097:緑のちから

 女性陣も居るので、一時的にお風呂の周りに衝立(ついたて)を作りブラインド代わりにする。準備を整えている間も、温泉の良い香りが鼻腔を突き抜け心を焦らせていた。


 簡易的な脱衣所を作ると、衣類を脱ぎ捨て温泉に飛び込むように入った。既に緑の肢体を覗かせた女性が入っている。


「あ……アルラウネ…… お風呂に入っても大丈夫なの?」


「そーだよー。やっぱりベヌスのお湯よりなぎさの出したお湯の方が癒されるねー。どうせなら毎日お湯を満たして欲しいくらいだよ」


「ダメですよー。なぎささんがここに居ついたら、新婚生活が送れないじゃないですかー」


「それなら、ウタハもここに住み込めばいいのじゃー」


 続々と入ってくる女性たち。アカリだけは恥ずかしいのかタオルを身体に巻き付け、足の指先でちょんちょんと温度を確かめ、滑るように湯に浸かった。


「なぎさちゃんはいい仕事したわねー。身体の傷もみるみると治るしこんな大きなお風呂に入ると気分もいいからね。それに、天然のお湯の良い香りが思考を奪ってくるのよねー」


 温泉の心地よさを身体全体で感じているアカリをよそに、ウタハは泳ぐように温泉の中を動き回り、ユニはばちゃばちゃ音を立てながら騒いでいる。時折思い立ったように誰かのそばによって両手でお湯を浴びせていた。



 リリスはアルラウネとおしゃべりしているようで黄色い声が響いていたが、ユニやウタハの立てる水音で聞こえなかった。


「な・ぎ・さ。ちょっとお願いがあるんだけど……」


「どうしたんだいリリス」


 後ろでアルラウネがモジモジシテいる。頭の中には恋愛話ではないかという直感が冷や汗を沸かせる。刹那の時間に植物と人間の恋愛ストーリーが頭の中で展開され一つの学園ドラマ風のショートストーリが出来上がっていた。


「実は……アルラウネから頼まれたんだけど、なぎさに『緑の洗礼』をお願いしたいんだって」


「緑の洗礼を……」 


 ─・─・─・─・─

《緑の洗礼(36話)》

 強い緑の力を持つドライアド族の王女が一人前のドライアド族に施す儀式である。王女のもつ緑の力を精神次元に流し込むことで物質次元とリンクさせて身体能力と魔法力をアップさせる儀式である。アルラウネはドライアド族の掟により、ベヌスの民と認められる期限を過ごしていない者に施すことが出来ずにいた。

 ─・─・─・─・─


「そうなのよー。ドリアラ様が私に儀式を施せるのに時間がかかるみたいだから、なぎさにお願いしちゃったって訳」


「それならなお更僕が緑の洗礼をしちゃってもいいのかな……」


「大丈夫だよー。なぎさはドライアド族じゃないし儀式として成立しないからねー。ただの緑の力を流す能力がある能力者って感じぃ」


「じゃあ、私も緑の洗礼じゃなくて、なぎささんに緑の力を流す能力で力を得たって訳ですね」


「そだよー。なぎさのおかげで強くなったんだから感謝しないとねー。そうじゃなきゃ、私を召喚獣として呼べないって」


「そうだったんですか…… なぎささん。ありがとうございます」



「そうだったんだ。じゃあウタハの時みたいにアルラウネもやってみるね」


「なぎさ。ちょっと待って…… ここでやるのはあまりよろしくないと思うの。緑の洗礼を受けられない者にとって儀式が行える者はどんなことをしてでも手に入れたい存在なのよ。どこで誰が見ているか分からないから隠れてやりましょう」


「そうだったんだねー。ウタハになぎさに緑の洗礼をやってもらってたって聞いてたから何とも思わなかったけど、知らなかったら何としてもお願いしたいと思ってたかもしれないねー」


「それは怖いですね。なぎささんなら、どんな相手が来ても負けるわけはないとは思うのですが……」


「ウタハちゃん。リリスちゃんは、なぎさちゃんのことだけじゃなくて、回りにいる人も心配してるのよ。 だって、なぎさちゃんに敵わないと思ったら人質として私たちが狙われるかもしれないでしょ」


「どんな相手が来ても返り討ちにしてやるのじゃ」


「よっぽどの相手じゃなければ負けないとは思うけど、狙われることを考えると、無用なリスクを避けたいね。強さを周りに知らせる事にもなっちゃうし、無駄な戦いは避けたいからね」


「でもここはベヌスだからそこまで深く考えなくても良いのではないでしょうか」



「ウタハ。僕のいた世界にはね、『壁に耳あり障子に目あり』といった言葉があるんだ。どんな場所にいても誰がどう聞いているか分からないから注意しようってことなんだよ。それと、心配なのは強い力を発することで、それを感じる事の出来る者がいるかもしれないということを警戒しないとならないとも思ってるんだ」


「良く分からないのじゃー!」



 人差し指を出して、リズムを取るようにアカリが答えた。


「ユニちゃん。要するに、どこに居ても油断しないで注意しましょうってことよ♪」



「じゃあ早速地下室を作るね」


 大樹に続く道の外れ、生命力のみなぎる深い緑の葉っぱが積み重なって出来ている山の下に『変質』を使って地下室を作っていく。出入り口を迷彩柄でカモフラージュして発見を防ぐ。

 何もないところに地下室を作って潜っていく姿は、カモフラージュされている扉と相まって地下室に溶けていくように見えるだろう。


 地下室の中は無機質な壁で覆われているが、『燃料湧泉』を使った炎が部屋を照らし『熱与奪』によって温度が一定に保たれている。様々な色の力を活用して、着実に力を付けていることが分かった。


「じゃあ早速始めるよ」


 アルラウネを部屋の中心に立たせ緑の剣を抜き出すなぎさ。 剣に緑の力をこめ始めると、なぎさを包み込むように緑の光が膨らみ、剣の刃から徐々に力が覆い始める。完全に緑の剣へ力が移ると、剣全体が緑色の眩い光に包まれ大きな力が集約しているのが分かる。


「アルラウネ、行くよ」


 迷いはなかった。剣で仲間を切りつけるという行為は躊躇する。実際、ウタハに緑の力を注ぎ込んだ時は大きな迷いがあった。しかし、経験がアルラウネに怪我をさせないという知識となり思いっきり切りつけることが出来た。



ザシュッ    ──アルラウネを斬り裂いた


 アルラウネの体に『緑の線』が斜めに入る。線がめくれるように開かれ、剣に溜まっていた緑の力が傷に吸い込まれていく……



 ヒュゥゥゥゥゥ



 めくれ開かれた居空間へとつながる入口から緑の力を吸い切ると、何事もなかったかのように傷は塞がり静まり返った。



「すっごーい」


 アルラウネが叫んだ。
















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