Ⅱ 歩行
第42話 審問会
病院棟から右回りに舞台の方へ、各小隊の部屋へと繋がるゲートを抜け、脇道の更に奥へ。静かな廊下に、戦闘用軍靴の踵がコツコツと床を叩く音が反響する。慣れて来たな、と思った。自分の足が立てる音にも。
ピッと言う子気味良い音。突き当りにあった灰色のドアに手をかざした音だ。
『GUEST』
表示と共に扉が二枚連続で左右に開き、現れた鏡張りの小部屋に足を踏み入れた。
三百六十度から僕の方へとやってくる僕の姿に、ちょっと気味が悪いと思ったのを覚えている。
背後でヒュインと扉が閉まる気配がすると同時に、かすかな駆動音が部屋に響く。やっぱり動いている、と思った。上か、下か、もしかしたら水平に。
何も言わない鏡の中の僕に囲まれながら、この日の僕は巣の中を移動していく。呼び出された『審問会』とやらのために。
やがて部屋の移動が終わると静かに正面の鏡が持ちあがり、薄暗い空間が顔を出した。
最低限の灯りに照らされた、窓すら無い広い空間。その左右、僕の身長よりも高い位置に並んだ人影が、七人程。かろうじて見覚えのある顔は、二つくらいか。彼等の視線に促されるまま、部屋の中央の証言台に立つ。まるで裁判みたいだな、と思ったけれど審問会ってそういうものかと納得した。
「小田島セイだね?」
「ハイ」
右手の手前から降ってきた声に、にっこり笑った元気な返事。
「ご足労。君には、禁止薬物の使用と通信室の破壊に対しての罰が与えられる」
今度は左から、おじさんの声。『情報官長』の札を立てている人だった。
「様々な事情と結果を考慮し、一か月の減俸と七十時間の懲罰勤務だ。勤務内容は、追って連絡する。以上」
それがどれ位の罪でどれ位の罰なのか。少しだけ考えて、僕はにこりと微笑むことにした。
「わかりました」
もちろん、分からないという事が分かったのだけれど。どうやらその態度が気に障った様で、情報官長の札の人の気持ちがぐっとせり上がった。そして、今にもそれが飛び出しそうになった瞬間。何の前触れも無く、その声は部屋の中に響き渡った。
『やあ、待っていたよ。小田島伍長』
まるで直接神経を揺らすような低い壮年男性の声に、全ての空気が縮こまる。
成程、と僕は姿勢を正した。
「初めまして、元帥。小田島セイです」
第一小隊の兄貴達の見よう見まねで胸を張った僕に、声は微かに微笑んだ。
『ああ、これは悪かった。いかにも僕がこの
「……有沢?」
一瞬の戸惑いを予期していたかのように、彼の声は頷いて。
『カナは孫にあたる。ああ見えて意外としっかり者だが、若さ故に情緒が荒い。よろしく頼むよ』
僕は、二度頷いた。成程ね、と。
そして優しい彼の声は淡々と告げた。
『僕から、君に選択を与えたい。一つは、今から言う頼みごとを受ける事。もう一つは、それを受けない事。以上だ』
暫く、無音。
そして僕の声。
「なんなりと」
彼は笑った。
『聡明だ。君には、第零小隊の隊長として、数人規模の小隊を率いて貰いたい。小隊の目的は、この身体の利かない老人の手足となる事だ』
彼の頼み事とやらに、かすかに部屋がざわついた。
それを微笑むような声で制した元帥は。
『いやはや、歳を取ったものでね。僕の手が届かぬところで、この島は随分と狂ってしまった。そこで君には、僕の代わりに、僕の意志を執行してもらいたい。不穏な動きを見せる人物への接触や、説得。あるいは処分など』
部屋の中に揃った数人のうち、二つ程の感情が揺れた気配。
僕は笑った。おいおい、と。これであの人達に僕が狙われたりしたらどうしてくれるつもりですか、と。
元帥も笑った。
『もちろん、表向きには今まで通り第三小隊の一員として島民のために働いてもらいたい。だからこのことは、この場だけの機密事項だ。あとは、興味のある人間だけが自ずと知ればよい』
そして、彼の声はより遠くまで響かせるような波を持って。
『東側にも伝えてくれたまえ、アンナ・モアランド副局長。独裁者・有沢源十郎は、いましばらく生きるつもりだと』
その声が狭い部屋に流れると、僕の目の前でプリンを口に運んでいたアンナ・モアランド研究局第二副局長が、苦笑を浮かべてタブレットの音声を停止した。
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