第29話 優しさか弱さで嘘をつく

「……なあ、今の」

「うっさいなぁ、もう。あんたごときが気を遣うんじゃないっつうの」

 

 わざと拗ねたような声を出し、欄干に背中を寄せて座り込んだ藤崎がペシペシと床を叩いて僕に命じる。

 

「ねえ、セイ。せっかく綺麗な夜なんだから、ここで食べて行きなさいよ」

 

 無言で同意した僕は、彼女の隣に腰を降ろす。すると口に手を当てて大きな欠伸をした藤崎が、ふーっと長い息を吐き出した。

 

 僕らの正面には銀色の月が一つぽかんと浮かんでいて、その下には白い街が広がっていた。藤崎マドカが守る人達が暮らす街が。

 

 灯りの少ないその街並みの中、港の辺りに輝くひときわ明るい光に、藤崎がくれたパンを取り出しかけた僕の目がふと吸い寄せられた。その光の中に目を凝らして。

 

「あのさ、藤崎」

「……何?」

 

 ぼーっと月を眺めていた藤崎に、その方角を指差して尋ねる。

 

「あれって、船だよね?」

 

 一瞬頭に浮かんだのは、このフロンティアにだれか新しい住人がやって来たのではないかということ。だけど、それにしては少し大きすぎる気がしたから。食糧でも運んできてくれているのかと。

 

「え? ああ、あれ?」

 

 背筋を伸ばして港の方を覗き込んだ藤崎は、ちょっと言葉を整理する様に首を傾げて。

 

「あれは、多分シレンシオの運搬船。人間が、ファージと闘うための乗り物ね」

「シレンシオ……乗り物って?」

 

 僕は驚く。

 

「そ。私達ばっかりに頼らず世界を守るために、人工的に魔法のメカニズムを再現した機械なんだって。最近、稼働テストが始まったみたいで、ちょこちょこ来てるのよ」

 

 肩をすくめた銀髪と、いくつものオレンジ色の光に浮かび上がる巨大な船と。

 

「……魔法使いに、頼らずに?」

「うん。あれに乗れば魔力の低い人間でも比較的低コストでファージと闘えるんだって、向こうの……環太平洋安全保障機構OSPRっていう国際民間団体NGOで開発されてるらしいんだけど……本土の人は知らないの?」

 

 魔法使いに頼らずに、人間が。

 

「……いや、聞いたことも無いよ」

 

 すると藤崎は意外そうにこくこくと頷いて。

 

「ふーん……そうなんだ」

 

 あまりそれが大した事でもないかのように、くしくしと鼻を擦りだす。

 だけど、僕の――裏切りの魔法使いとして本土で過ごした僕の胸の内には、嫌な予感が湧きあがる。

 

「えっと、でも、それで。本当に人間が闘えるってなったら――魔法使いが、要らないってなったら……」

 

 自給自足すら成り立たないこの絶海の孤島は、魔法使いを干上がらせるための檻になる。

 

 思い出したのは、隊長の言葉『俺達をここに閉じ込めてるのは、誰なんだ』というその言葉。本土の教科書に載っていた、磔にされた魔女狩りのイラスト。必死に巣を守る、自分の糸でがんじがらめの蜘蛛の姿。

 兵器すら寄越さなかった人間が今更開発している『私達の世界を守る』その乗り物は、一体何を守り、何と闘うと言うのだろうか。

 

 最悪の想像に目を見開いた僕を、ついっと下唇を突き出した藤崎がじとりと見る。

 

「……セイも、そういう感じなんだ」

「あ……いや」

 

 言葉に詰まるのは、藤崎が少し嫌な気持ちになったから。

 長い銀髪を片手で肩に流した藤崎は、低い声でゆっくりと。

 

「……そういうこと言う人、多いけど。私は、そうは思わないわ。私は、むしろチャンスだと思ってる。魔法使いだって、きちんと自分の力をコントロールできれば人間と暮らしていけるんだって、認め合えるチャンスだと思ってる……」

 

 藤崎マドカの静かな声が、遠くの波音に混ざって耳に届く。

 

「……あのね、私、時々考えるの――」

 

 照れ臭そうに、恥ずかしそうに、彼女は笑って。

 

「何かね、そうやって人間と魔法使いが仲良くできて、この島が無くなって、いつか、みんなが本土で暮らせるようになったらなって。そこではね、人間と魔法使いが協力してファージから世界を守ってるの。でね、魔法使いの人達は特殊警察みたいな組織を作って、魔法を悪用する奴を成敗するの。ビシってやっつけちゃうのよ。いつか、そう言う風に、なったらいいなって――あはは。どうかな、セイは、やっぱり無理だって思う?」

 

 頭に浮かんだのは、魔力検査で異常値を叩き出してからの本土での日々と、僕の家を取り囲んだ人達から向けられた悪辣な感情。電車で揺れていた雑誌の広告。

 

 目の前には、水晶みたいに強くて脆くて、どうしようもない位に優しい灰色の瞳。

 だから、僕は――。

 どうしようもなく、彼女に嫌われたくなかった弱虫な僕は。

 

「出来るんじゃないかな。いつか、きっと」

 

 藤崎マドカに、嘘を吐いた。

 

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