065:先生の信念

 なぎさがお風呂から異世界転生を果たした一方(1話プロローグ参照)……



 ▽ ▽ ▽

 私は蒔田(まきた) なごみ。大学の教師をしている。聖君に誘われて同窓会旅行に行くことになった。『元』とはいえ生徒の誘いで旅行なんてとも思ったが、なぎさ君や里中さん、竜崎さんたち教え子もたくさん来るので参加することにした。


 行き先は『温泉』。きっとなぎさ君が企画したに違いない。昔から温泉が大好きだったもんなぁ。


 旅のしおりまで作って郵送してくるとは随分と気合が入っているのが分かる。

 学業もこれくらい力を入れてくれれば……なんて思うこともあるが、自分の好きな事に熱中出来るというのはすばらしい。



 そして温泉旅行(運命)の日。バスに乗って温泉宿に向かっているときに不思議な事件に巻き込まれてしまう。

 高速道路を走るバスの窓から景色を眺めていたら、急ブレーキがかけられて強く横に振られ、窓の外に見える景色が光が包まれると草原へと変わっていた。


 瀬場(運転手)さんによると、バスの前方に忽然と現れた光の環を避けたが、その光に吸い込まれ別の場所に移動してしまったようだと話している。


 いかに私が異世界小説が好きだといっても現実に起こるとは信じられない。(……異世界小説が好きだという事実は生徒にはナイショだけど)


 それにしても心配なのがなぎさ君。彼だけがバスのどこを探しても見つからない。


 現実では考えられない出来事に、車内に軽い混乱が見られたが、わたしと一緒に瀬場さんがみんなを落ち着かせてくれる。


 程なくすると、兵士がバスを取り囲み物珍しそうに観察していたが、服装から身分が高そうな人が前にでてくるとビシッと整列した。


「ようこそスカイブ帝国へ。みなさんを客人として迎えたい。おとなしく城まできていただきたい」


 そうは言っても『はい、そうですか』とついて行くわけにもいかない。先生として皆を守る義務がある。

 

「わたしはスカイブ帝国将軍ジュクシだ。疑う気持ちも分かるが、私たちが君たちをこの地に召還したのだ」


 状況的にその言葉を信用するしかなかった。現実世界での瞬間移動は現実的ではなく、兵士たちの服装が日本人という概念からかけ離れている。

 そうなると、抵抗して非協力者として扱われるよりは僅かな期待に賭けた方が良いと判断した。


 ジュクシ将軍を先頭に、兵士たちが丁重に城へ案内してくれる。

 通された場所は城の客間なのだろう。王宮を思わせる美しい造りの部屋で召還の経緯と目的、わたしたちがなすべき事を教えられた。


 目的はグレイター迷宮の秘宝を見つけ出すこと。参加は自由で協力してくれる間の面倒は全てみてくれる。嫌になったらいつでも断って構わないが、元の世界に戻す術はないと言う。 

 脅しのような説明だが、私たちは協力するしかなかった。他に行く場所(アテ)の無い私たちが生きていくには、ここに頼るしかない。



 グレイター迷宮は魔獣が闊歩しており秘宝を探すためには戦闘が不可避である。

 異世界人である私たちは、この世界の住民よりスキル適正が高く身体能力の向上が早いので秘宝を見つけ出せる可能性が高いということで白羽の矢が立てられたようだ。


 他国よりも早く自国の秘宝を手に入れれば、その力をもって世界を統一して平和な世の中にしていきたいと帝国は訴えている。


 その真剣に訴えていた将軍の気持ちに協力する道を選んだ。

 

