079:老婆の槍

 丸い黒縁メガネの男がそこにいた。


「三番手とはいえシンゴをぶっちぎるとは素晴らしい。その小柄な肢体で馬車を牽いたまま駆け上る力強い惚れたよ。是非下る姿も見てみたいものだ。ハッハッハ ……無事に帰れたらな」


 男は転移装置に入って行った。脅しのような言い方に何かの陰謀を感じていた。


 ここまでで道は途切れ、ここより上は森のように木々が広がり、その合間を縫うように真っ直ぐ階段が頂上に延びている。階段といっても、板が階段状に置かれているだけで、シミや苔が年季を感じさせる。

 立て札は、古くすすけており、辛うじて「頂上…………注意……」という太字で書かれた部分が読みとれる程度であった。



 あたりの人影を確認したら、荷車をバックにしまいユニが人型に戻って出発する。リリスの風魔法で視界を塞ぐ邪魔な枝を切り落として、通路を確保しながら階段を上っていく。


 森はここ何年……何十年も手を加えられていないのか乱雑に生い茂り、通路は伸び放題の木々に日差しを遮られ薄暗かった。


 30分程階段を登ると開けた場所に出た。開けていると言っても、ドッジボールが出来る程度の広さで、木が伐採され除草剤を撒いたように地肌が露出していた。

 何者かがキャンプをしたのか、焚き火の跡が残されていた。焚き火の跡に重ねるように薪をくべ、火をつける。バックから角切りのシウ肉を取り出し串刺しにして焼き始めた。

 まだ昼前だというのに、焚火の炎が薄暗い森に、一際大きなコウモリと4人の影を映し出していた。


「この国に来てから怖い場所ばっかり通るのじゃ。いったいこの国はどうなっているのじゃ」


「ユニちゃん。この国は統率者(おう)がいないのよ。周辺国からは秘境と呼ばれているけど単に公共事業が進んでいないのね」


「それにしてもここは薄暗くて怖いです。砦を抜けたら人の墓、ハルサンは馬の墓、この森はいったい何の墓なんですかー」


「ウタハ。流石にここにはお墓はないんじゃないのかな」 




「ヒッヒッヒ。そこの若いの、そんなことはないぞ」


 延び放題の雑草が避けるように倒れ、その合間から滑るようにローブの老婆が現れた。見覚えのある高齢の女性…… 酒場で守護者の話をした人だった。


「あなたは……酒場で……」


「ヒッヒッヒ。また会ったなぁ。良くここまできたのぉ。こっちが近道なのじゃ……。付いてきなさい」


「一体あなたは何者なんですか」


 呼びかけに答えることもなく移動を始めた。雑草が避け草の道を滑るように奥へと消えていく。


「みんな行くよ」


 焚き火の炎を処理をする事もなく老婆を追った。ずっと怖がっていたユニとウタハも恐怖に慣れたのか、既に表情は戦闘モードに入っている。


 老婆は背中に目があるかのように、一定の距離を保って突き進む。


「なぎさ。あの老婆には気をつけてね。邪悪なオーラを感じるわ」


「うん。進むにつれて嫌な感じがどんどん大きくなってくるのが分かるよ」


 辿り着いた先は『豆の木』の根元。確かに近道だった。

 一本の枯木のような色をした塔が、天に向かって伸びている。遙か先には真っ白な雲がかかっている。


「(老婆の声)ヒッヒッヒ。罠と分かってて」「(男の声)良くここまでついてきたな」


 途中から老婆の声が徐々に男のモノへと変化していく。その姿は一度見たことがある男、『シンゴ』であった。そこへ黒馬が駆け寄り、シンゴはバク宙して飛び乗った。


「お前たちは選ばれたのだ。ハルサンの町を影として操ってきた私の贄にな」


 シンゴは溶けるように黒馬に吸い込まれた。黒馬の背中は黒い血の色をした模様がつき、鬣(たてがみ)は炎と化して、ポニーテールのような可愛いかった尻尾が鋭く太い真っ黒な針金のように延びている。


「はっはっは。こっちが本体なのだよ。私は馬頭鬼(めずき)様の配下、グランニル。馬の怨念を晴らすため人間の血を集めているのだ! バカな人間どもは財宝という甘い言葉で誘い出せば直ぐ引っかかる。ハッハッハッハ」


『グランニル Lv65』 低位な魔人よりレベルの高い強敵であった。



「そこのチビ。お前はユニコーンだろ。お前の血を寄越せ! 馬頭鬼様の復活がより強固なモノになる」


「チビとは何なのじゃ。ハイ、どうぞと言う訳はないのじゃ」



 地面から鋭利な針のようなモノが飛び出しユニを襲った。一瞬の呼吸の乱れをつかれたユニは反応が遅れて、紙一重でかわすことはできたが、右腕をかすめ線状に傷を作った。


 傷から流れた一滴の血液が、腕を伝わって地面に垂れた。その血液は、ユニを襲った針のようなモノに滴り落ちる。

 それ以上の血液が流れ出ないように、緑水でユニの怪我を癒すが、グランニルの様子が変化した。


 ユニを襲った物体とはグランニルの尻尾だった。伸縮自在の尻尾が地面を介して攻撃していたのだ。



「こ、これで……悲願が……たっ……せぃ」


 グランニルは変形するように姿を変えていく。手足は内側に織り込まれ、頭は大きな刃となり尻尾は真っすぐに伸びて柄へと姿を変える。

 禍々しい槍の姿になったグランニルはその場に落下し地面に突き刺さった。マップからは生命反応が消え無機質な物質へと変化していた。



 槍先から出た光が巨大な魔法陣を描いた。



 魔法陣からは、見たことある物質(ある事が分かるが無いともいえる透明な物質『アナウス』を思い出させる球体)が浮かび上がり、命を灯すかのように槍の石突きから赤い液体が移っていく。

 球体はエネルギーを吸い込むように赤さを増して膨らんでいく。球体を見ていると『魔神アクデーモン』(11話)を思い出す。



 槍から放出された液体が途切れると、真っ赤な球体は魔法陣の中へと落ちていった。



 ズゴゴゴゴゴゴ!


 揺れる地面の奥底から唸るような地響きと共に魔法陣を介して何者かが競り上がってくる。巨大な蹄が槍を掴み、這い上がるように登ってくる生き物の黄色く輝く巨大な角が魔法陣から覗かせていた。


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