女子高生、振り抜く──

「「嘘でしょ!?」」

 真っ昼間の屋上から驚愕する声が二つ。驚くどころではないあたしは、両腕をクロスさせてガードしたにもかかわらず地面……というか校庭に跡が付くほど後ずさりさせられていた。


 屋上には城島、生徒会長、そして神が揃っている。

 校舎の窓辺にはたくさんの生徒がいて、一体何ごとかとこちらを見て口々に何か喚いている。

 まぁ、うん。これは異常事態だからね。気持ちは解る。あと多分画像とか動画も取られてる。呑気だなぁ。

 逃げてくれよ。

 こっちはそれこそ命がけなんだぞ。


 偶然にも夏着になった日の午前。ぽかぽか陽気で眠気と戦っていたあたしは教室内で急激に巨大化を始め、やべぇので窓へとダッシュ。そのままガラスを突き破って校庭に着地。

 目の前にいたのはバッタ。


 今回が五戦目。思いの外短かった巨大化バトルも最後だ。

 っていうかなんでバッタ? と疑問を抱く前に、突撃され、そして今に至る。



「不味い……!」

「練奈さん?」

 本気で焦る神原練奈を、城島貴子は初めて目の当たりにした。


 危険性は一撃目で彼女にも理解できた。ただの体当たり……全体重と速度を乗せた頭突き一発で、体格差をものともせずに卯野風香が吹き飛ばされかけたのだ。

 彼女の性格を考えれば、校舎を守ろうとするだろう。危険なのは神原、城島の二人だけなのだが、卯野風香はそれを許さない。

 そして問題は、城島、神原ともに逃げ場が存在しない、という事実だ。


 ヘリコプターでもあれば別だが、都合よくそんなものがあるわけがない。ごく普通の学校の屋上である。

「練奈さん、今からでも外に……」

「駄目。こっちの場所が確定してるなら、最終防衛ラインが決められる。けど、下手に動き回ったらどこ守ればいいのか判らなくなる。卯野ちゃんを信じるしかない」


 視線を合わせず戦況を見守る神原に、城島は頷くしかできなかった。

 いつも余裕のある素振りを崩さない彼女が、何故こんなにも焦っているのか。

 つまり、頭突きの威力以外の理由があると彼女は確信に至った。



「くそ、最後の最後に仮面ライダーか!?」

 両腕がまだびりびりする。今までの相手とは格が違う。でも、バッタってこんな頭硬いっけ?

