059:旅の目的【第4章完】

 ハッコウからバチ王国に向かっていると、奴隷商人ナンシの護衛である剣闘士サンガと拳闘士ウンガが待ち構えていた。


「お前たちのおかげで目が覚めたよ。2人で組めば俺たちに勝てるのは勇者だけだと天狗になっていた。緑の女に秒殺でやられたお陰で己の浅はかさを思い知ったよ! 傭兵を辞めて修行の旅に出ることにしたんだ。今度会ったときはまた手合わせしてくれよな」


 2人は去っていった…… またどこかで会うことがあるかもしれない。



 バチ王国首都を越えて南にあるユッタに向かっていた。街道で馬車を牽くユニが上機嫌に鼻歌を歌っている。


「ユニは本当に馬車を牽くのが好きねぇ」


「そうなのじゃ。この特別製ユニ用荷車はお気に入りなのじゃ。この感触を知ってしまったら、もう他の馬車は牽けんのじゃ」


「ユニさんはずっと馬車を牽きっぱなしで、あまり休憩をとっていないですが疲れたりはしないのですか」


「それはじゃな~。なぎさに協力してもらっているのじゃ。なぎさの体力を角でいただいておるのじゃ。丸薬と違って好きなだけ取り込めるし、味も格別なのじゃ」


「それで疲れが取れるならお安い御用だよ。スカイブ帝国から移動したときは大変だったからね」


「リリスの提案なのじゃ。その時に角で体力回復できることが分かっていれば、幽霊屋敷で怖い思いをしなくて済んだのじゃ。それにリリスはマッサージをしてくれて優しいのじゃ」


「ユニ、それは言わない約束でしょ。もうやってあげないわよ」


「ゴメンなのじゃ、もう言わないからモミモミするのじゃ。 ……ほっ、ほらユッタが見えてきたのじゃ」


 ユニは誤魔化すように馬車のスピードをあげて町門に向かって走り出した。


 ユッタはヨハマ連邦との中継地点として多くの人で賑わっている。スカイブ帝国のトーナメント、バチ王国のオークションのような大きなイベントがないヨハマ側から来た人が多いようだ。


「なぎささん、あの『きっさてん』とは何のお店なのでしょう」


 オシャレとは程遠い街並みに1件だけ場違いなお店がある。ガラス越しに店内が見える淡い青を基調とした西洋風のお店で、ここだけ浮いた感が強く日本の喫茶店を思い出させる。ウタハはここを指差していた。


「……この匂いは……コーヒー。みんな、ちょっと行ってみよう」


 扉を開くとカウンター席が10席ほど並んでいた。背の高い椅子が置かれ奥には4人掛けのボックス席が2ヵ所用意されている。

 店員にボックス席に通され、テーブルに置かれているメニューを何気なく見ると…… ん!? 日本でコーヒーショップに入った感覚だった。


「いらっしゃい。きみ日本人でしょ?」


「えっ!? あっ……はい」


「ビックリしたでしょ。『席に座ってメニューを見る』動きがこの世界の人じゃなかったんだよねー。私は、田下るり。不思議な光でこの世界に飛ばされた日本人よ」


 突拍子もない話に何も言えなかった。リリスたちも意味が分からないような顔で僕と店員とのやりとりをじっと見ている。


「もうこの世界に来て何年経ったかなぁ~。コーヒー好きが転じてこんなお店を開いたけど、あんまりお客が来なくてねぇ。まあ、飲んでいってよ」


 店員はカウンター奥に引っ込むと、コーヒーの良い香りを漂わせながら真っ白なカップに黒い液体を注いでいる。微かに届く香りが心地よい。

 トレーに乗せられたコーヒーとクッキーがテーブルに置かれると、芳醇な香りが一気に広がりみんなの目を輝かせる。


 店員はカウンター裏から丸椅子を持ち出し、ボックス席の脇に置いて座ると、マシンガンの様に話し始めた。  ……30分 ……60分 話が尽きない……


 要約すると、数年前にこの村に飛ばされてしまったが、妙な力があったおかげでギルドの依頼をこなしながらお金を稼ぐ事が出来た。

 コーヒー研究家だったこともあって、持ち歩いていた未焙煎のコーヒー豆を、畑に蒔いて育ててみたら不思議と良く育ったので、お店を建て喫茶店をオープンしたということらしい。

 さらに話は続き、タマサイ王国の国王が死亡した件、ヨハマ連邦の最西端にあるコツの領主が聖女様にかわって、人々を癒し木々を育てている。といった話を次々と聞かせてくれた。


 コーヒーは素晴らしく味が良い。リリスたちは苦そうに飲んでいたが、砂糖とシウ乳を入れると瞳の中に星ができる程喜んで飲んでいた。

 久しぶりの美味しいコーヒーに心が洗われる。コーヒー豆を買い付けて各地でコーヒー文化を広めるのも面白いかもしれない。



 ゆっくりコーヒーを飲みながら、これからのことを整理していた。


 僕たちは平和に暮らせる地を求めて旅をしている。しかし、色の力は使い方によっては絶大な力を発揮し領地を奪い去ることが出来てしまう。


 タマサイ王国にあった紫の力。『変質』『変性』の能力。武具の量産や壁の作成。壁は守ることにも、兵糧攻めなど攻撃としても使える。


 スカイブ帝国にあった灰の力。『燃料湧泉』『熱与奪』。街や村、城さえも焼き尽くす。燃料の知識があれば爆発だって可能だ。


 バチ王国にあった茶の力。『地熱』『土壌改良』。地域一帯の気温を上げ下げし土壌を改悪することで、相手の畑を枯らし食料不足に陥れたり、極端な気温変化で民に強いストレスを与えることができる。自陣の食糧事情を大きく改善することさえできるのだ。


 色の力に能力の違いはあるが、野心を持った国のトップがこの力を得たら、その国1強となる世界大戦が勃発する恐れがある。


 ドリアラも世界の均衡を破る力となり世界が混沌に包まれる。そう言っていた。今、僕の周りにはリリス、ユニ、ウタハがいる。共に手練れ揃いの仲間たちだ。


 この出会いをもたらしてくれた世界を平和にしたい。いや、平和にするなんて大それたことは言わない。色の力がない均衡を保った世界であってほしい。そう強く思っていた。


「なにを考えているの。顔つきから大体分かるけどね。気にしないで自分の好きなようにしたらいい。私はなぎさについていくだけだから」


「なんじゃなんじゃ。ユニには分からんのじゃ。 分からんでも、何があってもなぎさに付いていくのじゃ」


「わたしも分かりませんけど、なぎささんやリリスさん、ユニさんと一緒に旅をしたいです。何があってもついていきますからね」


 ユニとウタハは同時にガッツポーズをしてリリスの手を取った。


 いま考えていることを皆に説明した。色の力を全て回収し、均衡を保った世界が続くように旅をしていきたいことを。


 ……その中でお風呂を広める活動を考えつつ、落ち着いたらメイシンガの二の舞にならないように、お風呂屋さんを開業できる場所を探したいことを。


 今までの経験では、1国に1個の力が眠っている。もしかしら複数ある可能性もあるが、色の情報は何もない。ここから西のヨハマ連邦を抜けた先にあるマーマー共和国で海底神殿への生き方を調べれば、なんらかの情報が掴めるのではないか。


 旅の目的は決まった。あとはそれを仲間と共に遂行するだけだ。新たな旅が幕を開けようとしている。


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