090:サキュバス族の故郷
「リリス……リリスじゃないの! 無事だったのねぇ…… 良かった…… 本当に良かった……」
「ママ……」
「リリス! 無事だったのかー! パパは嬉しいぞ! 嬉しいぞぉぉぉ! ……ぅぅぅ」
親子の再会は涙溢れるものであった。大きな悪事に巻き込まれ、お互いが死んだと思っていただけに感動は一段と大きかった。
手を取り合って涙を流すリリス。両親に向ける初めて見る顔。感涙が僕やユニやウタハも号泣していた。アカリは離れてしまった父を想ってか、うつむいて胸の前でぎゅっと握った拳に雨が滴ったように涙が腕を伝わっている。
父というものに、良い記憶がない僕にとっては、母親との再会に強くこみ上げてくるものがあったが、行動の裏があるのではないかと穿って見えていた。
しかし、あまりにもガドルが感情の昂りを人目を憚らず表現している姿に、穿った見方が融解していくのを感じた。
(……本当の父親ってこういうモノなのかな…… 僕がいつか父親になったらこうありたいな)
「あなた! いつまでも泣いていないで! 立ち話もお友達に失礼だから家に案内しましょう」
「おー、そうだそうだ。すまんすまん。ついついうれしすぎて神聖な場所であることを忘れておったわい。ささ、こっちへ来なさい」
ガドルとルリを先頭に海底神殿の奥へと案内される。デスナイトとの死闘を繰り広げた(5話)広間を抜けて、以前は恐怖から近寄らなかった場所へと向かっている。
あの時と気持ちが違うせいか見るもの全ての印象も違っていた。揺れる光や壁面についた一つ一つのシミでさえ恐怖の対象だったものが、今は一つ一つが海底神殿の厳かな雰囲気を醸し出すアクセントに見える。
(んっ…… いつのまにか結界が感じ取れるようになっている)
もやっとした空間の歪み。侵入者を拒み空間へのアクセスを困難にする結界が視界に入る。どういった理由かは分からないが、違和感という曖昧な感覚だったものが、結界という視覚的な感覚に依って捉えることができていた。
「みなさん、ちょっと待ってくださいね。今、サキュバス族だけが通れる結界を皆さんが通れるようにしますから……」
『ルリ』が結界に向かって呪文を唱え始める。そんな中、僕の視界にある結界に渦を巻いている場所があった。その渦が気になって吸い込まれるようにフラフラと近づいて手を伸ばす。
「うわっ」
そのまま結界に吸い込まれた。
一面に広がる平原にぽつりぽつりと建つ建物。のどかな風景、蝶が舞い虫が跳ねる。空には鳥が飛び周囲からは動物の鳴き声も聞こえてくる。
「これが海の中……」
「おい君、どうやって結界の中に入ったんだ。サキュバス族でなければ侵入できない強力な結界だぞ」
ガドルを先頭に結界の中に続々とリリスたちが入ってくる。
「なぎさー。いきなり消えたからどこか行ったのかと思ったのじゃ」
「なぎささん、ハッコウ遺跡の時みたいにいきなり消えてイチャイチャしてるのかと思いましたよ」
「ウタハちゃん、そんな事があったのね。なぎさちゃん。あなたはいつも女の子と遊んでるの?!」
どこに行っても緊張感がないパーティーである。ハッコウ遺跡のレアー。確かに美しい人だったけど……
「うぁ~ 懐かしい~。帰って来たのねぇ。なぎさと一緒に来れるなんて夢みたいだわ」
リリスが拝むように両手を組んで故郷への帰還を喜んでいる。
この村から連れ出され長い年月を囚われて過ごしてきた日々。なぎさとの出会いからここまでの長い道のり。それに両親との再会に至るまで回顧していた。
「リリス! なぎさとは誰だ! 彼氏か! 父さんより強い人でないと認めないぞ!」
「あなた。こんな時に何を言っているよ。 リリス、ちゃんと私たちに紹介しなさいね」
「ママ……パパ…… なぎさはこの人よ」
リリスは腕を組み顔をぴったりとくっつけて笑顔を見せていた。
「お前がリリスの心を盗んだのか! リリスを支えるだけの力を持っているんだろうな! そんな華奢な体ではとてもリリスを守れるとは思えんぞ!」
「パパ。落ち着いて。なぎさは私をベヌスで助けてくれた恩人なの。それにアクデーモンの撃退を果たして、運命の指輪も反応した人なのよ」
「アクデーモン様だと…… サキュバス族の神と言われた魔神アクデーモン様を…… 一体何があったんだ」
「あ・な・た。いい加減にしてください! お客様を家に案内してください!」
ルリの笑顔に怯えるように従うガドル。今まで感情をむき出しにリリスの彼氏と言う男に敵意を向けていたが、平時に戻り村を案内してくれた。
▽ ▽ ▽ ▽
サキュバス族の村は、のどかで生き物の楽園であった。余計な造形物はなく農業を中心とした集落といったイメージだ。
一角にあるリリスの家はレンガ造りのしっかりとした建物で、2階建ての地下室つき。地下室は守護者たる家系の訓練所として造られている。
一階のリビングは大きく寛げる空間として位置し、家族の団欒の場として暖かみがあった。
「おかえりなさいリリス。お友達も長旅だったでしょう。ゆっくりしていって下さいね」
「リリス。無事でよかった! うんっ。 それにお友達まで沢山連れてきて父は嬉しいぞ! しかし、悪い虫だけが気になるがなっ!」
世のお父さんは娘の恋愛についてものすごく気にするのだろう。ヒシヒシと感じるアウェー感が自分だけ歓迎されていない気分になっていた。
サキュバス族がドライアド族に反旗を翻したとき、ガドルとルリ、そしてリリスに味方したサキュバスは幽閉されたという。それが少し前に阻んでいた牢の魔力が消失し、外に出ることが出来たという。
時期を遡ってみると、リリスが封印されていた木の根を緑水で解いたときであった。
「リリスちゃーーん」
駆けてくる女性がリリスに抱きついた。遅れてふたりの男女が家に入ってくる。頭にはえる角に腰から伸びた羽。リリスに味方したサキュバス族だろう。
「レイナちゃんじゃない。レイナも無事だったのね」
リリスの同級生レイナとその両親であった。長老の反旗に気付いたレイナがリリスを守るため抗議したが、両親共々ガドルとルリと一緒に幽閉されていた。
解放されてからは、ガドルとルリが護衛。レイナ親子が作物や家畜の世話などを担当していた。
これまでの経過をお互いで説明した。色の力を省いてこれまでの経緯を話すと、サキュバス族にとって見知らぬ地の大冒険に、ドキドキしながら身を乗り出して聞いていた。時には笑い、時には怒り、時には涙していた。
サキュバス族は、海底神殿の地を見て回り、野生化した動物たちを手懐け田畑を整備したりと生活基盤を作ることに注力していたようだ。
「お取り込み中申し訳ありません~ 勝手に入らせてもらいました~」
マーハとペリーヌ王女が玄関から入ってきた。どうやら、天界と海底神殿への扉が開通したようだ。
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