077:老婆の道標

 酒場は賑やかだった。乗馬レースの人気の高さがうかがえるほどに話題が多い。下りのフジタキ、上りのハシタカが実力も人気も特に高いようだ。


 その中で気になる噂があった。「山の頂上から天に伸びる『豆の木』の先はどうなっているのだろう」というものだ。天から光が降ってきたとか、女の子が舞い降りたなんて噂もあった。


 『豆の木』と呼ばれてはいるが、ただの木のような塔が伸びているだけらしい。登る者もいるが、数十メートル程登ると雲のように広がる靄(もや)までは行けるが、それ以上はどこまで登っても靄から抜け出せず、諦めて下り始めると直ぐに靄から抜け出せるので、何らかの力が働いているのだろうという話だった。


 目的の情報は『海底神殿で守護者を担っていた種族』を探すこと。海底神殿、ベヌスにつながる話は秘密なので、『守護者』というキーワードで情報を集めたがサッパリだった。


 情報収集を諦めて酒場を出ようとしたその時に、白髪の老婆に声をかけられた。


『ヒッヒッヒ。お主は守護者を探しているのかえ。言い伝えに神殿の守護者が、天に昇ったという話を聞いたことがあるぞえ』


「おばあさん。その話は……」

 瞼を開くと老婆はいなくなっていた。辺りを見回しても、そんな人物は見当たらず、誰に聞いても「そんな人いない」と返答があるばかりだった。


 狐につままれた気分のまま宿屋に戻ると、黄色い声が騒がしく飛び交っていた。シウ返し大会で盛り上がっている。


「アカリさん。強すぎます~。誰一人として勝てませんよ~」


「あっ、なぎさちゃんおかえり。3人とも刀の錆にしてやったわ!」


「那由ねえちゃんは、オセロと将棋だけは強かったもんなぁ……あんまり素人をいじめるなよ」


「『しょうぎ』ってなんなのじゃ!」

 ユニに続いてウタハも目を輝かせながらこちらを見ている。


「ユニちゃん、ウタハちゃん。将棋っていうのはね、頭を使って相手をねじ伏せるゲームよ!」


 話題がオセロや将棋の方に行ってしまった。リリスはアカリの近くにちょこんと座っている。どうもアカリと会ってからおとなしい気がする。


「酒場で気になる事があったんだけど……」


 酒場で見た老婆の話をすると、ユニとウタハは怖がっていたがアカリは思い当たる節があるようだった。


「墓守をしていた時の話なんだけど……」


 墓守をしていた時に、墓荒らしを母(ポティアナ)と撃退していた。その撃退した者は必ず翌日に命を奪われ、体中の血液を抜かれていたようだ。

 墓荒らしをこらしめると、口を揃えて「老婆に宝の場所を教えられた」と言っていたという。


「宝…… 宝か…… 確かに僕たちにとって、探している宝といえば守護者を担った種族。天に昇った…… うーん」


「なぎさちゃん。確かに墓荒らしが狙った墓は、かなりの財宝が眠る場所だったわよ。なんでピンポイントに財宝のある墓が分かるのか不思議に思ってたのよねぇ」


「なぎささん! 墓荒らしにとっての宝が財宝なだけで、私たちの探している宝は、天にいるのかもしれませんね!」


「なるほど。老婆の件と血を吸いとる吸血鬼のような話が気になるけど…… 情報がない以上そこに頼るしかないかもしれないね」



 アカリは急に近寄って、僕の右肩を掴むと顔を向けて見つめてきた。優しい猫なで声のような言葉で話した。

「な・ぎ・さ・ちゃん。吸血鬼のようなってどういうことかしらぁ。吸血鬼と言ったら私や母(ポティアナ)のことよねぇ」


「いっ、いや…… そういうつもりで言ったんじゃ…… ゴメンなさい」


「なんてね。冗談よ! ビックリした? なぎさちゃん」



(……こんなんでこの先、心と体がもつのだろうか)


「なぎさ。何を考えているのか顔を見れば分かるわよ」


 リリスに心を読まれたようだ。


 これからハルサンの頂上を目指し、天へと繋がる塔に登ることを考えなくてはなくてはならない。しかし、登っても登っても辿り着けないということは、なんらかの力が働いているのだろう。

 この世界で何らかの力といったら結界しか考えられない。結界はリリスが夢魔を使って魔力を探れば、なんとかなるかもしれない(第30話参照)。


 問題は山の頂上から結界がある場所までどうやって登るか考えなくてはならない。


「なぎさ! また一人の世界に入っているのじゃ」


 ユニに首根っこを掴まれ現実に引き戻された。明日はみんなで山を登って塔まで行ってみよう。今までどんな困難があっても乗り越えてきた。きっと何らかの方法が見つかるはずだ。



 ▽ ▽ ▽

 翌朝、準備を整えて頂上を目指す。ハルサンの北にある山頂側出口から出ると、たくさんの露店が出ていた。人気の馬や騎手の人形や饅頭、木彫りのキーホルダーなどなど…… 何でも商売に結び付けるのはどの世界でも一緒らしい。


 一際賑やかな場所には、馬券売り場らしきものもがあった。近くには人々が新聞らしき物を読んで書き込んでいたり、耳にペンを差して考えている様子がうかがえる。


 左には詰め所や牧場があり、正面には山頂に抜ける門扉があった。右には…… 墓場? なんでこんなところに墓場があるのだろう。


「ああ、にいちゃん。そっちの方に行くのは止めときな。この先は馬たちの墓場だ! レースをやっていると怪我する馬が後を絶たなくてな…… 怪我をした馬は生きていけないから安楽死させるんだよ。そいつらを弔う墓場なんだ」


「そうそう。墓場から馬の鳴く声が聞こえる噂が絶えないから滅多なことじゃ誰も立ち寄らん。目撃者の話じゃ背中が血塗らているらしいぞ」


 この地に来てから、そういう霊的な話が多い。流石に馬の霊には全員総意で会いたくないとの事で墓場には寄らず山頂を目指して進むことにした。

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