089:海底神殿
『海底神殿に到着したぞ』
リヴァイアサンの重厚感のある声はうなるように響き海の水を震わせる。地上とは違った声は、神の声のように大自然を感じさせる。
感嘆するなぎさたちを見て、リヴァイアサンはドヤ顔をしているようだった。
──ドッカーーン
快適だった海の旅に衝撃が走った。海底神殿に繋がる入り口にリヴァイアサンがぶつかったのだ。本来はぷにぷにした壁 (5話)に頭を突っ込んで人を送り届けるのだが、膨らんだ顔が入り口の大きさを上回って衝突してしまった。
ユニとアカリは大笑いし、ウタハは声を押し殺して笑っていた。張り詰めた空気がまっ黄色な空気になった。
リヴァイアサンは膨らんだ顔を更に膨らませ、血圧が上昇したように頬を赤くして目が吊り上がっていた。僕たちを包んている膜を泡にして海底神殿の入口へと飛ばす。
『なぎさと関わると碌なことがない。そうそう呼ぶんじゃないぞ!』
捨て台詞の様は吐き捨て、リヴァイアサンはその場を去った。
ぷにぷにした壁を境に見慣れた景色が目に飛び込んでくる。この壁のざらざらとした手触りに、神殿の空気感や匂いが懐かしく感じる。あの時の不安と恐怖を懐古できるのは成長した証だろう。
リリスにとっては、長い年月を経て戻って来た故郷。ゆっくりと壁の感触を確かめるように手で撫でてみたり、頬を密着させたりしていた。
「不思議なところですねー。青く照らされる壁が幻想的ですー」
「ここにいると心が落ち着くのじゃ」
「神社とは違った厳かさがあっていいわね。空気感っていうか……神に繋がる道みたいなものを感じるわ」
ユニやウタハ、アカリの顔を笑顔で見回すリリス。
「ここは私たちサキュバス族にとって聖域なの。居住区から出て、この神殿に来ることはベヌスの警護に向かうときくらいだったからね」
通路を奥に進むと祭壇がある。初めてドリアラと出会った場所。緑色の美しい光のドリアラに不思議な物体アナウス。もう何年も前の出来事のようだ……
神殿の内部にある祭壇は、美しさを失っていなかった。初めて来たときのままであり、汚れもなく長い年月をこの場所で在り続けているとは到底思えない。しかし、祭壇も魔方陣も力を失っているように見えた。
ペリーヌ王女より頼まれた『珠』をドリアラが捕らえられていた壇に捧げると、壇は優しく光り、珠をふわっと浮かせる。30㎝ほど浮くとその場で留まり、周りから力を取り込むように回転して光をが吸収する。
「なぎささん。ありがとうございます。無事に祭壇に辿り着いたのですね。天界からそこに繋がるまでは、少しの時間が必要ですので、居住区の様子を見てきてください」
珠を介してペリーヌ王女の声が聞こえた。
「なぎさ、居住区なら案内するわよ」
「リリス。もしかして居住区ってこの先にある不思議な空間のこと?」
「そういえばなぎさは来たことあるんだよね。行ったことあるの?」
「いや…… デスナイトに襲われた恐怖で、その場の違和感(6話)が足を遠のかされて行かなかったんだ」
「じゃあ私の故郷へ来るのは初めてね! なんか婚約者と一緒に里帰りするみたいで嬉しいわ」
「リリスさん! わたしたちもいる事を忘れないでくださいね」
「そうなのじゃ。最近はユニとウタハの影が薄いのじゃ」
「まあまあ、ユニちゃんもウタハちゃんも落ち着いてー。 ……そういえばリリスの両親って今は何をしているの?」
「アカリ。両親はサキュバス族の戦士でベヌスの守護帯にいたのよ。とても優しい父と母だったなぁ…… 私の力のせいでサキュバス族が……」
「リリスちゃん。自分の出生は選べないのよ。あなたが引き金だったとしても、引き金を引いたのはあなたじゃないわ」
「アカリ…… ありがとう。でも、今はみんなに囲まれて旅が出来て幸せよ。この幸せがずっと続けばよいと思ってる。私が生きていれば、いつかサキュバス族も増えて復興するかもしれない…… ねっ、なぎさは協力してくれるわよね」
「もちろんだよ! ……ん、待てよ」
「キャー。なぎさちゃんがリリスちゃんの告白を受け入れたわよ!」
「えっ!? えっ…… あっ……」
協力という言葉に反応して返事をしてしまったが、復興するためには、種族が増える。種族を増やすためには子供を作る必要が…… そこまで深く考えていなかった……
「なぎさちゃん。リリスちゃんへの返事を取り下げるつもりなの?」
リリスは笑っている。最近はデーモンアクスを取り出すことも無く、アカリやユニ、ウタハと絡む分には怒らなくなった気がする。そう考えると、旅を通じてお互いが本当に家族のような存在になっているんだなぁと感じる。
「なぎささん。私の子供もお願いします! リリスさんにドライアド族亜種と言われましたが、私以外にその種族を見たことありません!」
「そうなのじゃ、ユニもユニコーン族を見ていないのじゃ。子供をたくさん作って繁栄させたいのじゃ」
「ちょ…… みんな。那由姉さんも何とか言ってよ」
「な・ぎ・さ・ちゃ・ん。アカリだからね! それに、困った時だけ助けを求めるのは止めなさい。ペルシャに、ヨハマ王子の姉も候補に挙がってるんでしょ」
この話題はいつまで続くのだろうか。この手の話題になるとどうしても分が悪い。折角の神秘的で厳かな雰囲気も一気に吹っ飛んでしまった。
「お前たち、何をしている!」
ふたりが剣を構えこちらの様子を窺っている。2本の角、腰から伸びる羽はリリスとそっくりなものであった。
「この海底神殿は厳格なる場所であるぞ! それにこの場に立ち入ったということは許可をとっているんだろうな」
………… ………… …… ……
「お…… ママ…… パパ……」
リリスが剣を持つふたりの前に飛び出した。その眼には涙が溢れ頬を濡らしていた。
「り、リリスじゃないか! どうやってここに……」
「リリス。無事だったのね! ずーと心配していたの。良かったわ……」
目の前にいる戦士たちも涙を流していた。ふたりの戦士は、サキュバス族であると同時にリリスの両親、ガドルとルリであった。
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