先生の信念
060:ヨハマ連邦に向けて
バチ王国からヨハマ連邦に入るには国境を超える必要がある。地図によるとトウカン砦と銘打ちヨハマ連邦が守護しているようだ。ヨハマは連邦制を引いているのか、中央政府の『ヨハマ』を中心に『タン』『アゼ』『コツ』の4つの州で構成されていた。
地平線の先に砦が掲げる旗が見えたところで異変に気付いた。砂埃が竜巻の様に巻き上がり、大きな炎が立ち上っている。どうやら砦で大規模な戦闘が行われているようであった。
「ユニ。急いで」
「分かってるのじゃ。任せるのじゃ」
ユニは砦に向けて走り出す。荷物と一緒に右へ左へ大きく揺られる程にスピードが出ている。砦に近づくにつれ戦っている相手がハッキリと魔物であることが分かった。体調が3メートルを超えているであろう双頭の犬。マップによると『オリュトロス Lv40』。対する兵士は『Lv28 アールド・カリナ・ヨハマ』を筆頭にレベル20前後の兵士が20名程度で小隊を組んでいる。
……ヨハマ? 今向かっているヨハマの国名を冠する兵士がいる。ひときわ目を引く赤を基調とした鎧を身に着けたアールドを中心に陣形が組まれ応戦していた。
オリュトロスの激しい爪攻撃をアールドが引きつけ、隙を見て弓兵と魔導士が遠距離から攻撃している。魔物に大きなダメージを与えてる様子は無く、ときおり剣士にヘイトが移り、一人……また一人と倒されていく。
アールドの力で持ちこたえているが、隊を構成する兵士の力が圧倒的に足りていない。懸命にオリュトロスのヘイトを稼いで激しい爪攻撃を受け続けているが、剣に蓄積された疲労が限界に達したようで、根本からポッキリ折れてしまい、刃が弾けて地面に突き刺さった。
「もっと急ぐのじゃ」
オリュトロスの爪が、防ぐ手立てを失ったアールドを襲う。必死で馬車を全速力で走らせるユニ。僕は荷車から身を乗り出し、ジゲンフォのバックから一本の剣をアールドに力いっぱい投げた。
「この剣を使ってください」
大声で叫んだ──
以前、試作品として作ったドラグナイト鉱石を『変質』させて作った剣だ。僕の手を離れ回転しながらアールドに向かう。
……剣をしっかりとキャッチしたアールドは鞘から剣を抜いてオリュトロスの爪を受け止める。捌くように剣を滑らすとそのまま爪を切り落とし、返す刀でオリュトロスの頭を切りつけ双頭の片側を切り落とした。
頭を切り落とされたオリュトロスはもがくように暴れ激しく砂埃を上げている。暴れまわるオリュトロスの足爪が偶然にもアールドの腹を貫いた。
「グフォッ」
リリスの氷刃とウタハの矢を受けたオリュトロスはトドメを刺され。動きが止まり灰の様に散らばって消えていった。
大きなダメージを受けたアールドは腹を抑えながらその場に倒れ、徐々に顔色が悪くなっていく。
「王子」
連邦兵士はアールドに駆け寄って何回も何回も『王子』と叫び続ける。魔導士は必死に回復魔法をかけ続けるが傷が深く回復する程の効果は得られなかった。
その場に居合わせたものの、全く知らない相手を助けて良いものか分からなかった。しかし、そのまま見殺しにすることは出来ず、霊芝草100%ポーションを傷に直接振りかけた。(人前で緑水を使った強力な治癒は最終手段として残し回復薬を用いた)
アールドの傷は、みるみるうちに塞がり出血が止まったことで顔色も戻った。手に足に力が戻ったことで、上半身を起こして右手で額を抑えて顔を振る。
「うぅ…… うう…… 私は助かったのか……」
アールドが片膝を付きながらゆっくり立ち上がると、周りで不安そうな顔をしていた連邦兵士の顔が一瞬で晴れやかになり歓声をあげた。このアールドという男はよっぽど慕われているのであろう。