 チームを分けて帝国の秘宝を探すグループと、他国の秘宝を探すグループに分けられた。


 スキル特性が特に高い『聖君、里中さん、古式さん、斉木さんパーティー』と『私、竜崎さん、アンガス君、天城さんパーティー』が帝国にあるグレイター迷宮で秘宝を探す。

 他の生徒たちは、他国の秘宝を探すために別動隊となって出発した。……そういえば瀬場さんのことをバスを出てから見かけていない。


 帝国に残ったわたしたちはスキル訓練を重ねた。ジュクシ将軍と対等にまで戦えるようになると、グレイター迷宮に潜り秘宝探しをする毎日。

 迷宮は奥に進むにつれて魔獣のレベルが少しずつ上がっている。この少しづつ魔獣が強くなる迷宮のおかげで、自分たちは徐々に力をつけていくことができた。


 25階は地下とは思えない自然が多い階層。まるで休息地点として整備されたように緑が広がり美しい台地。あまりの素晴らしさに住み着いた者もいるくらいである。


 この辺りまで到着した頃、帝国が平和のために秘宝を集めているというのは建て前なのではないかと思うようになっていた。

 私たちに秘宝を探させるために耳障りの良い事を言っているが、平和のための秘宝ではなく、侵略のためにうまく使われているのではないかと思う節がある。


 今、この場にいる私以外の7人の生徒に考えを伝えたが、聖君のパーティーはそんなことはないと私を突っぱねた。

 立派な住まいや金銭を私たちに与えているのは、少しでも早く平和を実現する投資だと言ってきかない。


 聖君は、今回の事を裏切りだと帝国に報告したことでスカイブ帝国から私は追放されることになった。


 竜崎さんだけは、私の考えに共感して一緒に街を出てくれた。私たちは、近くにある『フクロン』を当面の拠点として今後のことを考えた。


 道中には魔物や盗賊が襲ってきたが、戦闘訓練を積んできた私たちは負けることはない。 


 村に到着した私たちは、魔物を討伐して素材などを売ることでお金を作り食事や宿代などの生活資金を確保する。

 ここでしばらくお金を稼ぎ、西のリュウゴーン共和国か南のタマサイ王国に身を寄せようと思っている。しかし、この世界の事は何も知らされていないので、お金を稼ぎながら情報を集めてどちらに行くかを決める。


 この町の食堂で、緑色の髪をした女性が男性3人に戦闘の失敗を擦(なす)り付けられて良く怒られているのを目にしていた。女性に何度か声をかけたが、ウタハと名乗り「大丈夫です。私が力不足で……」と助けを求めてくることはなかった。


 フクロン周辺の探索にも慣れ、北西のドエマエ洞窟に行く途中で倒れている男性を発見する。名前はミルド。かなりの怪我を負った状態で倒れており回復に特化した私の魔法で治癒する。

 傷は癒せても多量の出血に伴う体力までは戻すことができず、キャンプを設営して治癒魔法を使いつつミルドの回復を待った。


 ミルドの話では、知らない男に問答無用で戦いを挑まれ、全く歯が立たないまま敗れた。男は『ゼロ』と名乗りトドメを刺すことなく去っていったと言う。

 私たちの事情を話すと、ヨハマ帝国にあるコツに向かうので一緒に来て欲しいと頼まれた。

 助けてくれたお礼にコツに住処を用意させて欲しいとお願いされ、行く当てのない私たちはお誘いを受けることにした。


 コツに向かう前に、ウタハを誘おうとしたが、スカイブ帝国のトーナメントに参加をするため既に出発していた。


 その後、風の噂で仲間に見捨てられ、通りすがりの男性に助けられたと聞いた。あの子を見るたびに心を痛めていたので、良い人に巡り合えたことを祈るばかりだ。




 ▽ ▽ ▽

 ヨハマ連邦コツに入ると、流行り病が蔓延して大変な状況だった。ミルドは直ぐに医者を連れてくると首都に戻った。


 その間に私は回復職としてコツ民を治癒し、竜崎さんには近隣の魔獣討伐をお願いしミルドが到着するまでコツを守っていた。


 ミルドが戻る前にコツの流行り病は終息させることができたが、病に倒れた人も多く、民のために尽力していた領主もまた犠牲になった。


 人々の病を回復魔法で治癒をしていると、次第に『聖女様』と呼ばれるようになったが恥ずかしくて嫌だった。しかし、竜崎さんの勧めで意気消沈している人々の希望になればと『聖女』として振る舞った。



 病により失った領主の後任に『聖女様』。病に倒れた兵士に代わって1人で魔獣を撃退し続けた『竜崎さん』を将軍にと、民とミルドからお願いされた。


 領主を一存で決定できるミルドは『ミルド・ベイ・ヨハマ』。ヨハマ連邦の第2王子。皆からは聖女様と呼ばれ、ミルドからも神の使いと崇められたら断りにくい。そんな中、竜崎さんは先生が領主になるなら将軍になると言ってきたので渋々だが了承した。



 領主になると農学と工学を専門としてきた私は知識を生かして開墾と治水に力を入れた。新しい農具や農法に取り組み、竜崎さんは兵士を厳しく鍛え直した結果、ヨハマ連邦1の豊かさと強さを兼ね備えた街と言われるまで成長させた。


 コツ民は穏やかな人が多く、領主となった私の方針に精いっぱい答えてくれた。コツ民が一丸となって国を豊かにし、竜崎さんの軍団がそれを守る素晴らしい領地となった。


 今は竜崎さんの隊が鉱山から湧きだした魔物の討伐に向かっている。無事に帰ってきてくれることを祈るばかりだ……

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