第17話  初戦

 そうしてバスなんかよりもずっと早く島を横断し、一気に隊員専用の施設に飛びこむ。廊下を駆け抜け小隊の部屋の扉を開けると、すでに戦闘準備が整っていた。

 赤い防護服に身を包み二丁の愛銃の手入れをしていたカナが振り返る。ちなみに手に持っている小ぶりな奴が『ドルチェ』という名で、膝の上の銃身が長い方が『アントル』なのだそうだ。


「マドカさん、おっそいですよぉ」


 含みのある笑みを浮かべて、ドルチェを振り振りソファに座ったままのカナが言う。いや、まあ……銃を振り回すのはやめて欲しい。

 何かを言おうとした藤崎がちらりと隊長に視線を走らせ、言葉を飲み込む。


「東に三千、D級の群れだ。五十匹程らしいが、後ろにプラスが三匹ついてきてる。ったく、活性期に入ったらいきなりだぜ? ちょっとは遠慮して欲しいってもんだ」


 やれやれという感じに肩をすくめて、今宮隊長が現状を通達した。


 東の方向に距離が三千、D級というのは今宮理論によるファージの分類であって「本能に従うだけの小型で知能の低いファージ」を意味している。そして、プラスというのが所謂「上位種」に当たるものであり「自分の階級以下のファージを捕食するモノ」と言う事だ。


 隊長の言葉が途切れると、藤崎は小さく頷いて着替えのために部屋を出た。


「セイ、すでに一戦交えてきたって面だけど、お前も一応着替えとけ」


 頬の痣を笑う隊長に肩をすくめて、僕も一端詰め所を出る。


 特殊部隊の男性用更衣室のセンサーに手をかざすと、静脈と瞳の虹彩から魔力を識別して扉が左右にスライドする。何だかんだ僕だって魔法使いなのだ。

 中では上田隊長率いる第一小隊の兄貴達が数人着替えているところだった。黙々テキパキ着替えていく彼らの張りつめた雰囲気に、僕の緊張も自然と高まる。恐怖なのか、高揚なのか、鼓動を速めているその感情で、これが実戦だと理解する。


 もう一枚肌を重ねたような感触の黒い防護服に身を包み、鈍く光る宝石の様な誘蛾灯カンテラが縫いつけられたグローブを両手に嵌めて更衣室を出る。すると、我らが第三小隊の詰所の前で、紫色の防護服に身を包んだ藤崎隊員が自分の手に息を吐きかけて最後の口臭チェック出撃準備をしていた。何というか、恋する女の子ってこういうものなのか。


 こちらの気配に気づいた藤崎が、気恥ずかしさに赤くなった顔で僕を睨む。


「何よ、その顔は? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」


 そうは言ってくれたものの今宮隊長の事を言ったら怒られるに決まっているので、なるべく違う切り口で話をする。 


「歯は磨いた?」

「当たり前でしょ。これはあくまで念のためよ。……またカナが馬鹿なこと言いだすかもしれないし」


 俯き加減で呟いた藤崎の言い訳に苦笑する。『一番年が近い男って言うだけ』ならば、僕にこそその態度で接してほしい。


 強がる割に踏ん切りがつかない彼女の代わりに扉を開けて、我等がエースを先に通す。

 うやうやしく頭を下げて笑っている僕をジロリと横目で見ながらも偉そうに鼻を鳴らして歩み行く藤崎の右耳と左腕には、真っ赤なカンテラが光っていた。


 それは、与えられたものを身に着けているだけの僕のモノとは意味合いが違う。

 自らを囮にして全ての敵を自分で滅するという彼女の覚悟と絶対の自信が、その真紅のアクセサリーを一層輝かせて見えるのだ。


「あ、戻りましたね」


 僕らが部屋に入ると、隊長の脇に立っていた世田谷ユイ副隊長がにっこり微笑む。


「現在、ファージは東に二千八百。群れの数が少し減っています。目標(プラス)がかなりお腹をすかせているみたいですね。ちなみに、以前にも出現した舌が伸びる種類だと思われます」

「おし、んじゃ作戦はいつも通り。第二小隊笘篠隊が囲い込んで第一小隊おっさんとこが援護する。んで、お前らは真っ直ぐ行ってぶちかます。以上」


「はぁ~い」


 適当な作戦に適当な返事。更衣室を満たしていた様な緊迫感はこの人達にはないのだろうか。口を開くことなくさっさと背中を向けた藤崎の後にくっついてカナが出て行くと、部屋には僕と司令官コンビだけとなる。


「それじゃあ、セイ君はお留守番ですね」


 やや間の抜けた副隊長の声に振り向くと、いつの間にか今宮隊長がどでかいカンテラ付きのヘルメットをかぶっていた。絵面的には工事現場で自動的に棒を振ってる機械みたいだ。


「お、なんだその目は? ひょっとしてお前羨ましいのか? やらねえぞ」

「いりませんよ、そんなダサいの」


 ひどい奴だなと笑った隊長の後に続いて移動した先は、真っ白な舞台フロンティアの上に張り出すように作られた司令官室だった。東向きに三方を見渡せる巨大な窓と、数台のモニター。ゲームに出てくる飛空艇の操縦室みたいなその場所から真下に見える白い戦場には、数十人規模の部隊が分散して集合していた。


 魔力を照射する三台の大砲の周りに集まっているのが第一小隊――上田隊の面々で、いかにも軍人といった規律のとれた動きを見せている。少し距離を置いて舞台の前方で円陣を組んでいるのが後方支援と残党狩りを主とする笘篠亜矢子隊長率いる第二小隊だ。

 その最終打ち合わせの円の中に、ちまっとした銀髪と個人的な好みとしては最高戦力を誇る笘篠隊長にも見劣りしないスタイルの黒髪小悪魔の姿が並んで見える。


 ふいに意識を引っ張られるような感覚がして横を向くと、目を閉じたユイさんの体から不思議な光が漏れていた。


「藤崎、行けそうか?」


 ユイさんの肩に手を置いた隊長が声をかける。すると、笘篠隊の円の中で藤崎が右耳に手を当てて、何かを喋っているように見えた。


「オッケー。それじゃあ出撃だ。二千の距離で上田隊が群れに穴を開ける。突っ込んで、一気に後ろを叩け」


 午前の太陽とユイさんの魔法の光を受けて禁煙グッズを口の端に咥えた金髪が輝く。どんなにダサいヘルメットを被っていても、その横顔を見ればモテる理由がわかると言う物だ。


「あの、ユイさんはそういう……通信的な魔法を使えるんですか?」


 ふっと力を抜いたユイさんが笑って答える。


「ええ。カンテラの魔力の周波数に合わせてダメ隊長と皆の意識を結んでるの。私はレアなC型だからね。前線には向いてない分こうやって支援してるのよ。うふふ、どう、私のこと見直しちゃった?」


「無理だろ、大学まで出たのに現場こんなとこでくすぶってちゃあな。なあ、セイ?」

「あら今宮君。私がこんなとこにいなかったら、あなたなんて唯の不良なんだからね?」

「へいへい。感謝してますよ」


 両手を広げて降参のポーズを示す隊長を見て、僕は少し藤崎の気持ちがわかった気がした。何と言うか、この二人の間には何か他人が入り込めない強い絆を感じるのだ。東の彼方に見えなくなった彼女達の姿を追いながら、僕はちらりとユイさんの肩に手を置く隊長の姿を窺った。


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