「君のおかげで助かったよ。私はヨハマ連邦第1王子『アールド・カリナ・ヨハマ』。貴殿のおかげで無事にオリュトロスを討伐する事ができた。礼を言う」
「私は行商人のなぎさと申します。オリュトロスを討伐したのは、アールド王子あってこそです。それにトドメを刺したのは仲間たちです」
ユニは大人になったのか、馬のまま変身を解いていなかった。人前で変身を解かないように言っておいたのをしっかり覚えてくれていた。
「リリスと申します。王子様」
「ウタハと申します。王子様」
2人が王子に挨拶している時に、ユニは大きな溜め息をついて顔を左右に振っている。表情からも不機嫌な様子がうかがえる。
「兵士たちよ! 客人たちを砦に案内する! もてなしの準備をするのだ!」
連邦兵は一斉に砦に向かった。アールドが砦に入ったのを見計らってユニを人型に戻して砦の中へ入った。
レンガを積み上げて作られた風貌はいかにも砦。左右の見張り台から数名の兵士たちが様子を窺っているのが分かる。門扉(もんぴ)を抜けると検閲所で兵士が忙しそうに検査をしている。そこを素通りし客間らしき部屋に通された。
「ユニなのじゃ。王子様よろしくなのじゃ」
通された部屋に入るやいなや挨拶をするユニ。よっぽど放置されていたのが気に入らなかったようだ。
戦闘中にユニは荷車の中で隠れていたことにして、馬は先ほどのオリュトロスとの戦いで逃げてしまった事を伝える。するとお詫びとばかりに2匹の馬を都合してくれた。仕方がないとは言え、ユニが気に入っている荷車を他の馬に牽かせることが物凄く嫌なようで、ずっと不機嫌な顔をしていた。
「お主が貸してくれた剣は素晴らしい切れ味だ。一体どこで手に入れたのだ」
「それはとある町で手に入れた剣です。馬を都合していただいたお礼に差し上げます」
「いやいや。命を救ってもらった上に素晴らしい剣までいただけんよ…… いや、この剣は民を守るために是非とも活用したい。もし良ければ、首都ヨハマまで来てはもらえんか。命を救ってもらったお礼と剣のお礼をさせてもらいたい」
「分かりました、次の行き先としてヨハマに向かっていましたので、是非そうさせてもらいます」
どちらかというと謝礼より情報が欲しかった。1国の王子といえば色々な情報をもっているだろう。何らかの色の話が聞けるかもしれない。
アールド王子と話をしていると、民の事を第1に考えている人柄の素晴らしさが伝わってくる。もしかしたらヨハマで新たなお店を開けるかもしれない期待があった。
砦で僕たちのランクプレートに『ヨハマ連邦Aランク許可証』を付与してもらった。さらにヨハマ連邦で困ったことがあったら見せると良いと言われて、王子からそれぞれに美麗なコインを渡された。
首都ヨハマに向けて出発しよう馬車に乗り込んだ時にウタハの元へアルラウネ(召喚獣)から連絡が入ったようだ。
「なぎささん、アルウラネから緊急のお願いがきています」
ウタハの召喚獣アルウラネ。サムゲン大森林で霊芝草を護っている魔獣である。その魔獣からサムゲン大森林が大変なことになっているので助けて欲しいとお願いされたようであった。
「アールドさん。急用ができてしまったのでヨハマへは改めて伺わせていただいてよろしいでしょうか」
「おーそうか。それは残念だ。君たちならいつでも大歓迎だ…… その要件が終わったら必ず来るんだぞ」
「分かりました。ぜひ伺わせていただきます」
トウガン砦を出ると、西の首都ヨハマではなく北のタマサイ王国キク方面へと続く街道へ馬車を走らせた。
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