 とにかく校舎に被害が及ばないよう前進。後ろからは恐怖や困惑の声。本気でごめん。でも

「みんなは傷つけさせないから──!」


 ガードを固めながら一歩を踏み出す。そしてジャブ。漫画で読んだから知ってる。人間の脳の反射速度的に回避はほとんどできない攻撃。らしい。

 だが。


「痛ったぁ!?」

 頭部に直撃したはずの左手がじんじんと痺れる。


 ジャブに合わせてバッタも頭突きを返していたらしい。やるじゃねぇか。

 互いによろめく。よし、倒せない相手ではない。

 校舎から更に離れようともう一歩、踏み出したところで相手が飛んだ。


 上に。


「キックか!?」

 空中で翻って羽ばたき、頭を向けて突進。キックじゃないのか。バッタだろ!? なんで頭突きなんだ。


 再びのガード。避けたら校舎に穴が空く。

 直撃。衝撃。先程の比じゃない。

 倒れたら校舎が崩れる。だから、

「効かん!!!」

 かなり痛いけど。効かない。そういうことにしておく。


 首を傾げ着地するバッタ。四つん這いでの着地はセーフなのか。二足歩行できなくなったら、だもんな。

 四つん這い? 六つん這い? まぁいいや。


 じりじりとにらみ合う。手に力が戻ってきた。よし、受けられる。

 いや、受け続けて良いものじゃないのは判ってるんだけど。


 点は取らなきゃ勝てない。でも、点の取り方が解らない。


 幸い超巨大バッタ(といってもあたしの半分もない)の攻撃自体は激しくない。一撃一撃が重たいだけだ。

 問題はそこから。避けたらアウト。校舎を最悪……本当に最悪だけど、壊したとして、そこにいる城島と生徒会長が建物に潰れたらだめだ。

 あの二人が逃げない理由も解る。どこを守れば良いのか、あたしに教えてくれるため。

 だから、守り方はシンプル。退かない。少しずつ、前へ。


 防御を固めたままにじりよるように近づく。バッタは大きく跳躍し、頭突き。それを全力で受け止める。そして、進んだ分だけ後ずさり。

 ……どうしよう。

 初めて、勝てるビジョンが浮かばない。勝ち方が解らない。


 焦りで心臓の音が大きくなる。


 どっどど

 どどどど

 どどっど


 嵐のような鼓動が吠える。



「イナゴだ」

「イナゴ?」

 城島は鸚鵡返しに神原の言葉を聞き返す。

「蝗害……イナゴの害って知ってる?」

「えっ、はい、まぁ」


 蝗害。

「確か、増えすぎたバッタやイナゴが食料を求めて広範囲の餌を食べつくしちゃう……って」

「そう。まだ人類が完全に克服していない、生物による災害の一つ」

 焦燥を隠さない神原。戸惑う城島。


「でも、バッタやイナゴの頭ってあんなに硬いものなんですか?」

「蝗害を起こしてる間のあいつらは、一時的に進化するんだ。同種同士がぶつかっても問題ないくらいに固くなる。とんでもない数の同種達との行進……暴走と言っても良いそれで、普通なら全身ズタボロになる。けど」

「ちょっとでも硬い個体が生き残って、すごく硬い外皮になっていく……?」

「そう。完成した群生相のうちの一体が巨大化したら、そして大きさより硬さを重視したら、多分あぁなる」


 サイズは今までの対戦相手の中でも大きいほうではない。しかし、加速とサイズの小ささ……衝突面の少なさが奏功し、受ける側のダメージは結果的に大きくなっている。

 加えて。

「あいつが気付いたら不味いんだよなぁ……」

 呟く神原に、

「練奈さん?」

 城島が問う。


「あのイナゴ……バッタ? まぁいいか。アイツ。人間並に頭がいい」

 断言。何故、と問う城島に神原は、

「二足歩行できなくなったら負けってルールを理解してるから、ジャンプのときも着地のときも、突進のときも脚を全部使ってる」

「あ、二足歩行の可否に影響してない……」

「そういうこと。立てればいい『から』四つん這いになったら負けってルールは無い」

 不安な顔を隠さない城島に神原は思わず、

「アイツ、卯野ちゃんがここを守ってるって気付いたら……」

「練奈さん……」

 はっとなって城島を見る神原。城島はらしくない神原の手を握り、

「大丈夫です。だって、卯野先輩、いつも頑張ってますから」

 そっと声をかけた。



(変だなー……)

 痺れる両腕。感覚はもうほとんどない。あと何回受けられるだろうか。体の状態とは裏腹に、思いの外頭が冷えているな、と卯野風香は考える。

(おかしくない? もっと連続で頭突きしてくればいいのに、ゆっくりっつーか散発的っつーか)

 おかげで呼吸を整える暇が出来るから、まぁいいか、とも思う。


(もしかして、頭突き、結構痛いのかな……)

 少しガードを下ろすと、すぐさま突進してくる頭部を再び止める。

(隙を見せるとこれだ。痛てぇ)

 そのままじりじりと睨み合い。

 そして、

(そろそろ)

 跳躍、飛翔、突進。

 防御、後退、踏ん張って前へ、前へ。退くわけにはいかない。絶対に。

(タイミングはだいたい一定。フェイントなし。ガード下げたらきっちり頭狙って来る。しゅーこのアタックに比べたら対応自体は簡単。つーことは、頭は良くないなコイツ)

 自分のことを棚に上げて、卯野風香は考える。



(防御しかしない。頭は良くないなコイツ)

 サバクトビバッタはじっと考える。

 頭突き一発一発の振動が肥大化させられた脳を揺らす。だから連発はできない。だが、相手に着実にダメージが重なっているのは明らかだ。

 明らかでないのは一つ。

(コイツ、なんで避けない?)

 周りの四角い石を食ってるわけじゃない。それにこれだけたくさんあるんだ。幾つか壊れても問題なかろう。

 じゃ、なんで避けない?


 一つ。そこまで動きの早い生き物じゃない。

 これは否定できる。先程数発もらった前腕は素早かった。体勢を立て直してからこっちに近づく足取りも重いわけじゃない。避けようと思えば避けられるはずだ。


 二つ。避けたくない。

 何故?

 コイツ、もしかしてこの後ろの石を壊されたくないのか?

 理由は?

 解らない。いや、理解は要らないだろう。とりあえず壊してから反応を見る。それでいい。

 ひたすら前に突き進む、それが人間どもが俺達を排除しきれない理由なのだから。



(バックステップ!?)

 引いた。イナゴだかバッタだかよくわからんのが、何故か一歩退いた。優勢を理解できないわけじゃなさそうなのに。

(ビビった?)

 多分違う。

 じゃあなんで?


 飛ぶ。高い。

 高い?

