123:危険な再会
五重塔。タナリの建物を抜けて一本道を進んだ先。両側に高く伸びた木々が扉の先にチラリと見えるモニュメントを隠し、迂回する道を遮っている。
一歩一歩階段を上っていくと扉の前に一人の男が立っていた。
「キホーテ先生!」
リリスが声を上げた。かつてサキュバス族に混乱を招いた男。男性優位の証としてインキュバス族と改めさせようと活動し、ベヌス侵攻を企てた1人。
「お前たちどうやってあの牢から抜け出たんだ。牢はニコ様の魔力を越えなくては開かないし、壁はアダマンチウム冒険者でさえ壊すのが難しい鉱石でコーティングされているはず」
「えーと、キホーテんさんでしたっけ。わたしはリリスと共に旅をしているなぎさといいます。ここを進むのはあなたを倒せばいいのですか」
「い、いや。なんて平和的な発想がないやつだ。戦う事しか能がないのか」
「敵意を向けたり閉じ込めたり戦うなと言ったり勝手な奴なのじゃ」
「よし、そこまで言うなら戦ってやろう。正々堂々と1対1で戦おう、そうだな……」
なぎさ、リリス、ユニ、ウタハ、アカリの顔を順に見渡す、何回か往復し時折迷ったような顔を見せたが一人の女性を指さした。
「ユニと戦ってくれるのじゃか」
「ふふふ、実は体が小さいというのは相手をだますためで、実はメンバーで最強と見た」
「なぎささん、なんだかんだ言ってますけどあの人一番弱そうな人を選んでますよ」
「ウタハ分かってるじゃない。実はサキュバス族でも弱い者としかケンカをしていなかったのよ。それと生徒には妙に強気だったわ……私以外」
「リリス、余計な事を言うんじゃない。私は教師として頭脳プレイを教えていたんだ。その深い教育に気付かんとはまだまだだな」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやるのじゃ」
割れた角のエネルギーから得られる力はさほど強くないが丸薬に頼らないユニ。バスリングでメイドと訓練した成果が試される。
キホーテから放たれる魔法は夢魔の力。この攻撃から次の手にどう繋がるのかは分からない。靄がユニに向かって放たれ霧のように包み込む。
「行くのじゃー! 大車輪なのじゃー」
ユニは三節混の端を持ち、前方で回転させながら突進する。三節混の魔法吸収効果によって靄を吸いこむように消失させてキホーテに詰め寄る。
刃を仕込んだ尺八を構えるが、仕込み刃を飛び出させることもなくユニの三節混がキホーテの頭部にヒット。キホーテは倒れ階段を転げ落ちた。
「つまんないのじゃ。弱すぎるのじゃー!」
ユニの声が周りの木々に反響して木霊した。
「ユニちゃん、相手が弱いんじゃなくて私たちが強すぎるのよ」
「なぎささんを倒したことで一気にレベルが上がったみたいですしね」
「確かに言われてみればなぎさを倒した後に力が漲った気がするわね」
「確かにそうなのじゃー。なぎさを倒してから強くなった気がするのじゃ」
「ちょっとみんな~。そんなに僕を倒したって言わなくても……」
「事実なのじゃ」
ギィィィ。真っ赤に塗られた五重塔の扉がゆっくりと開かれた。その場にはセレン(20-21話)の姿。身に着けている防具、出で立ち、金色の髪、緑の瞳孔までもが美しい。
「お風呂屋で会った君がここに来るとはな」
鎧からチラリと見えている白い肌。対照的な真っ黒な防具。
「セレンさん、一体ここは何なのですか」
「そうだな……風呂屋で世話になった君の頼みだ」
中に入って座れと言う仕草に従ってセレンの前に座る。セレンもその場に座ると話を始めた。
「ここは神の地だ。二面性の神『ビレインバアス』様を祀る地」
「ビレインバアス?」
「そうだ、この場所に来れたということは、色々と見てきただろう。醜い人間や自分勝手な人間。心根の良い人間や自己犠牲心をもつ人間。魔神だって獣だって存在する全てには2面性がある。世界の理からすればどちらが正しいかなんて誰にも言えない。人間だから……獣だから……魔神だから……それぞれの価値観は違うんだからな」
「ヨクサやツッカイでのこと。ヨハマやスカイブ、バチ、マーマー。色々な人を見てきた。その中には人間の表裏を感じさせることがたくさんあった」
「私たちにとって善悪とはささいなこと。この地に住む組織は、二面性の神を信仰する者で構成されている。その上で独自の組織ルールをもうけているが、中には人間にとって悪と映る組織もあるだろう。わたしたちは人間にとって都合の良い依頼は『白銀の翼』が引き受け悪い依頼は『ブラックウィング』が引き受ける」
「それに一体何の意味が……君たちだって人間じゃないか」
「確かに人間だ。しかしだ私たちは神の元に行動している。ニコ様が神の声を聞き街の者に啓示を伝える。とうとうビレインバアス様とニコ様が一緒になられる時が来たのだ」
「ニコはどうなるのじゃ」
「このタナリを仕切る『白銀の翼』の長として神の贄となって融合し世界を作り替えるのだよ」
「そんな勝手なことさせない」
黙っていたリリスが叫んだ。
「勝手? 私たちが考える理想の世界と今の世界どちらが良いかなんて君たちには決められるのかな。今や4大王国となったタマサイ、スカイブ、バチ、ヨハマ。絶えず牽制し合っている。もしもだ、1国の理想が世界の理となるならそれでも良い。しかし、そのためには多くの血が流れる」
「確かにタマサイとスカイブは力で統一を考えていましたからねぇ」
「国が1つにまとまれば今よりも争いが少なくなるとは思わないか?」
「国家間の争いが少なくなる分……でも占領された国が新しい法に馴染むまでにまた多くの血が流れてしまう」
「その通りだ。私たちが血を流さずにバチ王国をベースに理想を加えた統一国家を作り上げようと言っているんだ」
「なぎさちゃん、そんなことが出来るものなの?」
「君は吸血鬼か。そこのサキュバス族もそうだ。人間に迫害されただろう。ビレインバアス様のお力をお借りして全ての者の記憶を書き換えるのだ。初めから新たな国に住んでいたようにな」
「確かに。それなら争いも起きないし血も流れませんね」
「ウタハ、納得しないで。これまで自分が生きてきた人生を知らずに壊されるのよ」
「では聞くが、今までにお前たちが記憶を書き換えられたことがないという保証がどこにある」
「証明はできない……。でも実際にそんなことが出来る人間がいるものか」
「お前たちは知っているじゃないか、サキュバス族の夢魔の力を。それにお前たちが出会っていない種族に同様の力があってもおかしくなかろう」
「………………」
「困ったのじゃ~。悪い人間にしか見えないけど正しいかもと思ってしまうのじゃ~」
(もしかして……彼女が記憶をいじってる?)
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