094:ベヌスへの旅立ち

「じゃあ、みんな出発しよう!」


 ベヌスに向けて出立の準備は既に整い居住区の結界の前で別れを惜しんでいた。


「リリスさん。残らなくて良いのですか」


「いいのよウタハ。私はなぎさやみんなと一緒にいたいの。これからどんな旅が私たちを待ち受けていてどんな結末を迎えるのかを知りたいの」


「リリス。なぎささんと一緒に行ってきなさい。私たちはこの地をペリーヌと一緒にしっかりと復興させているからね」


「そうだぞリリス。その男と一緒に旅をさせるのは癪だが、一晩その男の人となりを見せてもらって見どころは充分感じられた。……しかし、気持ちがついてこんのだ」


「ママ…… パパ……」


「それにね。ママたちサキュバス族も天女族と一緒にこの地を守ることで、自由に地上に出られるようになったのよ」


「私たち天女族がこの地に屋敷本体を移したことで、天界だけでなく色々な所に道がつながったのです。さらに、この地の強力な結界の力を利用する事で招かざれる客を防ぐことも出来るようになったのです」


「ハッハッハ。俺たちサキュバス族もリリスの様に困った人をサキュバス族に引き入れて繁栄していくことも可能だぞ」


 他種族をサキュバス族にするということは、リリスの時と同じように精力を分け与える方法が頭に浮かんでいた。が、高位のサキュバス族は秘術によって精力を用いずにサキュバスの子として生まれ変わらせる方法もあるようだ。しかし、誰でも困って居れば一族に加えるのはリスクが高いので、本人の考え方や素行など人間性を深く見極めるために新しく集落を作って見定めるようだ。


 対象者は各地に点在する天女族が条件にマッチした者を探してガドルとルリがスカウトする。見極める集落は天界に造り、レイナ親子が中心となって管理することになったようだ。 

 天界はなぎさの所有物となっているので許可を求められたが、断る理由はなく自由に使って欲しい事を伝える。


 その仕組みは、ペリーヌとマーハ(天女族代表)、ガドルとルリ(サキュバス族代表)が種族間会議で決定していた。今後の海底神殿守護に伴う取り決めのひとつで、なぎさの天界利用の許可をとったことで開始される。それによってサキュバス族のそれぞれには異空間ルームが与えられた。


 僕には天界利用のお礼として、自室の居空間ルームに繋がる扉を作ることが出来る、黒石がはめ込まれた指輪を4つ渡された。


 (4つの指輪…… …… ……   ハッ!)


 ペリーヌの意図に気づいた。そして受け取った4つの指輪を、リリス、ユニ、ウタハ、アカリにそれぞれ渡した。



「なぎさと共有できるものがあるって嬉しいわね」


「家族みたいで嬉しいのじゃー」


「なぎささんと一緒のお家に住めるんですね。なんか本当の家族になったようで嬉しいです」


「わたしとなぎさちゃんが同じ家を共有するなんて…… まあ、姉として見守ってあげるわよ」


 一つのコミュニティで資産を共有すると、今まで以上に仲間意識が強くなる。それぞれ皆が何を考え何を想い、結果として部屋に繋がる扉をどこに作るのかが楽しみでもあり悲しみでもあった。


 

「それでは行ってきます」



 結界を抜けて祭壇へ向かった。これから天女族とサキュバス族が共に繁栄すること願っていた。この願いをリリスにアイコンタクトで伝えると笑顔で返してくれた。目を瞑り拳を胸の前でギュッと握る。りリリスは僕の意図を理解してくれている。そんな仕草で応えてくれた。



 ベヌスに繋がる魔法陣は力を失っていた。村を出て直ぐに『道が閉ざされている』という問題に直面する…… 

 だけど問題にはならない問題である。守護隊としてベヌスに渡っていたリリスが解決する方法を知っているだろう。


「リリス。守護隊でベヌスに渡ったように魔法陣を起動させてもらって良いかな」


「なぎさごめんね。魔法陣の起動は、村に専用の鍵があったの。 ……そういえば……わたしを抱えた長老たちがベヌスに渡るときに使っていたわね」


「(一同)……………………」



「と、いうことは鍵は行方不明……」


 ここまで来てベヌスに渡る手段が途切れた。さっき盛大な別れの挨拶をしておいて村に戻るなんて恥ずかしくて出来ない。




「なぎさ、何を考えているのじゃ。ちゃちゃっといつもの水を流して解決するのじゃ」


「そういえば…… ベヌスに渡る鍵は緑色の珠が埋め込まれていましたよ!」



「ユニ! 良くベヌスに繋がる鍵が緑の力だと分かったね! お手柄だよ」



「と、と、トウゼンなのじゃ。なぎさはいつもミズでカイケツしていたのじゃ」


 

 魔法陣に緑水を撒くようにふりかけると、緑色を魔法陣が吸収したのか緑の光で満たされていった。色を抜かれた水は霧散し、緑水を出し続ける事で徐々に魔法陣の光が強くなっていく。


「よし!」



 まばゆい光を放す魔法陣が完成した。純度100パーセントの緑(0,255,0)を光だけで構成された美しくも厳かに包まれている。

 あなりの美しさに見惚れてしまったが意を決して魔法陣に足を踏み込んだ。


 光は渦を巻くように上昇して視界を真っ白にするほどの光が広がる。あまりの眩さにホワイトアウトをしたような不思議な感覚が体中を駆け巡った。





 目を慣らすように擦(こす)りながらゆっくりと瞼を開くと、うっすらと広がる視界に一面の深緑が飛び込んできた。


「凄いのじゃ……」


「とうとうベヌスに来たのね。 懐かしい……  長老に捕らわれ、なぎさに助けられた運命の地に……」



「あのー。みなさん…… 何か分からないですけど髪の毛が逆立ってるんですけど……」


 ウタハの髪が逆立ち、天を突き刺すように伸びている。


「カッチカチなのじゃ」


 ユニがノックするように髪を叩くと澄んだ音が響いた。あまりにもクリアで透き通った音に心が現れるような心地になる。


「止めて下さいよ~ チクチクするし恥ずかしいしどうすれば良いか分からないですぅ」


 逆立った髪の毛を一本引っ張ると、音もなく抜けてしまった。緑色のきれいな一本の髪。


「ウタハちゃん。その硬さなら魔獣に投げつけたらダメージを与えられるんじゃないの」


「いやいや、ウタハなら弓で射てば良いのじゃ」


「みんなー! 勝手なこと言わないで下さいよぉぉ。恥ずかしいし矢の羽も無いから飛びませんよ。ほら」


 弓に髪の矢をセットして一本の木を狙って射つと、目標の木を貫通していった。



 

 ドゴンッ




 視界には入らないが、ウタハが射った先で爆発が起きたようだ。上空に立ち上る緑の煙がウタハの矢であることを認識させる。


「凄い威力なのじゃ。これならバシバシ魔獣を退治できるのじゃ」


「ユニさん。止めて下さいよぉ。ポンポン使ってたら髪の毛が無くなっちゃいますよ」


「──そんなことないよー 大丈夫だよー でも、ベヌスを破壊しないでねー」


「あ……アルラウネ…… どうしてここに」



 ウタハの召喚獣『アルラウネ』が目の前にいた。





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