第41話 いつか、君を。
あけて月曜。制服に身を包んでバス停に向かうと、腕組みして壁に寄りかかっている少女を見つけた。
「何だ、こんなとこにいたのか。部屋までもってっちゃったよ」
なるべく明るくそういって、僕は手にぶら下げていた袋をうとうとしている銀髪の前に差し出した。
「え? あ、うん、ありがと」
驚いて顔をあげた藤崎が、目を瞬かせ、気まずそうにもごもごとお礼を言ってくる。
僕はニヤリと笑ってみせた。のんきにお礼を言ってられるのも今のうちだ。なぜならその袋の中身は、焼肉サンドだ。今夜、今宮隊長が僕の退院祝いをしてくれると言っていたので、ニンニクたっぷりの焼肉サンドだ。ははっ、これぞロビ霧島クオリティ。
我ながら小さい男だと思いつつも、受け取った藤崎の反応を期待しながらバスのステップに足をかけた僕の肘が、グイっと後ろに引っ張られて僕はバスから転がり出る。
「うわ! 痛っ! すいません、ごめんなさい! 僕が食べますから!」
思わずあっさり謝罪の言葉を口走り、ひょいっと差し出された左手から逃れるように身を縮めていると。
「……何よ? 早くつかまりなさいよね」
「え?」
「だから、送ってあげるって言ってるの」
きょとんとした僕の手を強引に掴むと、藤崎は空へと舞い上がった。青空に飛び込む程に、高く、高く。限界飛行点ギリギリまで。
「うわっ! 藤崎、危ないって!」
「じたばたしなけりゃ大丈夫なのっ!」
突然の飛行にバランスを崩して暴れる僕を、藤崎が一喝した。
しゅんとした男の手を引きながらあっという間に島を横断した藤崎は、学校の上空を三周ほど旋回してから口を開いた。
「……ありがとね」
「え? 何が?」
視線を外し唇を尖がらせた藤崎は極めて不機嫌な様子で島を見下ろし、唇にかかった髪を乱雑に払ってから。
「……いろいろよ」
「いろいろ?」
「もういい。それくらい自分で考えて」
照れた藤崎は一つ大きく息を整えると、遠い地面を見つめながらごにょごにょと言葉をこね始める。
「……それから……言っとくけど私、本当はあんなもんじゃないから。いつもだったら、あんたの助けなんていらないくらい強いんだから」
「知ってるよ」
藤崎に見えない様に小さく笑った。
「だから……その、あの日はいろいろダメな日で……だから……」
右手が、ぐっと締め付けられて。
「だから……あの日のことは全部内緒よ。私が泣いてたなんて誰かに言ったら、あんた、病気に見せかけて殺すから。ていうか、そもそも……あんなの、全部、冗談なの」
藤崎は、ちらりと一瞬だけ僕を見た。
「だから……別に、あれも本当じゃないから」
「あれ?」
「……だから、本当は………いらなくなんて、ないから」
「え?」
思わず聞き返した僕の言葉に一瞬眉をひそめた藤崎は、呆れた顔で息を吐くと高らかに。
「せいぜい頑張れって言ったのよ、ば~かっ!」
重力より早く加速する体を感じながら、僕は必死に落下する藤崎の手を握り続けた。
特別に柔らかい彼女の手から伝わる力よりも、少しだけ強く。
本土から遥か遠いこの狂った魔法使いの島に、彼女の願いが呑み込まれてしまわぬように。
いつか、この手を離せるように。
いつか、君を縛る檻をぶち壊して。
いつの日か、君を。君の願い事を叶えてあげようと心に決めて。
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