074:忌み嫌われる一族
那由姉さんの後ろ姿をじっと見ていた。今まで暗くて分からなかったが、淡く美しい赤色のツインテール。テールはゆるやかにカールしており髪先ほど強い。
黒を基調としてゴスロリを思わせる服装。那由姉さんの趣味とは全く合わない容姿だった。
ユニとウタハは僕にしがみつき、リリスはじっと那由姉さんを見つめている。あまりにも真っ直ぐ眼差しが、足元に向かず何度も足を取られて転びそうになっていた。
国境の砦で「絶対に街道を外れるんじゃないぞ」という言葉が頭の中で繰り返される。那由姉ちゃんだと自分が勝手に思っているだけで、違うかもしれない。冷静に考えて見れば、容姿も違うし喋り方だって違う。現れた時に赤ん坊の泣き声の様な音がしたり、街道の外から来たことを考えると……
ドスン
考えすぎて石につまずいてしまった。後ろにしがみついていたユニとウタハも一緒に転んでしまった。
「ちゃんと前を見て歩くのじゃー!」
「なぎささん酷いです。鼻の頭をぶつけちゃいましたよ」
「なぎさちゃん。しっかり前を見て歩かないとダメよ」
「ハハハ。ちょっと考え事しちゃって…… あれ、いつのまにか森に入ってる。さっきまで墓地だったのに」
「結界を抜けたのよ。この森は私たち一族が住んでいる隠れ里だから内緒にしてね」
隠れ里? 一族? 状況が全く分からない。森に入るとユニやウタハはお墓を抜けたおかげか、キャーキャー言わず黙っている。
リリスは相変わらず那由姉さんをじっと見つめていた。 一体何が気になっているのだろう。
少し歩くと大きな屋敷に来た。厳(いかめ)しい門扉(もんぴ)を抜けると、蔦(つた)の絡まるレンガ造りの西洋建築様式で建てられたお城のような屋敷である。
闇に映えるその屋敷は吸血鬼やフランケン、狼男などでも出そうな雰囲気がある。建物の回りには多くのコウモリがバサバサ音を立て飛んでいた。
観音開きの大きな扉を開けて中に入ると玄関ホームが広がる。出迎えてくれたのは、真っ白な肌に布を巻き付けている長い髪の女性であった。
「ようこそおいで下さいました。アカリの母でポティアナと言います。あそこで祀られているのは父のハイゲイトです」
「なぎさちゃん。アカリって私のことね」
玄関ホールには赤い絨毯が敷かれ、奥に教会にあるような祭壇が見える。祭壇には黒い珠が祀られ、この球がポティアナの言うハイゲイトのようだ。
「アカリ。なぎさちゃんって…… あなたにそんな仲の良い人がいたなんて嬉しいわ。 でも……、私たち一族に関わると良いことはないわよ」
「分かってるわよ! なぎさちゃんにちゃんと説明したいから食堂使うわね」
「アカリ。ちゃんと説明したら好きなようにしていいわよ。私は、墓荒らしが出たからちょっと行ってくるわね」
ポティアナは宙に浮き滑るように扉から出ていった。
祭壇左にある階段から2階の食堂へ案内された。食堂は20人が座れるほどの広さがあり、長テーブルに赤と金の紋様がある真っ白なテーブルクロスが敷かれている。座面が赤く金色に装飾された骨組みの椅子が、各テーブルにキレイに並べられている。
全員が着座すると、那由姉ちゃんは静かに話り始めた。
「私はアカリ。元々は神薙那由という日本人です。とある事情(第72話)で精神だけこの体に転生されました。体は行方不明ですが(外伝リリス1話)、どこか奥深くで眠っていると思います」
コウモリ羽のメイド服の女性が紅茶を配った。心を落ち着かせる芳醇な香りが食堂に広がる。アカリは芳醇な香りを楽しみ、一呼吸おいて話を続けた。
「ここは私たち吸血鬼の屋敷です。祭壇の『黒の珠』に命を捧げた、ハイゲイトの娘の命として転生されたのです。
闇の魔力を有する吸血鬼に光の魔力を有する子供(アカリ)が生まれてしまったので、精神が耐えられなかったのでしょう。ハイゲイトは黒の力を使って『神薙の血』をアカリに与えたのです」
「那由姉さん。黒の力ってこの世界に散らばる色の力のことなの?」
「ええ。守護者を失っているので、ハイゲイトのように命を捧げる必要があります。もともと私たち吸血鬼は魔獣ネメアと戦って討ち死にした人の墓を守っているのです」
「魔獣ネメアといえば私たちサキュバス族がサムゲン大森林で討伐したと聞いているけど」
隠していた角と翼を広げて本来の姿で自分をアピールするように仕草をとった。リリスは那由姉さんに何か惹かれるものがあるのだろうか。
「吸血鬼とサキュバス族は親戚のようなものです。境遇も似ていますからね。わたしの体が生まれる前の吸血鬼はハルサンで生活していました。少数種族でしたが、他の種族と仲良く平和に暮らしていたのですが、ある事件によって終焉を迎えました。それは、家畜の血が一匹残らず吸われてしまったのです。疑われた吸血鬼はハイゲイトとポティアナ以外は全て処刑されてしまいました」
みんなが押し黙った。みんな何らかの影を抱えて生きてきた。それぞれが自分の過去と重ねていたのかもしれない。
「ハイ! 説明おわりっ。なぎさちゃん、私のことは那由姉さんじゃなくてアカリって呼んでね。わたしはこのまま、なぎさちゃんって呼ぶね。リリスちゃん、ユニちゃん、ウタハちゃんとも一緒に旅をするならこの方がしっくりくるわ」
「えっ。姉さ……アカリも付いてくるの? ここは大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ。母さんも好きにしなさいって言ったしここにずっといるのも飽きるからね」
「それにしても那由姉さ……アカリは性格が随分と変わってないか。純日本人って感じだったけど」
「なんかねぇ。記憶とかはしっかり残ってるんだけど、性格は元のアカリが強く出てるみたいなのよねぇ。抗うより受け入れた方が楽なのよ。服装も見慣れたら何か気にいちゃった」
傘を開き担いでクルリと回ってポーズをとる。長いツインテールの髪を引っ張ったりスカートを捲(めく)ったりしている。
「それにねぇ。光り魔法が使えるのよ」
持っているすずらんのような傘先に、黄色い球体が呼び出された。球体を中心に薄暗い部屋が照明を点けたように明かるくなった。
ギャーン、ギャーン…… 黄色い灯りから効果音のように音が鳴っていた。これが赤ん坊の正体か……
「さあ、夜も遅いしもう寝ちゃいましょ」
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