鬼伝説

100:鬼伝説

 むかしむかしある所に地獄から這い出してきた小さな鬼がいました。


 とある村に身を寄せ、隠れていた所を村に住む老夫婦に助けられました。助けた老夫婦は小さな鬼を匿い数年を過ごしました。


 鬼は自らを羅沙鬼(らしゃき)と名乗り、老夫婦の元で隠れ住んでいましたが、どんどん大きくなる体は、老夫婦が収穫する食料では足りなくなるまでに成長していました。


 羅沙鬼は、頭に手拭いを巻いて角を隠し、老夫婦の畑仕事を手伝い、時には魚を獲り、時には獣を狩り、時には木を倒し家を建て直すなど老夫婦のために尽くすようになりました。


 村の者は貧乏暮らしをしていたはずの老夫婦をやっかみ、羅沙鬼を老夫婦から取り上げて、村のために働かせようと酒や食べ物、女などで気を引こうとしましたが、老夫婦に恩を返すため一切の誘惑には乗りません。


 今まで平和に暮らしていたはずの村人は、一気に裕福となった老夫婦への嫉妬心が抑えきれず、遂には老夫婦さえいなければ、羅沙鬼が村のために働いてくれるだろうと考えるようになりました。


 村人は羅沙鬼を老夫婦から引き離そうとしたお詫びに、老夫婦を招待しての宴会を提案しました。羅沙鬼に今までの感謝を老夫婦に伝える手紙を読むことで宴会を締めくくり、未来永劫の幸せを願って欲しいと頼んだのです。


 宴会当日。老夫婦は宴会の準備に出かけた羅沙鬼を見送り、迎えがくるまで羅沙鬼を拾ってここまで育ててきた思い出話で花を咲かせました。そんな楽しい時間は瞬く間に過ぎ宴会の時間となったのです。


 村人は老夫婦を迎えに行き、爺を馬に、婆を牛にまたがせて宴会場に向かいました。しかし、宴会場へと向かう道を外れて木々が鬱蒼と茂る小高い山へと向かっています。

 老夫婦は羅沙鬼の事が心配になり、村人に止めてもらうように頼みましたが聞きません。動物から飛び降りて村に向かおうとしましたが、両足を鐙(あぶみ)に固定されているのか動くことが出来なくなっていました。


 この山は狼の住処として知られ、村人は立ち入ることを禁止されている場所なのです。老夫婦は馬に牛に跨ったまま小高い山を登っていきます。


 空が赤く染まると、馬と牛の頭に縄を括り神木のような太い木に縛り付けて村人たちはそのまま山を下りました。


 空は黒く染まり、狼の遠吠えが山々から聞こえてくるころ、不審に思った羅沙鬼は村人を問いただすも、知らぬ存ぜぬでどうすることも出来ません。


 そこに都合よく村人が血相をかえて走ってきます。大きく取り乱して走って来た村人の胸倉をつかんで老夫婦のことを問いただすと、乗せていた馬と牛が急に暴れて、狼の住む山へ暴走してしまったと言うではありませんか。


 血相を変えて山に走り出した羅沙鬼の頭から手拭いが地面にパラリと落ちました。興奮した羅沙鬼の角が伸びて手拭いを押し出したのです。

 それを見た村人は、恐怖で立ち竦(すく)み腰を抜かして尻もちをついてしまいます。村人を尻目に一目散に駆けていく羅沙鬼は老夫婦の無事を祈るばかり。


 木々をへし折り花を散らせて地に道を作るほどの勢いで走り続けます。羅沙鬼の頭には老夫婦の笑顔が浮かび、今まで一緒に過ごした楽しい日々が浮かんでいました。


 しかし、老夫婦は馬や牛とともに食い裂かれ、既にこの世と縁遠き存在となっていました。深く悲しむ羅沙鬼は心の芯から怒りが沸き出ています。それもそのはず、食い裂かれた馬と牛の頭部に括られた縄が木に結ばれているのです。


 鬼としての資質を持ち、エネルギーを解放することなく体にため込み、鬼のような村人の仕打ちに何倍もの力となって包まれていきます。体中に力をこめ、体中の血管が浮き出る程に強い恨みが尽きることなく湧き出てきます。


 心の中は黒い闇に包まれ一筋の光も刺さない暗黒の精神を核に、エネルギーが溜まり続けてました。しかし、三日ほど経つと体に入りきらなくなったエネルギーは村に届くほどの勢いで暴走し家屋を壊し田畑を焼き山々は抉れていきます。


 それでも止まることの無い怒りは、羅沙鬼の心をも暴走させて、体中に溜まった力を一気に放出したのです。

 小高い山の上にいた羅沙鬼のエネルギーは、島のように陸地を残して、周囲を海に沈めてしまいました。


 大きな力の器を持つ羅沙鬼の力は空となり、討伐に訪れた勇者によって封印されることとなったのです。しかし、その後勇者の姿を見た者は無く、鬼に心を取り込まれてしまったのではないかと言われています。






「早く指輪を作るのじゃー」


「ユニちゃん、もうちょっと待ちなさいよ。今、折角鬼について調べてるんだからー」


「ぶー。鬼なんて私たちにかかればちょちょいのちょいなのじゃー。大丈夫なのじゃー」


「ユニ。鬼の事を調べたら必ず指輪を作るからちょっとだけ待ってね」


「約束なのじゃー」






 羅沙鬼によって陸地を海底に沈めた中心。陸地として残ったのがハッサドと言われている。その時に新しい住処を求めてさまよっていた錬金術師のヘルメスが村の近くで研究を重ねていたようだ(ヘルメスの洞窟:15話)。

 住処としていた洞窟は半分壊滅され研究室に籠っていたヘルメスは難を逃れたが、あまりの衝撃に近くの村を見に行ったら、建物は崩れ落ち家畜や村人たちも息絶えていた。

 ヘルメスは数日かけて墓を作り村人たちを弔うと、あたりの探索を始めた。小高い山に差し掛かると、頭に角のある大きな人間と一人の青年が仲良さそうにしているのを見つけた。

 次の瞬間、ふたりは地中に潜るように姿を消し、牛のような人間、馬のような人間がどこからとも現れ後を追うように消えていった。


 大きな衝撃と陸地の消失、ただならぬ気配を感じさせる輩たちに危機感を覚えたヘルメスは、仲間を呼び込み壊滅した村を錬金術師の村として鬼たちが消えた場所を監視するように移り住んだそうだ。




▽ ▽ ▽

「これが復活した鬼伝説の概要かもしれないね」


 本を開き、事細かく書かれた日記をかいつまんで読み聞かせていた。ここはハッサドにある『ヘルメスの洞窟』にある書庫。ドリアラが転移させた先が洞窟の風呂場の下にある転移魔法陣だった。

 ハッサドと鬼が関係していることを知った僕は、すぐさま書庫に走り書物を漁った。その中のヘルメスの日記に鬼伝説を見つけたのだ。




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