096:器
2畳ほど広さのあるお風呂に群がるように入る動物たち。入り慣れているのか順番を待つように大人しく待っている。長い月日をかけてお互いが譲り合うルールが出来ていたのだろう。草食系っぽい動物や肉食系っぽい動物が、分け隔てなく群れていた。
ユニがユニコーンに変態し、動物たちに、お風呂の増築を身振り手振りを使って説明
してくれている様子がコミカルで微笑ましい。
動物たちはユニの説得に応じているのか…… 理解しているのか分からないが、素直にその場を離れる動物が多かった。中には、噛みつくように威嚇してくる動物もいたが、ユニコーンのオーラに気圧されたのか…… 強者を本能で感じ取ったのか、終には従うようにその場を離れていった。
「さー、なぎさ、悪役を引き受けてやったのじゃから、ちゃちゃっとやるのじゃ」
『変質』の力を使ってお風呂を広げていく。ただ広げるだけなら簡単だが、動物たちのお詫びも兼ねて、入りやすいように工夫した。 ……僕のこだわりの方が大半を占めているかもしれないが……
周りの木を移植させて5倍ほどに拡張し、足の数に捕らわれず出入りできるように緩やかな傾斜を作る。動物たちが螺旋状に列を作って道を塞いでしまうので、森を開拓して移植し、待合所として広場を設けた。更に──
「なぎさ。もういいんじゃないかしら」
「そうなのじゃ! なぎさはお風呂のことになると見境が無いのじゃ」
みんなの視線を一線に浴びて『ハッ』と周りが見えていないことに気づかされた。最近はゆっくりとお風呂の事を考える時間が減っていることもあってか、お風呂に専念できる気持ちが楽しくて自分の世界を構築してしまっていた。
「みなさん。折角だからお風呂に入って行きましょうよ」
「ウタハ! それはいい案なのじゃ ……それにしても、その突っ立った髪の毛はいつまで続けるつもりなのじゃ」
「ふぇ~ん。分かりませんよ~。どうやって直せばいいのか分からないんですぅ。この髪型でも皆さん仲良くしてくれますか~」
半べそをかきながら助けを求めるような眼で訴えかけてくるウタハ。みんなが考える素振りをしてウタハをカラかい、ペロッと舌を出した。
「みんなー。からかうなんて酷いですよー。でも…… みんな仲良くしてくれて良かった」
女性陣同士で仲良くしている間、広げたお風呂にお湯をはっている。最初は手桶一杯位の湯量が、この程度の湯量なら難なく出せるまでパワーアップしている。
「ちょっとなぎさー。何してんのよー」
アルラウネが地面から生えてきた。目の前まですたすたと駆けてくると、僕の顔を見上げて鋭い目つきをして睨んでいる。そしてマシンガンの様な口調で言葉を撃ってきた。
「お風呂を広げないでよ私がどれだけ苦労してお湯を溜めていると思っているの!▽◇○×※÷……」
どうやらなぎさが作ったお風呂が、ベヌスに住む者たちにとって精神や肉体を癒す効果があるので、ベヌスの地下水として流れる水をこの場に運ぶのがアルラウネの役割らしい。
2畳分ほどのお湯を満たすのにどれほど苦労していたのかを説かれた。それがなぎさによって拡大されたことで、お湯を満たすのにどれほどの労力がかかるか現場を見て途方に暮れたようだ。
「アルラウネ。お風呂を満たすお湯って地下から沸いているんだよね」
「そうなのよー! 地下の汲み場からここまで苦労して運ぶのよー」
「うーん。そうだったのか……。 じゃあ、『変質』で元の大きさにお風呂を戻そうか」
「なぎさ。ちょっと待って。なぎさは地面に地下水路まで細く穴をあけられる?」
「どの位の深さがあるか分からないからね。『変質』だと届かないかもしれない……水の力だと……力加減が分からないからね。どこまでいっちゃうだろう……」
「難しいことは分からんじゃが、なぎさの力じゃ突き抜けちゃいそうじゃぞ。地下水がベヌスから流れ出たら地上は水浸しじゃぞ」
「アルラウネ。さっきのウタハの髪の毛ならどうじゃ」
「わ……私ですか…… さっき凄い威力だったから突き抜けちゃったらどうしましょう」
「ウタハなら大丈夫だよー。そこまで力はないでしょ」
「あー。今、ひどいこと言いましたねー。召喚主としてお仕置きをしますよー」
「わたしは、なぎさとリリスのためにウタハの召喚獣をやってやってるんだもん」
「まあまあ。ふたりとも落ち着いて。僕がお風呂の脇に給水口を作るからその真下に矢を射ってもらって良いかな」
地面に直径10センチ程度の弾丸を『変質』で作って地面に差し込む。その弾丸の中心を狙ってウタハが矢を放つ。
ズギューン
弾丸の中央に当たった矢は弾かれることなく地面に潜っていった。穴を掘り進む音がかすかに聞こえ、穴の中から響くように小さく爆発音が響いた。
チョロチョロ…… 緑色の美しいお湯が沸きあがった。湯気をたたよわせ、緑水とは違った香しい温泉を感じさせる匂いが辺りを包んでいた。
地面を『変質』で硬化し給水口に繋げると、お風呂にお湯が溜まり始めた。こうなると思い通りに改造してみたくてたまらなくなる。
地面に直掘りだったお風呂を少し高くして、あふれ出たお湯はお風呂を囲うように溝を作り、格子状の蓋で動物が落ちないように工夫した。さらに排水として1メートル程の地下に水路を作って川に排水されるようにした。
「よし。これで完成」
「こんな僅かな給水でお風呂のお湯はなくならないんですか」
「うん。常に地下水を汲み上げる仕組みだから、少しづつ溜められる様にしたんだ。これ以上水量を多くすると、溢れ出る水量が多くなっちゃうからね」
「なぎさ! お主やるな。召喚主もウタハじゃなくてなぎさがよかったなー」
「アルラウネがまた失礼なことを言ってる。なぎさとアルラウネじゃ属性が違うでしょ」
「ウタハ、何を言ってるのー。 なぎさだったら、きっと不可能も可能にするよー」
「確かにそうですが…… いやいやいや。私の召喚獣でいて下さいよー。アルラウネのツルをすごく気に入っているんですよ」
ウタハがアルラウネに握手を求めると、照れくさそうに応じるアルラウネ。何十年か生きていると言っても、植物の成長は遅く精神年齢は幼稚園児並みなのだろう。何をするにしても強がっていたいお年頃なのだ。
「よし。今度こそお風呂に入ろう!」
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