082:靄を抜けた先に

 豆の木の中は上に空洞が伸びるばかりで何もなかった。壁はツルツル、見上げる先は闇ばかりで何も変わった様子はない。


 バタン 


 扉がひとりでに閉まった。直後、目が開けられないほどの閃光が地面から迸(ほとばし)る。


 一瞬の空洞共鳴音(みみなり)を感じたかと思うと、あたり一面に広がる靄の中にいた。足元には地中深くにつながる穴が見えるばかりである。


 この地中につながる穴は、大きさから豆の木の空洞であることが分かる。しかも、豆の木の大きさを考えると…… 体のサイズが元に戻ってる!



『姉さんたち、頂上に到着しましたよ』


 次第に晴れていく靄。少しづつ周りの背景が見えていく。


 靄が晴れると、足元の穴も一緒に消えていた。

 急に差し込む強い日差しに目が痛い。慌てて光を遮るように右腕で目を覆った。徐々に目が慣れてくる……


 僕たちは海岸にいた。真っ白な砂浜に抜けるような空。エメラルドグリーンの海は底まで見える程キレイで、色とりどりの魚が泳いでいた。


「まるで南の島に海水浴にきたようだ……」


 あまりにも贅沢な場所に、不思議な装置を抜けた見知らぬ場所であることを忘れて心をワクワクさせていた。


 真っ白な砂浜の先に見える内陸は、大自然を感じさせる木々や森が見える。さらには空を女性が飛んで……


 「て、天女!?」


 浮いている羽衣を脇で押さえるようにフワフワと浮いている。まるで天女が楽しそうに空の散歩を楽しんでいるようだ。


 ……天女は砂浜に降り立って桶に水を汲んだ。

「はぁ。この役は重くて嫌なのよねぇ」

 桶に水を満たすと、飛んで来た方へフワフワと飛び立っていった。



「何か随分と生活感のある天女だな……」


「わぁ。きれいなお洋服ですね。フワフワしていて可愛い」



「「あなたたち~。ここに居るということは森の加護を受けた者ですか~」」


 武装した数名の天女が目の前に降り立った。特に攻撃的な感じはないが剣や槍で武装している天女の姿に違和感がある。


「あ~。アルラウネがいますね~。彼女の協力ですか~」


「違うよー。私じゃないよ。そこのトレントだよ」


「そうでしたか~。木人かと思って焦ってしまいました~。木人なんかに結界が破られたとなると大問題ですからねぇ~」


 ニコニコしながらさらっと失礼なことを言った気が……


「それなら客人として町に案内しますねぇ~」


 ゆったりとした間延びしている口調に癒される自分がいた。こういうタイプは今まで出会ったことがない……


 「うわっ」


 天女が剣や槍から光を放つと僕たちを取り囲んだ。そのままフワリと宙に浮くが、揺れも浮遊感も全くない。

 天女が飛び立つと、光に包まれたまま高度を増していき、水を汲んだ天女が向かった方角へ飛んで……って、徐々に上がるスピード。スピード違反どころの話ではない早さで景色が流れていく。

 光の中は全く揺れがないので、実は空を飛ぶ映像を見せられているだけと言われても納得できそうな錯覚に陥っていた。



 ユニやウタハは興奮している。光の中を走り回りあっちやこっちに移動して景色を眺めている。時には両手を貝殻握りして喜びあったり跳ねたりと楽しんでいる。いつの間にか召喚獣は帰ってアカリは人形(ひとがた)に戻っていた。


「ほらほらー、あそこに建物が見えてきましたよ」


「なんか変な村なのじゃ……」


 自然の地形を利用して作られたような村? ものすごい広さの田畑が建物を中心に広がっているが、中心にある建物がポツンと建っているだけで他の建物は見えなかった。




「到着しました~。みんなー持ち場に戻っていいわよ~」


 天女ひとりを残して、他の天女はそれぞれの方向へ飛び立った。



「ここは100人くらいの村なんだけど~ この建物に全員住んでいるのよ~ 凄いでしょ~」

 

 とても信じられない。いくら大きな屋敷とはいえ窮屈過ぎるだろう…… 簡易ホテルのように狭い個室が並んでいるのだろうか。それとも一つの建物を皆がシェアしているのだろうか。


「ゆったりとして~ みんな好き好きにコーディネイトをしているから住みやすいのよ」



「扉が開かないのじゃー。中が気になるのじゃー」


 一生懸命に扉を押したり引いたりとユニが奮闘しているが、扉を開けることは出来なかった。単純に鍵がかかっているのだろうと思っていたが、奮闘するユニの姿に言い出せずにいた。



「王女様があなた方と会う準備しているので~ もう少しお待ちください~。それまで『公空間(こうくうかん)』で寛(くつろ)ぎましょう~」



「この扉は不思議な模様が刻まれているんだね。ドアノブも不思議な形をしている」


 さりげなく不思議な形をしたドアノブに触れてみると……


 キィィ……



 扉が開いた。屋敷の内装は、僕がイメージする屋敷というものの内装と細かいところに至るまで一致していた。まるで僕の頭にあるイメージが抜け出したようだ。



「あらぁ~。なんで開いたのかしら~。この屋敷は天女族しか開かないはずなのに~」


「「そんなことないのよマーハ。屋敷の鍵と私の許可があれば誰でも開けることができるのよ」」


 屋敷の中から……。と、いうより扉を介して別空間から出てきたように一人の女性が出てきた。 ……どことなく会ったことがあるような雰囲気がある。


「ねえなぎさ。あの女性ってペルシャに似てるわね」


「リリス、本当なのじゃ。ペルシャにそっくりなのじゃ」


「あなたたち~。姫様の知り合いなのかしら~」


「なぎささん……かしら。ペルシャは私の娘なのです。ペルシャはあなたたちがこの場所に来る予感があったのかもしれないわね」


 どうやら汚れた羽衣(第47話~)の持ち主であるペルシャの故郷のようだ。

 さらには、シンゴが扮していた老婆の情報が正しければ、海底神殿の情報を持つ一族でもある。



「なぎさちゃん、王女様。こんなところで立ち話も何ですからどこかに座って話さない?」


「そうですね。では私が案内しますのでマーハは引き続き警備をお願いします」


「王女様! それはなりません! 護衛のために付き添わせてください! ペルシャ様のいるプライベートルームに行くつもりですよね!」


「マーハ。この者たちは大丈夫です。安心して戻っても大丈夫ですよ。それと、言葉が崩れてますよ」


「すいません~。つい興奮してしまいました~。じゃあ、この者たちの事をもっと知りたいのでお供させてください~」


「仕方ないわねマーハ。いいわよ。一緒に行きましょう」


 バタンッ! ……… キイィィ


 屋敷の扉がひとりでに閉まりひとりでに開いた。開かれた扉の先に見える内装は、先ほどとは全く異なっていた。 ……しかし、この雰囲気はどことなく見たことがある内装だった。




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