078:馬×馬?の攻防

 山頂へ向かう北門を抜けると、整備された広場が横長に広がり、馬を馴らしている者が多い。

 西(ひだり)には沢山の厩舎や屋敷が小さく見えており、馬や馬主たちの住まいである事がわかる。

 東(みぎ)には馬の墓場を北から迂回するように街道につながっている。そちら側には宿屋や厩舎が見えるので、馬や馬車で訪れた客用のエリアのようである。

 宿泊客は町民はペンを片手に訓練の様子や山頂を走る馬たちを真剣な眼差しで見つめている。

 

 西側で驚きの光景を見た。


 煙突のような建物から天に伸びる真っ赤な光が一瞬見えた。

 壁に阻まれ中は見えないが、マップでは光りと共に騎手と馬の表示が消失した。

 

「すいません。あの赤い光りは何ですか」


 馬の動きを鋭い目つきで追っていた筋肉隆々の男性に声をかけた馬を追いながらチラッと建物の方を見て返答してくれた。


「ああ、あれか。転送装置だよ。馬は上りと下りで専門分野があってな。脚に負担をかけないように移動はあれを使ってるんだよ」


「面白そうなのじゃ、あれに乗りたいのじゃ」


「嬢ちゃん。それは難しいなぁ。競走馬専用だからライセンスが無いと乗れない事になってるんだよ」


「ねぇ、ねぇ。そのライセンスはどうすれば取れるのー」


 コウモリの飾りに変態しているアカリが喋った。声質が違うので直ぐ分かったが、町民にはバレなかったようで胸を撫でおろした。


「うーん。それは難しいかもな。登録された馬主に育てられた馬じゃないとライセンスはもらえんよ。まあ例外もあるみたいだが聞いたことないな」


「なぎさ、その事はまた後で考えましょう。今は一刻も早く頂上を目指しましょう」


「嬢ちゃんたち、頂上に行きたいのか。頂上にそびえる『豆の木』でも見に行くのか? 面白くはないかもしれないが頑張れよ! ……そうそう、峠の道は8合目までしかないから、そこからは徒歩だぞ!」


「そっ、そうなんですか! 歩くんですか!」


「ウタハちゃん。健康と爽やかな汗の為に山登りを楽しみましょー」


「ん? あんちゃん。女の子3人しかいないよな…… なんか4人の声がするんだが……」


「き、気のせいですよ。あ、そろそろ頂上を目指します! ありがとうございました」


 3人を連れてその場を離れた。頂上を目指すために、ハルサンから出て馬車で馬車側の入り口を使わなければならない。人気(ひとけ)のない場所で、荷車を取り出してユニに変態してもらう。


 ユニの牽く馬車が町に入ると人々が騒がしくなった。白馬(ユニ)の美しさに誰もが目を奪われたのだ。

 流石に馬の町だけあって目利きが多いようで、ユニを一目見ようとする者たちで花道が作られていた。

 羨望の眼差しを一手に受けるユニは機嫌よく「ドヤッ」とした感じで花道を通るが、山頂に出る門で、1人の男に呼び止められた。


 黒い服に蝶ネクタイ、丸い黒縁眼鏡をかけた背の低いお腹の大きな、悪人のような容姿の男性。


「良い白馬じゃないかね。この馬を言い値で買わせてもらいたいのじゃがどうかな」


「申し訳ないですがそれは出来ません。一緒に旅を続ける家族のようなものなので」



「そういえばお前さん、さっき転移ライセンスの話をあの男としていたよな、それをやって──」


 ユニはプイッっとして、男の話し半ばに門を抜けて頂上に向かって歩き出した。


「この高飛車な馬め…… グヌヌヌ。おい、シンゴを呼んで少し遊んでやれ」



 鼻歌を歌いながらうねるような道を頂上目指して進んでいると、後ろから巨大な黒毛の馬がユニを追い抜いて止まった。騎手は振り向き『シンゴ』と名乗り、顎や手の平を上に向けて指で「来いよ」とポーズを取って挑発してきた。


「ユニ、ユニ抑えてね」小声で囁き、ユニの怒りを抑えようとする。雰囲気と表情からも怒りのオーラが凄まじく出ているのが感じ取れる。

 シンゴという騎手も単騎で馬車に……しかも人が乗っている馬にレースを挑むなんて恥ずかしいとも思うが……



 ユニが一気に加速した。うねる道を鬼神のごとくスピードを上げていく。シンゴを抜き去ると、黒毛馬のスピードを上げて追いかけてくる。


 荷車は激しく揺られ、暴れるような挙動をしながらユニに牽かれていく。右へ左へ激しく振られコーナー脇の縁石に車輪がぶつかった激しい衝撃が伝わってくる。



 そんな状態のまま峠を駆け上がっていく。外の様子は分からないが、ユニが抜かれた様子はなかった。


 この揺れが収まった頃には、髪は乱れ床を背に壁に座っているような体制になっていた。


「なぎさちゃん。凄かったわよ」

 コウモリ姿のまま荷車に入ってきた。どうやらシンゴが挑発してユニがのったあたりに幌の上に飛んで様子を見ていたようだ。アカリは僕の額に降りて実況を始めた。


「ユニが挑発に乗って一気にスピードをあげました。追随するように黒毛馬に乗るシンゴがスピードをあげてきます。ユニはコーナーリングを全く考えず、ただただスピードを上げて突っ込んでいきます。引っ張っている荷車をモノともせず車輪を縁石にぶつけながら駆け抜けていきます」


「この荷車は丈夫なのじゃ」


「追随する黒毛馬はコーナーをつくようなキレイな位置どりで抜けていきますが差は広まるばかり。ん?騎手が魔法……? 真っ黒な矢を大量に射ってきたー。と言う感じだったのよ。危なかったから隠れちゃったから後は分からないわ」


「そんなことがあったんだ。ユニは大丈夫だったの?」


「全然気付かなかったのじゃ」


「それにしても本当にこの馬車は丈夫なんですねー」


「なぎさ。あの黒毛馬がいないわ」


 馬車を出てコースを見下ろすが、どこにも黒毛馬とシンゴの気配がなかった。いったいどこに行ったのだろう……



「その白馬は素晴らしいねぇ。やっぱり譲ってはもらえないだろうか」


 拍手をする丸い黒縁眼鏡の男がそこにいた。転移装置で移動してきたのだろう。


 

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