とお喋りしてたらまずいんじゃない?」


 何でも無い事みたいに首を傾げた彼女に、僕は微笑む。


「別に。僕には僕の目的があるからね。自由にやるよ。もしもそれがダメだって言うなら、とっくに僕や君は処分されてる。独裁者って、そういうもんだろ?」


 僕の問いに、アンナはむむむと難しい顔を作りながら。


「そうね。そう思われているわ。正確には『思われていた』、だけど」


 ニヤリと笑った眼鏡のドクターガールは指を振り。


「といっても、有沢源十郎はその生死が疑われる程長く人前に姿を現していないから、正確なところは分からないわ。でもまあ少なくとも、東側は彼の支配力が低下していると見ているのよ。かつてはこの西側フロンティアの全島に及ぶと言われた彼の干渉魔法が、加齢とともに弱っているんじゃないかってね。そして東も西も人間の中にも、それをチャンスと見ている連中がいるのは間違いないわ。なんのチャンスなのかは、イマジンするしかないけどね」


 顔に加えて掌も使い、全身で肩を竦めるアメリカンな副局長。


「ちなみに君は、一体どんなチャンスを想像してるんだい?」

 彼女を真似て翻訳口調で言ってみると、瞳をぱちくりさせた副局長はニヤリと笑って。


「シレンシオよ」


 意外な変化球に、今度は僕が目をぱちくり。


「シレンシオって、あの……乗り物?」


「ええ。東側の戦術は、こっちとは真逆よ。なるべく個人の能力に頼らず、チームで倒すの。そのために技術技術ア~ンド技術。装備の質を高め、戦力を不偏化する。軍隊としての力は西側を遥かに上回っているわ。だから、人間側OSPRによるシレンシオの開発にも協力してる。んでもって、あのロボットの核となるいわゆる『精神感応システム』には、あなた達攻撃的ディストラクティブCの能力に近いものが使われているとされているの」


 僕は彼女の言葉を噛み砕く。


「……成程ね。で、『されている』っていうのは?」


「わお、あなたホームズね。喋るのが怖くなるわ。そうね、つまりシレンシオの核のシステムはいわゆる『ブラックボックス』なのよ。レベルが違うってか、ずれてるのよ。なにしろ、あの今宮ユウトが作ったモノだから」


 頭を掻いた。今宮ユウト殿が人間側のために作った乗り物で、僕みたいな攻撃的C型を利用してると。


 アンナはそんな僕をニヤニヤと見て。


「だから、私達が送り込まれたのよ。今宮ユウト亡き今、解放されたあなたのデータ。それからその上位互換となる元帥のデータ。それを元に、奴らはシレンシオを量産して魔海消滅後の世界に君臨するつもりなんじゃない?」


 僕は腕組みをして大きく頷く。魔海消滅後、ね。


「大した想像力だね。科学ってのはすごいんだな」


 ちょっとした皮肉のつもりが、アンナはふんっと鼻息荒くポテチの屑を吹き飛ばして。


「分かってないわね。科学者ってのは世界一想像力がいる仕事なのよ。ああかもしれないこうかもしれないって見えない物を想像して、それを科学的に実証して現実に組み込む。そういう仕事なの」


 成程それは知らなかった、と笑って。


「君も、その計画に参加してるの?」

「答えはイエスよ、シャーロック。言っても私は医者寄りだから、ほんの端くれだけどね。ほんとよ、あなたに嘘はつかないわ。無意味だもの」


 頷く。鵜呑みにしないように、ゆっくりと、微笑みながら。


「じゃあ、君個人の目的は?」

 彼女は笑った。

「わーお。その質問はプライベートね。あるけど、内緒よ。嘘じゃないわ」


 僕もまた、笑顔のままで組んだ膝の上に頬杖を付く。


「じゃあ、どうして君はわざわざ西側に?」

 こちらをはるかに上回る魔導科学を誇るという東側対抗軍を離れて、だ。


 すると彼女はわざとらしい位に肩をすくめて溜息一つ。


「簡単に言えば、左遷されたのよ。新しい任務を与える事で奴らは私を遠ざけたってわけ。まあ、逆に言えばそれだけ私が真実タブーに近づいていたって事だけど」


 しばらく、素敵に二人は見つめ合い。僕は席を立つ事にした。


「分かった。これからもよろしく、アンナ」

「アニーでいいわ。お友達はそう呼ぶのよ、セイ」


 スティック菓子を咥えながらの微笑みに、僕は笑って。


「なら僕もオディーで良いよ。そう呼んでくれれば、もしかして君を嫌いになれるかも」

「検討しとくわ、セクシーボーイ」


 彼女のウインクに苦笑しながら、その部屋を後にした。


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