092:出生の秘密

「実は…… リリスは、本当の意味での私たちの子ではないの」


 ルリが静かに語り始めた。


 時間が止まったように静かにゆっくりと時間が進んだ。誰もがルリの次の言葉を発するのを待つかのように前屈みになってくる。



「サキュバス族の子は、二通りの出生方法があるの…… 一つは生殖活動によって生む方法。もう一つが対象者に精力を分け与える方法です。 ……リリスは後者の出生でサキュバス族となったのですが、本当の意味での両親は不明なのです」


「わたしは、サムゲン大森林で記憶を失くした女性と聞いているわ」


「そう。リリスはサムゲン大森林で出会った若い女性。ガドルと私を助けるために犠牲となって命を落としかけた女性。私たちは見殺しにすることは出来ず、その女性に私たちの勢力を分け与え、子供として生まれ変わり育ててきたのよ」


「でも、私は幸せよ。その女性の記憶はないけど、ママたちを護ったというのは誇らしいわ」


「ルリさん、それなら本当の子と変わらないのではないでしょうか。リリスの体の中に、父と母の精力が刻まれている。あなたたちふたりの子供で間違いがないと思います」



「……なぎささん。ありがとうございます。この方法で生まれてくる子は、サキュバス族でも稀なのよ。私たち種族に不妊と言う概念はないので、精力を分け与えて産むことは、他種族をサキュバス族に引き入れてしまう事でもあり、この世界の生命活動のルールからも外れているの」


「でも、ママ。私を助けてくれてありがとうね」


「何言ってるのリリス。助けられたのは私たちなのよ。出会った女性もリリスも素晴らしい女性で、私たちにとって自慢の娘だわ」


 ユニとウタハは涙していた。両親の記憶がないユニとウタハは見知らぬ両親を重ねているのだろう。アカリだけは、表情を変えずにルリの話を黙って聞いていた。


「ルリさん。出会った記憶を失くした女性ってどんな人だったんですかね」


「とても良い子だったわ。見慣れない服装をした女性で柄の長い鎌のようば武器を持っていたわね。 ……あっ、そうだ。その時の服が残ってるから見て頂戴」


 ルリは家の奥に行き、物入れの奥から引っ張り出すような音を立てている。


「見たことない服装って言っていたけど、リリスは見たことあるの?」


「実は……見たことないの。小さい頃は、その服を認めると、私がママたちの本当の子じゃないことを認めるような気がして見れなかったの。 ……でも、今はなぎさに私のことを知って欲しいという気持ちが上回って、一緒に見たいと思っているわ」



 木で作られた籠を抱えたルリが戻って来る。奇麗に編み込まれた美しい籠は、大事なものを収納していることが一目でわかる作りである。

 籠をテーブルに置くと蓋をゆっくりと開けた。


 次第に見えてくる記憶を失くした女性の服装。真っ白な上着に真っ赤なスカート。腹部は裂けてが滲んでいた。





「うそ……」


 アカリは口を押え嗚咽している。この服を僕は見たことがある。奇麗に整えられた巫女の服。この形、この飾り…… あきらかに那由姉さんのものだ。


「ルリさん、この服の持ち主は真っ黒な長い奇麗な髪をした色白の女性ではなかったですか!!」


「あら、なぎささん。この服の持ち主をご存じなのですか?  ええ。なぎささんの言う通りの女性でしたよ」


「那由姉さん……」


 ハッとしてアカリを覗き込む。既に目には涙が溢れうずくまって嗚咽を上げている。その場にいる誰もがアカリの行動が不可解に思えただろう。

 不可解な理由を僕は理解していた。嗚咽をあげているアカリはとても話せる状態ではないので僕の口から皆に説明した。



「その服は、那由姉さん…… いえ、アカリの服です」


 家中を驚嘆の声がこだます。


「那由姉さんは、僕の幼馴染……」

「──なぎさ。私から話すわ」


 少し気持ちが落ち着いたのか、アカリが顔を挙げて真剣な眼差しで僕を制止した。



「私は、この世界に転移する前は『神薙那由』という名でした。ある日、今の父に当たるハイゲイドによって、精神と肉体を分離されこの世界に召喚されたのです。精神は記憶を持ちアカリと言う女性の肉体へ転移し、肉体は記憶を持たず転移され行方不明となっていました。探そうにも転移した小さな体では手掛かりを探す事も旅に出る事も出来ない。当時は行方不明の体のことが不安と恐怖でどうにかなりそうでした。……ある時、その不安が急に払拭されたのです」


「えっ? どういうことなのかサッパリ分からないのじゃ」



「じゃあ……わたしとアカリは元は同じ人間だったってこと?」


「そうね。リリスと私は神薙那由が分離した人間と言うことになるわね」


 ユニとウタハは理解したのか、パクパクしながら混乱している。言葉を発する余裕もなくただただ呆気に取られていた。



「アカリさん。私も娘のことが分かって良かったわ。あなたたちはなぎささんを通じて出会うべき運命にあったのかもしれないわね」


「アカリにあった時から、なぎさとアカリがベタベタしていても嫉妬しなかったのは、心の奥底できっとつながっていたのかもしれないわね」


「リリス。じゃあ、わたしと2人でなぎさとダブルデートしようかっ」


「もちろんよ。すごくうれしいわ。アカリが私で私がアカリなのねっ。レイナのときはちょっと嫌な気持ちになっちゃったけど、アカリとダブルデートなら心も晴れやかよ」



「ふたりは合体したら元にもどるのですか?」


「ウタハ! 面白い事を言うのじゃ。 2人で合体するのじゃ」


 深刻な話が、いつも通りの黄色い雰囲気になってきた。ユニはリリスとアカリを合体させようと頭同士を押し合っている。ウタハは2人に貝殻繋ぎをさせて手を重ね祈りを捧げている。


「ふたりともこのままでいいんじゃないかな。幾ら2人が那由姉さんでも、今はリリスはリリス。アカリはアカリとしてちゃんと生きているんだから」


「なぎさ! 説得力がないのじゃ。可愛いお嫁さん候補が大好きな幼馴染で嬉しそうなのじゃ」


「なぎささん。そうなんですか? わたしもちゃんと混ぜて下さいね!」


「ユニも一緒にいるのじゃー」



 リリスやアカリだけでなく、ユニやウタハもそう言ってくれるのは素直に嬉しい。この旅がどうなっていくのか今は分からないが、いつかきっと素敵な男性と出会って旅立っていくことを考えると胸が締め付けられる思いだった。これが親心というものなのかもしれない。

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