080:鬼の角

 揺れる地面の奥底から唸るような地響きと共に魔法陣を介して何者かが競り上がってくる。巨大な蹄が槍を掴み、這い上がるように登ってくる生き物の黄色く輝く巨大な角が魔法陣から覗かせていた。


 真っ赤な皮膚、真っ黒な鬣(たてがみ)の巨大な人型の馬。手には槍を構え頭から伸びた黄光る変形した角が荒々しい。薄汚れた緑色の鬼柄パンツを履いている。


『良くやったグランニル。馬頭鬼(めづき)様の復活だ! フハハハ、バカな人間のおかげだヒッヒ。馬の怨念が精神を作り、財宝に目がくらんだ人間共の血をもって体が作られた! 天馬の血まで手に入れるヒッヒ』


「でかいのじゃ……」


 10メートル以上あるのではないだろうか。蹄がユニの身長と同等程度ある。


 馬頭鬼 Lv120


 魔神に匹敵する……いや、それ以上の強さかもしれない


「アクデーモンよりレベルが高い…… 魔神……」


 アクデーモンと戦った恐怖が蘇った (11話)。足の震えと冷や汗が湧き出てくるのが分かる。しかし、今はあの時とは違う! 経験も積んだ、護るべきものもいる。


「みんな、陣形を組んで戦うよ。リリスとウタハは後衛、ユニは遊撃、アカリはユニと一緒に状況を見てサポートをお願い」


 各人が戦闘体制をとって身構える。馬頭鬼はこちらを見る事もなく復活した喜びに酔いしれているようだった。

 その隙にウタハが『リジェンダラリ(徐々にHP回復)』、『スッピドレンカ(一定時間スピードアップ)』を歌い、アカリはすずらん型をした傘の石突きに光を集め、霧散させて光の粒子をメンバーに纏わせた。



「先手必勝!」

 水の力で先制攻撃を放った。狙うは右肩、武器を持つ手を無力化するのが狙いだ。


 馬頭鬼は敵意に気づき槍先で向かってくる水を薙ぎ払った。

 予想以上に水の力が強力だったのか、槍が弾かれ持ち主の手から離れた。


 無機質な槍は弧を描くように回転しながら宙を舞っている。


 回転している槍は勢いを失うと、回転を弱めながら地に向かって落下し突き刺さった。




 見上げる高さにある馬頭鬼の顔に余裕が無くなった。飛ばされた槍へ腕を向けると、吸い付くように地面を離れ手に収まる。


『ハァーハッハッハァ。ヒッヒッヒ』


 笑いながら馬頭鬼の体が縮んでいく。


 ……2メートル程まで縮むと縮小が止まり、渋い馬面のおじさんの姿になっていた。

 槍を担ぎカジュアルな服装をした渋いイケメン中年。そんな言葉がぴったりだった。


「お主、強いな。今の儂はお主にかなわぬようだ」


「随分とあっけなく負けを認めるのねぇ」


「儂にはやらなければならないことがあるからな」


「人々を襲うのじゃ」


「そんなことに興味はない。ただ大事な相棒を助けたいんだ。やっと復活させたこの命を無駄に散らすわけにはいかん」


「相棒を助けたい…… そんなに大事な相棒なのか」


「ああ。お主は相棒がたくさんおるな。しかし決着は必ず付けようぞ。魔神ゴズメズがひとり、メズキとして再びあいまみえよう……」


 貫録のある渋い声で話す男は、魔神とは思えないほど礼儀正しかった。今までシンゴや老婆に姿を変えて人の命を奪い続けたグランニル。その魔物の親分である馬頭鬼。許せる存在ではないが、相棒を助けたいという強い想い心が揺れている自分がいた。



「お主の心を見せてもらおうぞ」


 メズキは何かを僕に向けて放った。何気にそれをキャッチして手の平を見ると、小さく可愛い角があった。


「それはダメ。すぐに捨てて」


 アカリが叫んだ。その言葉を受けて投げようとするが既に手の平に吸い付いて離れず投球ホームは空を切ってしまう。そのまま、角は手の中に埋め込まれるように消えて丸い痣を作った。


「それでは、また会おうぞ」


 人型となったメズキは、岩や木々を跳んでその場を去って行った。不安な顔をして震えるように僕の手を見つめているアカリ。「すぐに捨てて」という言葉と、アカリの表情が皆を不安にさせていた。


「アカリ、一体なぎさの身に何が起こったの?」


「アカリ、知っているなら教えて欲しいのじゃ」


「いつも明るいアカリさんがそんな顔をすると不安になっちゃいます」


「那由姉さん……。一体この体に吸い込まれた角は何なの?」


 一斉にアカリに視線が集まる。喋りだそうと口を開くが直ぐに閉じてしまう。どう話そうか言葉を選んでいるのが分かる。



 ……とうとう意を決して語りだした。


「わたしの屋敷にあった文献に、『馬頭鬼』『牛頭鬼』という鬼について触れられていたものがあったのよ……」


 この世界は神の神託によって賞罰が決定され、各国で罪の清算が罰によって行われるが、死者となった者は、その全ての履歴を評価され、罪の清算が終わっていない者に対して罰の与える場が用意されているらしいの。その場所で罰を与える執行人が、馬頭鬼と牛頭鬼と言われている。


 この世界の地下に広がっていると言われる裁きの国インヘルノ。そこで罪人を抑え込む力のある強者を探すため、心試しをして回っている者がいると記載されている。その心試しの結果、心が恨みや怒りなどの魔に傾けば、新たなる執行人として取り込まれると書かれていたそうだ。



「それなら、僕が悪い心を持たないように気を付ければ良いんだね。そうならないように、アカリやリリスたちに見ていてもらわないとね」


「そうね。なぎさちゃんが悪に染まるなんて考えられないわね、姉さんがちゃんと見張っているから大丈夫よ」


「那由姉さん……よろしくね」


「姉さんって呼ばないの! 今はアカリよ。分かった! なぎさちゃん」


「……今、自分で姉さんって言ったような……」


 暗くなっていた空気感が払拭された。過ぎてしまった事は仕方がない、今は当初の目的通り、ベヌスに渡る方法を探さなければならない。


 そのためには、この『豆の木』の上へ行かなければならない。馬頭鬼の配下であった老婆の言った言葉が、馬頭鬼の正体を知ったことで信憑性が増した気がする。


 辺りは既に赤く色づき、頂上から見える景色が素晴らしかった。今日はここでキャンプをして、明日豆の木の攻略を考えよう。

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