095:種族の血

 ウタハの召喚獣『アルラウネ』が出迎えてくれた。


「アルラウネさんが何故ここに? それに、髪の矢を使っても大丈夫ってどういうことですか?」


「あー それはね。この地は緑の力が充満しているからウタハのドライアドの血が溢れているんだと思うよ。だから使っても使っても復活するから大丈夫だよー」


「緑の力って…… そういえば前に私をドライアド族の亜種ってリリスさんが言ってましたよね(35話)」


「ええ。どういう系図かは分からないけど、ドライアド族の亜種だと思うわ」


「そーなのよ。私とウタハは親戚みたいなものなのよー。私はドライアド族だけど、ウタハはクォーターなのねー」


「ウタハがクォーター。……1/4(四分の一)がドライアド族ってことか……」


「そうそう。1/4のドライアドの血がドリアラ様なんだよねー。ちなみにわたしはドリアラ様の孫に当たるのよー」



「(一同)えーー!!」



「じゃあ、みんなはゆっくりベヌスの大樹まで来てね。私は一足先に帰ってるからねー」


「アルラウネ! ベオカの時みたいに連れてってもらうことは出来ないの?」


「うーん。出来ないことは無いんだけど、ドリアラ様に『なぎさ』たちには歩いてきてもらいなさいって言われているんだよねー」


「なぎさ。ドリアラ様の言う事だから何かあるのかもしれないよ」


「そうだねリリス。アルラウネありがとう。あの遠くに見えるベヌスの大樹まで向かう事にするよ」


「オッケー。それじゃ~まったねー」


 アルラウネは地面に吸い込まれるように消えていった。新緑の残り香が鼻を抜けていく。久しぶりに嗅いだ森の匂いに心が癒された。



「よし、あの大樹に向かって進もう」



 遠くに見える1本の大樹に向かって馬車を走らせている。ユニは満面の笑みで馬車を牽き、体全体に感じる馬車の揺れが心地よい。アカリは人の姿で馬車に乗り慣れていないせいか乗り物酔いしていた。


「そういえば那由姉さんも乗り物に弱かったもんねぇ」


「あんた程じゃないわよ! あれ……そういえば気づかなかったけど、乗り物酔いの第一人者と呼ばれていたなぎさちゃんが乗り物に酔ってないわ」


「うん。不思議とユニの牽く馬車に乗ってから乗り物酔いが治ったみたいなんだ。最初はユニに馬車を牽いてもらうのが心苦しくて、それどころじゃなかったからなぁ」


「なぎさは随分と気にしていたのじゃ。楽しいから良いと言っていたのに気にしいなのじゃ」


「だって、自分たちはゆっくり座って仲間に馬車を牽かせるなんて申し訳ないよ」


「なぎさちゃん。『だって』じゃないでしょ。こういう場合は『ありがとう』でいいのよ。なぎさちゃんは、このパーティーの中で何でも言い合える関係を作ったんだから、仲間を信じてあげなさい」


「なぎさ。アカリの前だと形無しね。私も同じ姉さんとしてアカリを見習おうかしら」


「リリスさん。それは面白いですね! なぎささんがそういう人が好みなら私も頑張って見習おうかなと思うんです」


「ウタハ、ウタハは今のままの方が素晴らしいと思うよ。変わらないで今のままでいてね」


「なぎさが、ウタハの性格が好きだと言っているのじゃ」


「なぎささん…… わたしはいつでもどこまででも付いていきますよ。言ってくれれば高飛びしてふたりっきりで田舎暮らしでも良いですよ」


 ウタハの目が鋭く血走る程必死な形相をしていた。



「なぎさは一体誰が本命なのよ! 初めて出会ったベヌスの大樹での言葉は嘘だったのね。ひどい……」


 顔を伏せ、目を覆うようにリリスは座り込んだ。



「リ、リリス…… 誤解だよ……」


「アハハ。冗談よ…… アカリを見習ってみたんだ。なぎさはこうやって扱えばいいのねっ」


「リリスちゃんナイス。  ──みんなあそこ見て。動物たちが……」


 アカリは急に真剣な表情になったかと思うとみんなの目を引くように大きく指差した。

 沢山の動物たちが何かに群がるように集まっている。牛(シウ)や豚(タブ)だけでなく見たことも無い動物までもが何かを待っている。草食動物や肉食動物が共存し、この場所だけは食物連鎖を忘れたような雰囲気であった。


「ちょっと見てくるね」


 リリスが荷車から乗り出し振り返って挨拶すると、その場からジャンプして小さな可愛い羽根をなびかせ空に舞い上がった。後を追うようにアカリはコウモリ化して羽音をたてて飛び立つ。


「リリス…… 飛べたんだ……」


 初めてリリスが空を飛ぶ姿を見てびっくりしていた。今まで一緒にいて空を飛ぶ素振りを見せたことがなかった。むしろ、サキュバスという事実が薄まり、普通の人間の感覚となっていた。


(……そういえば、時折するキスも精力を吸う為にやっていたんだよなぁ)


 考えて見ると、ユニもウタハもアカリだってヒトではない。普通過ぎていてすっかり忘れていた自分がいた。だからどうということではないのだが、改めて異世界にいるという実感が沸いて来る。


(みんなヒトの姿をしていても異世界人なんだよなぁ。 ウタハは尻尾が生えているけど……)




「なぎさー。群れの真ん中にお風呂があるわよー」


 空からリリスが動物たちの中心にあるものを叫ぶ。ユニやウタハはお風呂の存在に不思議そうにしていた。


「なぜ、こんなところにお風呂があるのじゃ」


「不思議ですねぇ。ベヌスの……しかも、森の中にポツンとお風呂があるなんて……」


「お風呂と言ったら、なぎさじゃ。なぎさ! こんなところで何をしたのじゃ」



「ちょ、お風呂だからって僕の………… あっ! そういえば、ドリアラとベヌスの大樹に向かっていた時に造ったお風呂かも!」


「やっぱりお風呂といえば、なぎささんなんですね」



「う~ん。確かにお風呂を作ったのは僕かもしれない。でも…… お風呂に使ったお湯が減っていないことが気になる。衛生面は緑水を使っているので問題ないにしても…… 湯量が減ってないなんて……」


 アカリがコウモリの羽音を立てながら右肩に止まる。リリスはゆっくりと僕の左肩に手を置いて着地した。ふたりに力によってお風呂のある中空まで運ばれる。見下ろすと、確かにお風呂が湯気を発し浸かっている動物たち。豚の尻尾の様に動物たちが列を作ってきちんと整列しているように見えた。


「ねえ、なぎさ。このお風呂って大きくすることは出来ないの? 動物たちが所狭しと順番に入っているのが可哀そうで」



「なぎさちゃん。お風呂をちゃちゃっと大きくしちゃってあげなさい」



「いいのかなぁ。ここまでキレイに使われている所を見ると誰かが管理してくれている気がするんだけど……」



 ドシン


 ユニが僕に肩車するように跨ってきた。いつの間にか人型に戻り大きくジャンプしてきたようだ。そのままお風呂に向かって大きな仕草で指をさす。


「やるのじゃー! 動物たちを助けるのじゃー」


 成り行きとはいえ、まさかベヌスで初めて作ったお風呂を成長した僕が大きくするなんて思ってもみなかった。昔と比べて大きくなった器を具現化するようにお風呂を広げる。

 ……しかし、そんなに簡単に土地の地形を変えてしまって良いものなのだろうか。 

 

 心に引っかかるものがありながらも作業は始めるのだった。






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