058:女神への嫉妬

 部屋の空気感が変わった。急激に暖房の設定温度を上げたように温度が上昇していく…… 暑い ……いや、熱い。それでも更に上昇を続ける。


 水の力を氷化して、自身を囲うように壁を作った。徐々に溶ける氷壁、上がり続ける温度との戦いであった。とは言っても厚めに張った氷の壁が、周りの空気を冷やして寒さの方が勝っていた。


 さらに上がる温度が、氷壁を溶かす速度を早めていく。負けじと氷壁を作り続けて対抗する。一進一退の闘いが繰り広げられていた。



「なかなかやりおるな。それならこれならどうだ! お主の力を見せてみろ」


 一転して急速冷房をかけたように温度が下がる。寒い…… 凍えそうだ。ついには空気中の水分まで凍り始める。


 『燃料湧泉』により原油を広げて『熱与奪』による着火。火柱を発生させて寒さから身を守った。床や壁にまで凍りつき白くなっていく。それでもとどまることなく部屋の温度が下がっていく。




 ▽ ▽(その頃リリスたちは)▽ ▽

「それでね。なぎさったらね……」


「そうなんですかー。やっぱりなぎささんはカッコいいですね」


「ウタハ。お主もなぎさを狙っているのか」

 

 リリスたちは快適な小部屋で女子会に花を咲かせていた。美味しい紅茶と美味しいクッキーが心を緩め、会話の盛り上がりを助長していた。


「リリスさんの寝首をかけば私のモノになるのかなぁ。フフフ」


「ウタハ。お主は過激なことを考えるのじゃな」




 ▽ ▽ ▽

「お主はファザリアの力も得ておったか。紫に灰に私の茶とは、ずいぶん地味な運をもっているのだな。気付いているかもしれんが、この戦いは端から見たらずいぶんと地味なのだよ。二人とも一歩も動いておらんからな。」


 必死になって対抗していたので気づいていなかった。今までの物理的な戦いではなく、能力同士の戦い。下手をすると一人でエアコンと戦ってように見えるかもしれない。しかし好機がおとずれた。レアーが独り言を言ったおかげで居場所を知ることが出来た。


「赤とか青ならカッコいいぞ。白や黒はそうそうは手にはいらんからの……それで──」


 レアーはこちらの動きに気づくことなく話続けている。少しづつ火柱を移動させて、バレないように『変質』の射程圏内までゆっくりと移動した。


 まだまだ喋り続けているレアー。射程圏内まで詰め寄ると一気に『変質』で土を隆起させてレアーを閉じ込めた。


「あっ、お主っ、何をするのだ。分かった分かった止めてやるから囲いをどかせっ」


 部屋の温度が上がっていくと凍りついていた壁や床の氷も溶け、室温は快適な温度に戻っていった。


「お主なかなかやりおるの」


「ファザリアさんとヘルメスさんのおかげです」


「それじゃあ、そこに私も加えてもらおうかの」


 ルアーは首にかけている『茶の守り』をひょいっと投げた。キャッチすると、手には『ミニ埴輪の首飾り』が握られていた。 ……不思議なセンスだ


「お主、今失礼なことを考えたろ! まあ良い。茶の力は『地熱』と『土壌改良』だ。 地熱を使って温度を上げることも下げることも出来る」


「さっきの温度変化はこれを使っていたんですね」


「うむ。お主がボソッと言っていた、『く~ら~』というものも同じなのか」


「いえ、クーラーは液体の熱を使った機械なのですが、仕組みは良くわかりません」


「まあ良い。それと『土壌改良』はその名の通り。土壌を良くして植物が育つのを助けるのだ。悪くすることも出来るがお勧めはせん」


「レアーは豊穣の女神様なのですか?」


「昔はそう呼ばれていたこともあった。今は、地味な茶色の守護者なのだ。まったく。豊穣と言えば黄金色に実る稲をイメージするのに…… 茶じゃなくて金の守護者にすればいいのに」


 この守護者は時折愚痴っぽくなるようで、しばらく愚痴を言い続けていた。愚痴が長くなりそうなのですかさずフォローをいれる。


「美しいゴールドの髪に美しい顔立ち、豊穣を司るだけあって確かに金色が似あうと思いますよ。さらに縁の下の力持ちで人を気遣いできる人柄。手が届きにくい金色より親しみのある茶の方が良いのではないでしょうか」


「うむ。親しみやすいか。わしは民から親しみやすい存在か…… ぐふふ…… 良いのじゃ良いのじゃ。お主これもやろう」


 そう言って、紫に輝く水晶のような塊を渡された。『魔水晶』と呼ばれる鉱石で『変質』を使ってビー玉程度の球に加工する。

 その球に簡単なプログラムを想い描いて魔力をこめるて、無機質な物に組み込めば、プログラム通り動かし続けることができるそうだ。


 注意点は球体の質量によって込められる魔力量に違いが生じ、適宜補給しなくてはならない。繰り返しの作業や偵察に活用できそうである。


 僕たちが見た紫のゴーレム『ぴぃちゃん』は、遺跡に入った者を迷わせるように『変質』を使って壁を作ったり消したりするようプログラムされている。100体ほど放たれているので、探索するなかで、その仕組みに気づくか、壁を壊してここまでたどり着いた者に試練を与えていた。


 この迷宮も挑戦する者を育てる仕組みであったが、ここの城主が自分の兵士を鍛える場所するために、迷宮の入り口を城の蔵に隠してしまった。そこで鍛えた兵士が様々な場面で活躍したことから、その蔵を国の宝として伝えたので、宝物庫と伝聞されたようだ。


 レアーには、ここで茶の力を僕に授けたことを内密にするようにお願いして、別部屋にいるリリス共々入り口付近の隠し部屋に転移してもらった。


 転移の際にレアーが「お主はわしの好みじゃ。身を固める気になったら娶(めと)りにくるのだ」。いきなり首に抱きつかれ、首を吸われるようにキスをされた。




 ▽ ▽ ▽

 小部屋に転移された僕は無事にリリスたちと再開することが出来た。3人は僕にしがみついて涙を流して喜んでいた。 ……リリスは見逃さなかった。首筋の赤い跡を。


「な・ぎ・さ・さ・ん。あなたは試練の部屋で何を試練を受けていたのですか」


 リリスの目が急に鋭くなり、右手でデモンアクスを軽々と振り上げ、左手は首筋に付けられた赤い唇の跡を指差していた。 


 そこは…… レアーにキスされた場所。血肉踊る戦いの後は、血の気が引いた再会となった。


「首筋にキスマークがついているけど」


 デモンアクスを地面に叩きつけるリリス。地面に巨大な穴を空けた風圧で後ろの壁が吹き飛んだ。慌ててリリスを抱き寄せて、宿屋できちんと誠意をもって事情を話すことで許しを乞うた。


 吹き飛んだ壁の先は、入り口の階段脇に繋がっていた。急に発見されていない隠し部屋が出現したことで、部屋の中に探索者がゾンビのように入ってくる。合間を縫って脱出し宿屋に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る