064:それぞれの出会い
アトラク=ナクアに少しづつ染み込ませた原油の臭いが鼻につくまでに広がった。刃を避けながら少しづつ間合いをとっていく。
刀で捌いて火花でも出したら、着火して自分にまで被害が及んでしまう。
1滴のわずかな雫を『燃料湧泉』で生み出し『熱与奪』で着火。
小さな小さな火の玉をアトラク=ナクアにぶつけると、全身に染み込んでいる原油の上を走るように炎が広がっていく。
炎に包まれたアトラク=ナクアは、叫び声をあげながら身体を地面にこすりつけて火を消そうとするが、燃え盛る炎はこすった程度で消すことは出来なかった。
鎮火した頃には体中のあちらこちらに『プスプス』と焦げ、臭いが辺りに広がっていく。
戦う力を失ったアトラク=ナクアは触肢を治した糸を体中に巻き付けて、太い糸を遥か彼方鉱山に向かって放つと、ゴムの作用で引っ張られるように消えていった。
『覚えておれよ人間! お前の容姿は覚えた。絶対に仕返ししてやるからな……』
アトラク=ナクアの恐怖は去った。が、この場には僕へ向けられた恐怖だけが残った。
「あ、あんた何者……」
級友であった竜崎まで小刻みに震え、僕に恐怖の感情を抱いているのが分かる。
「何言ってるんだい。僕だよ『岩谷 なぎさ』だよ」
竜崎を抱き起して、傷が癒えていない連邦兵たちにポーションで癒して回った。
竜崎はその場から身動き一つとらずに立ち竦(すく)している。目だけは僕の一挙一投足を追っていた。
「おい、竜崎! いい加減にしっかりしろ」
竜崎の元に駆け寄って両肩をがっしりと掴み、ゆさぶって意識を取り戻させる。
「はっ、ごめん。 連邦兵を助けてくれてありがとう。それと私を守ってくれてありがとう……」
意識を取り戻した竜崎は、連邦兵を取りまとめて、兵士の状態確認に回った。武具の損傷はひどかったが、アトラク=ナクアは切り刻んで嬲(なぶ)る趣味だったのが幸いして、重傷者はいたが死者は奇跡的に0(ゼロ)であった。
「みんな無事でよかった。本当によかった…… なぎさ。本当にありがとうね。一度コツに戻るから一緒に来てちょうだい」
右手を掴まれ引っ張られるようにコツに向かった。……願わくば不法滞在を忘れてくれているとありがたいが。
▽ ▽ ▽
リリスとユニはヨハマ連邦首都を見下ろせる丘まで来ていた。
城壁で囲まれた中央には童話から飛び出したような美しい城が築かれ、城を取り囲むように街が広がっている。街並みも洗練されており流石に首都を銘打っているだけあるといった感じだろうか。
城門の近くでユニコーン化を解いいたユニとリリスは城門に入り入国審査を受けた。
女性二人で、馬もなく徒歩による入国希望というのを怪しまれたが、『ヨハマ連邦Aランク許可証』とアールド王子からもらったコインで審査官の手の平がくるっと返り丁重に通してもらうことが出来た。
城門を抜けてお城に向かう2人を待っていたのは…… ナンパだった。美しい女性が2人で歩いていると、声をかけてくる男性が多い。そんな中には迷子だと思ったのか優しく声をかけてくれた老人もいた。
城に向かって逃げるように早く歩いていると後ろをついてくる男性たち。 ……一体この街の人たちは何なのだろう。そんなところへガチャガチャ音をたてながら慌てた兵士たちが走って迎えに来た。
「リリス様、ユニ様アールド王子より丁重に客間に通すように命じらておりますのでご案内させていただきます」
後ろに群がっていた男性たちは、潮が引くように去っていった。「ヤバイ」とか「貴族関係か」とか言っていたのが微(かす)かに聞こえた。
それにしても、アールド王子にもらったコインはどれ程のものなのか。国境も素通り、城門も素通り、城の中にまで案内してくれる。
衛兵に要件を伝えるとアールド王子に取り次いでもらうことはできたが、トウカン砦に遠征中で今日は戻らないと説明を受けた。
久しぶりの再開となるはずだったが、どうやらコインを持った私たちが城に来たら丁重に客間に通すように言われていたようだ。
王子の帰りを待つ滞在先とし、城の客室を用意してくれた。2人で過ごすには大きすぎる部屋、フカフカなベッドに寝ころぶと今の状況を忘れてしまいそうになるほど居心地が良く、これまで疲れもあってぐっすりと眠ることが出来た。
次の日、衛兵よりアールド王子が帰還されたので準備ができ次第客室に来ると連絡があった。
コンッコンッコンッ
アールド王子は扉を開け、一礼をしてから客室に入ってきた。直ぐに駆けつけてくれたのであろう、髪は乱れ汗をかいている。
「おふたりとも先日は魔人に襲われた所を助けていただいてありがとうございます。今日はなぎささんやウタハさんとご一緒ではないのですか」
「事情があって別行動をとっています。今回はアールド王子にお願いしたことがあってきました」
……(事情説明)……
「うむ……タマサイ王国か。王が死に第一王子が跡を継いだのは聞いていたが随分と好戦的な王に変わったんだな」
「よし。私がベオカ民の救出を手伝ってやる。コツも最近領主が変わったばかりだから一緒に行って話をつけてやろう」
私たちに準備をするように促し、王子はすぐ準備に取り掛かると部屋を出て行った。
他国の民の危機への協力は、国同士の争いに発展しかねない事案に快く引き受けてくれた王子に感謝するのみだ。
出立の準備を整えて城門に案内されると、既に王子は護衛二人と共に待機していた。私たち用には、馬車が用意されコツに発った。
▽ ▽ ▽
ウタハは出発する期限まで、ベオカ民の戦闘要員に訓練を付けていた。スカイブ帝国のグレイターセクション優勝が箔となり村民は訓練中は積極的に指導を受けた。
今まで人に戦闘を教授されたことがないので、どう教えれば相手のためになるのか全然思いつかなかった。
下手に手を出して出発前に怪我をさせてしまっては大変なので、相手の攻撃を全て受け流すようにしていた。
「それにしてもウタハさんお強いですね。村の中でも選りすぐりの者が束になっても全く歯が立ちませんよ」
「戦乙女の二つ名を持っているんですものね。戦乙女といえば、戦いの勝敗を左右する鍵であるという…… こちらの陣営にいてくれる限り負けるわけはないってことですよね!」
「そ。それは…… なぎささんやリリスさんたちが動いているからきっと大丈夫ですよ。ただ、恥ずかしいので『戦乙女』は止めてください」
「そんな謙遜しなくてもいいんだよ。ウタハさんの強さに、この町でかなう者は1人もいない。それにこの町にとっては守り神みたいなもんだ」
ウタハを取り囲むように村民が集まってニコニコと和やかな雰囲気になっていた。憧れの対象が、照れているウタハが弱さを演出し身近に感じさせたのだろう。
【物語解説】
ヨハマ連邦の首都ヨハマは、美しい女性を見たら、声を掛けるというのが通例となっている。一夫多妻制をとるこの国では、多くの妻を娶(めと)る事がステータスとされている。
声をかけて断られた男性は素直にその場を去らなければならないが、リリスとユニは恐怖で逃げるように無視していたため声をかけた誰かを選んでいるのだろうと思われていた。
国が変われば常識も変わる。国民性に翻弄された出来事だった。
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