070:友情? それとも……

 ベオカを破壊するため村に向かっていた。村長の許可を得ているからといって合法というわけではない。


 (賞罰に罪がつかなければ良いが……)


 今まで何十年……何百年と時を刻んできた村を破壊することに気が引けている。十数年住んだ実家が、都市開発で取り壊される様子を見ただけで心が苦しくなった。その時の気持ちが、ベオカ民1人1人と重なってしまい心にチクチクしたものが突き刺さっている。


 そんな葛藤と戦いながら『燃料湧泉』で村に原油を撒く。建物だけでなく倉庫や厩舎などベオカ民が逃げなくてはならない状況を作り出さなければならない。

 原油を撒いたら町をある程度燃やしておき、使者が来たら全体的に燃焼させる。誰かに逃げる役をお願いすることも考えたが、そこまでのリスクは冒せない。


 到着を確実に知るため、タマサイ王国の街道から使者が出発するのを待った。


 気分は重鎮を狙う暗殺者になった気分だ。こんな所を見られたら捉えられてどんな処罰を受けるか…… また島流しにされ兼ねない。


 王国首都から使者が出発した。幌の部分が艶やかに黒く塗られた黒塗りの2頭牽きの馬車だ。言うなればこの時代のベンツなのだろう。特段の危険はないと感じているのか、馬を牽いている者は召使い1人で中にはマップで3人いるのが確認できる。


 出発を確認したら先回りをしてベオカに向かう。タマサイ王国からベオカまでの時間を計算して使者たちがベオカに入る前に火を点ける必要がある。村を完全なまでに焼き払うトドメの着火に一瞬の躊躇があったが、思い切って『熱与奪』で火を点けた。

 

 広がるように撒いた燃料を這うように炎が広がっていく。後には引けない状況に心が痛むが作戦を決行するしかない現実。僕の不安を巻き上げるように高々と炎が巻き上がる。燃え盛る家屋、崩れ落ちる建物…… 天高く昇る白い煙が次第に大きくなる。

 ベオカを囲う柵や雑草までもが炎に包まれて焼き尽くされる。脳裏には初めてベオカに訪れた時の様子が今の景色と重なって見えていた。

 

 子供が走っている


 みんな笑っている


 男女が恋愛をしている


 ──みんな大切にしていた…… 思い出の土地を僕の一存で燃やして良かったのか…… もっと別の作戦。この村を焼かなくてよい方法があったのではないか……




「な……なんだこれ……」


 タマサイの使者が到着していたようだ。遠くから見えた煙に一大事を感じたのか数人の男たちが、炎に包まれている村を見て呆気にとられている…… 


 自分の世界に入って考え事をしていたせいで、使者の到着に全く気付いていなかった。最低限度しか姿を見せないつもりでいたがここでミスをしてしまった。バレないように変装をしているので大丈夫だと思うが手痛い失敗だ。


「お前は誰だ! この村の有様は何なんだ!! 怪しいやつ! 殺しても構わんひっ捕らえろー」


 使者と共に馬車の中にいたであろう2人が間合いをとりながら身構えている。戦国武将を思わせる甲冑に刀。侍のような風貌をカッコいいと思ってしまった。その感情が我に返るキッカケとなり予定通り演技を始めた。


「お前ら! 薬草の秘密を教えろー」


「どこに隠れたんだ! お前らの薬草はどこに隠したんだ!」


 ドア蹴とばして家の中を確認してみたり、崩れかけた蔵や建物を破壊して人を探すフリをする。使者と侍は呆然と成り行きを見ていただけだった……


「どこに逃げやがったー 森かー 森に逃げたのかー」


 森に逃げたであろう村人を追いかけるように森の中へ走り去って姿をくらました。


「何をしている! 追えー 追えー」




 ▽ ▽ ▽

 あとは、この使者がタマサイ王国首都に戻ってどういう報告をするかは運を天に任せるのみだ。

 ベオカを破壊して姿をくらましたが、ベオカの様子が気になって仕方がない…… しかしそこは我慢。演技までしてベオカが襲われたことにしたのに、気になって戻ったらあえなく捕獲なんてことになったらたまらない。


 『放火犯は現場に戻る』そんな説が頭に浮かんだ。さっき戻って様子を見たいと思った。いやいやあの説はストレスが原因…… しかし…… 放火は犯罪だ…… 犯罪…… そんなことが頭の中をグルグルと巡っている。



 そんな気持ちをぐっとこらえてコツに戻った。


 演技とはいえ『放火』したときに見えた村の思い出を破壊したことも悔やまれる。もっと良い方法があったのでは…… 村を破壊しないでベオカ民を救える作戦があったのではないかという負い目も心の中に残る。

 

 ベオカ民のため、ベオカ民のため…… そう言い聞かせるが心が晴れることはなかった。


 コツに戻ると沈んでいる僕をリリスたちが励ましてくれる。元気を出さないと心配をかけてしまうことは分かっているんだ。しかし、放火と破壊が心から離れないんだ。

 心の中の靄(もや)が膨らむのが分かる。時折感じる破壊衝動……。このままいなくなった方が良いのだろうか…… リリスや…… ユニや……ウタハは……。


「あんた! いつまでそんな顔をしているの!」

 竜崎が鬼人のように怒っていた。腕を掴んで馬に乗せられた。追うように前に飛び乗って馬を走らせる。


「竜崎。どこに行くんだよ」


「いいから黙って座ってなさい」


 ………… 


「リリスちゃんから聞いたわよ。あなたがベオカに行ってしてきたことを

 いいから黙って聞きなさい! あんたは自分が何でもひとりでできると思ってるんじゃないの? 確かになぎさは強い! だけど昔を思い出してみなさいよ。

 普通の生活、普通の仕事……そして普通の仲間。が、異世界で全部崩れた。でも、みんなは自分なりの正義を貫き必死に生きてる

 あんたは自分の強さに魅了されて何でもできると勘違いしているのよ! この世界で何かの使命を背負わされてるのかもしれないけど、もっと気楽に生きなさい!

 この笑顔はなぎさのおかげなのよ。見てごらんなさい」


 ベオカからコッカオに移動してきた民たちが、笑顔で復興作業をしている。家を建て田畑を耕し希望に満ち溢れてキラキラしているように見えた。


「紛れもなくあなたが中心になって作ったものなの。それにアールド王子や私たち兵士もあなたのおかげで今を生きられる。そのためにしたことなんだから、ベオカの事なんて忘れちゃいなさい。

 この村は私たちコツの領地になったのだから、蒔田先生と一緒に絶対護って見せるわ。

 あなたも、リリスちゃんユニちゃんウタハちゃんをしっかり護って使命を全うしなさい。

 あなたが落ち込んでいる間、みんな本当に元気がなかったのよ!」


「────竜崎…… ありがとう。 元気が出たよ! みんなを大事にしてきっと使命を果たして見せる! いいやつだな竜崎」


「……バカ」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、がんばりなさい! さーコツに戻りましょう」

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