093:それぞれの想い
一夜明けた朝。未だに興奮が治まらなかった。リリスとアカリが那由姉さんの分身…… 体はリリス、心はアカリが引き継いでいる。 事実として理解しているのだが、心がついてこない。
そんなドラマのような現実があるのだろうか…… 色々な思考が頭を巡り混乱している。分離が出来るなら合体させて那由姉さんに戻す事も出来るのではないか……
しかし、身体はサキュバス族リリスとして生まれ変わり、心は吸血鬼の肉体へ転移している。戻すことができたとしても、リリスとアカリの存在はどうなってしまうのか、それぞれの両親はどう思うのか…… でも、那由姉さんに会いたいと思う自分もいる。
コンッコンッ
部屋がノックされた。昨日はリリスの家に泊まらせてもらった。リリスはアカリと、ユニはウタハと一緒に寝たようだ。僕は布団に入ってからも、色々なことが頭を巡ってしまい、寝付けたのは朝方だった…… そのせいか頭がモヤモヤする。窓から見える明るい日差しとは裏腹に分厚い雲が頭の中に詰まっているような気分だった。
ガチャ
──扉が開くと同時に『ルリ』が入って来た。こうパターンは大抵リリスが起こしに来てくれるのが定石だったので、布団の中でダラダラした格好で出迎えてしまった。
「あらまぁ」
「い、いや、すいません。リリスかと思って下着のままでした」
「あらぁ。リリスだったら下着姿でも良いってわけね」
「い、いや……それは」
「ふふふ。なぎささん冗談よ。あなたにリリスのことでお話しておきたい事があるの。 少しだけお時間を頂いて良いかしら」
「はい。もちろんです」
ルリの話しは、リリスがサキュバス族の村で生活している時のことだった。
サキュバス族でも他種族をサキュバス族として生まれ変わらせる出生は異端ではあるが、種族の中でも稀にあったことなので、そこまで大きな問題ではなかったのだが、サキュバス族固有能力である夢魔の力が非常に弱く、属性魔法のような破壊魔法が強かったことから、怖がられてしまい友達が出来ずにひとりでいる事が多かったとか……
どんな状況でもリリスは笑顔を絶やさず毎日を過ごしていたことは、親にとっては救いであったようだ。高校ではレイナという親友ができたことで、学校や友達の事を笑顔で話すリリスを見て安心していた。
しかし、昨日のリリスを見て私たち両親がリリスのことを何も分かっていなかったんだという事が分かったという話だった。
「帰って来たリリスの笑顔は私たちが今まで見たことのない心からの笑顔でした。今までの笑顔はリリスが私たちに心配を掛けないように作っていたものだと気づいたの」
「そんな事無いと思いますよ。リリスがあなたたちに向けている笑顔には温かさが満ちていました。きっと、あなたたち両親のことをとても信頼しているのだと思います」
「そう言ってもらえると嬉しいです。母としての願いは、なぎささんとリリスがずっと一緒にいて欲しい。生涯を共にして欲しいことです」
「けっ、結婚ですか…… 僕の一存では…… リリスの気持ちもありますし……」
「………… しっかりしなさい! リリスの気持ちなんて聞かなくても分かるでしょ!」
ルリの背中から一匹のコウモリが僕の前、中空まで飛んでくるとアカリに変態した。
「あ、アカリ…… 聞いていたのか」
「もちろんよ。あんなに思い詰めた表情でなぎさの部屋に入るのを迷っていた母親の姿を見たら気になるわよ! ……ルリさん。なぎさの気持ちは分かっています。ただ、言葉で伝える事に迷いがあるのだと思います。この世界に留まっておけるのか、旅の途中で何が起こるのか分かりません。 ……それに、絶対に旅を成功させて無事に帰ってリリスを幸せにします! なんて不吉なフラグを立てたくはないでしょうからね」
「アカリ…… 良く僕の気持ちが分かったね」
「当然でしょ。幼馴染だからね。 リリスだってなぎさの気持ちを汲んでるでしょ」
「うん。リリスは良く僕の気持ちを分かってくれるよ。夢魔の力を使って僕の心を読んでいるのかと思っていたよ」
「なぎささん。夢魔には人の心を読む力はありません」
「じゃあ……」
「なぎさ。リリスもなぎさの幼馴染ってことだよ。記憶を無くしても幼馴染として苦楽を共にした心の奥底にあるものは私と同じってことだね」
「リリスの凄さに改めて気づかされたよ。この旅が落ち着いたときにリリスの気持ちがどうなっているか分からないけど、一緒にいてもらえるように努力するよ。僕の方が捨てられないようにしないとね」
「まあ、頑張んなさい。私も幼馴染として一緒にいてあげるわよ。ま~私の場合は心変わりしたら分からないけどね~」
アカリはなぎさの背中を叩きペロッと舌を出した。
扉の外には壁に寄りかかり入るタイミングを失ったリリスがいた。片手で祈るように想いを巡らせていた。 母やなぎさの気持ち、同一人物であるアカリの優しさにこみ上げてくる物があった。
「お腹が空いたのじゃー」
リリスの脇を抜けてなぎさの居る部屋に扉を蹴破る勢いで入って行くユニ。一気に部屋の中が騒がしくなった。
「みんな、おはよう」
入口の縁からリリスを顔を出して笑顔で挨拶すると、部屋の雰囲気が一気に和やかになった気がする。僕たちパーティーはリリスがいてくれるからこそ平和に旅が出来ているんだなぁと思う出来事だった。
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