 それは、

「卯野!!!」

 はっとする。校舎からの声。しゅーこだ。

「ふざけんな!!! いつもどおりやれよ!!!」

 相変わらず口が悪い。

 それにいつもどおりって。

 いつもどおり。

「お前が居残り練してんの、みんな知ってんだぞ!!!」


 巨大バッタは羽ばたき、体勢を変える。突撃モード。ターゲットは、校舎。

 跳躍からの自由落下と、その途中に再び羽ばたく……普通のバッタならまずしない、できなさそうな動きで加速を付けて、あたしの後ろを弾丸のように狙う。

「はっ」

 いつもどおり。そうだ、いつもどおりだ。


 


 凄まじい速度で落下してくる巨大バッタの頭を、レシーブで拾う。フェイントなし、搦手なし。こんなもん、ただ速いだけだ。

 ぎりぎりで受け止めた瞬間、両手がびりびりする。直撃した左の親指に激痛が走る。


 それがどうした。

 スポーツに怪我はつきものだ。

 状態は確認しない。とんでもなく痛い。でも痛いだけだ。


 即座に起き上がり、あたしに拾われて校舎に直撃しそこねたバッタを自分でトス。我ながら体力バカで、なるほどゴリラと呼ばれたのはあながち間違いでもないんだろうとぼんやり思う。

 さっきの一撃で折れてたっぽい左手の親指に激痛が走る。それがどうした。

 巨大バッタは受け身も取れず、


「先輩!」

 城島の声。屋上からだろう。よく通る声。

 ここからはいつもどおり。

 いつもどおり全力で飛ぶ。

 今ここで外したら、たぶん次は止められないから。


 どっどど

 どどっど


 鼓動の嵐が暴れまわる。選手生命を続ける限り一生付いて回るトラウマも、あたしだ。

 だから、いくらでも暴れるがいいよ。


 どどっど

 どどどど


 受け入れるから。


 そこにある不格好で縦長で、本物よりも遥かに硬いは、ちょうど顔面をこちらに晒していて。

 振り抜いたらきっとコイツは死ぬかもしれない。

 でも振り抜かなかったらあたしは一生後悔する。


 だって、友達が怪我するかもしれない。

 最悪、死ぬかもしれない。そんなの、二度とごめんだ。

 だから、ごめんね、と心の中で一言謝って。

 そんな言葉に意味は無いと理解もしていて。

 勝者の理屈に敗者の感情は追いつかないなんて、そんな残酷なこと、とうの昔から知っていて。

 だから。


 右手を、全力で、振り抜いた。


 あたしは、あたしが後悔しないために、あたしにしかできない、あたしのための一撃を叩き込んだ。




 県大会の決勝に生徒会長が応援に来た、と言われたときは、受験勉強の心配がなさそうな人はすごいな、とだけ思った。

「よっこいせー」

 当然のようにその小柄で可愛い我らが生徒会長はあたしの隣に陣取り、

「ほい、差し入れ」

 とペットボトルのお茶をくれる。


「あ、どうも」

「あと貴子ときちゃんで最後なんだけど、あの子はー……」

 きょろきょろと見渡す会長の横顔。

「城島ならさっきトイレ行くって」

「ありゃ、入れ違いか。まぁいっか。んで、どうよ怪我の具合」

 あたしの手をそっと触る指。

「流石に治ってますって。後遺症も無いみたいで」

「重畳重畳。来年はレギュラーいけそ?」

 ペットボトルを開けて、一口飲む。苦い。会長の好みだろうか。

「ならないと、今コートで走ってる次期部長にぶん殴られますね……」

 くすくすと目を細めて笑う会長。



 五戦終わったあと、文句を言いに探した神はどこへともなくいなくなってしまったし、あたしは授業を抜け出して校庭を走ってた変な子扱いされたし、さんざんだった。

 しかも左手の親指と右の手のひらを骨折したままだ。


 激入れてくれたしゅーこはなんにも覚えてなかったけど、それはそういうルールだからもうどうでもよかった。

 みんなが無事ならなんでもいい。

 肩の荷が下りたついでに部活も当面参加できないあたしに、部長としゅーこはえらく怒ったけど、城島がとりなしてくれたおかげで問題沙汰は避けられた。

 後輩様様である。


「あ、練奈さん」

「お、おかえりー」

 会長はぽんぽんと自分の横の席を叩き、城島を招き寄せる。当然のように寄り添う二人。


 試合の様子は圧され気味。三年生は泣いても笑ってもこれで最後だ。

 だから、部長の綺麗なトスに対応して飛んだアウトサイドヒッターに激を飛ばす。


「しゅーこ! がんばれー!」


 その手が振り抜かれ、汗と一緒にボールが舞った。

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女子高生巨大化ファイト!!! くろかわ @krkw

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