047:洋館に住む少女
海岸の結界を抜けて南東に広がるバチ王国に向けて出発した。
本来であれば南にあるスカイブ帝国首都に戻ってバチ王国に向かう街道を通るのだが、迷宮で審査を受けずに外へ脱出したので帝国兵に見つかると色々と面倒そうなので、結界を抜けてから西のバチ王国領へ悪路を進むように一直線に馬車を走らせた。
馬車は整備されていない道をひたすら進む。砂浜では足を取られ、ゴツゴツした岩場では馬車が激しく揺られたり伸び放題の雑草を越えたりすることもあった。
「大丈夫? そろそろ休憩しようか」
「ユニさん。馬車を牽いてもらってありがとうございます。休憩しますか?」
「大丈夫なのじゃ」「まだまだ余裕なのじゃ」と余裕を見せていたが、国境近くまで来ると流石に疲れが出たのかユニの動きが止まった。
「疲れたのじゃー」
クネクネしながら甘えるような眼をして抱きつく。
「ありがとうユニ。この先に草原があるからそこで今日は休もう」
「疲れたのじゃー。おんぶじゃ、おんぶ。なぎさおんぶしてくれ」
荷車をバックにしまいユニを背負って草原まで歩く。途中で急に重く…… というか背中の感触…… いつのまにか丸薬を飲んで女性化していた。
「こっちの方が全身で温もりを感じられて良いのじゃ」
「なぎさ、あれ見て」
指差す先には古めかしい洋館がぽつんと立っている。周囲は手入れの行き届いている植物たちが庭を飾り、噴水や彫刻なども造られている立派なお屋敷があった。
「折角だから、あの屋敷に泊めてもらおうか」
「嫌なのじゃ。怖いのじゃ」
ユニは元の姿に戻り小さくなっている。背中には小刻みに震える感触……
「なぎささん。なんかあの屋敷は怖いです……」
ユニは仲間がいた! と言わんばかりに背中から飛び降りてウタハの元へ走り両手を合わせながら首をフルフルと振った。
迷宮だろうと洞窟だろうと魔物が出ようが盗賊が出ようが全く怖がっていなかったのに…… 理屈じゃないのだろう。
薄暗くなった辺りの景色と洋館の外装がマッチして確かに幽霊でも出そうな雰囲気がある。
「──こんばんは。こんなところに人が来るなんて珍しいですね」
「ギャー」 ──ユニは両手を挙げ飛び上がりながら悲鳴を上げた
「キャー」 ──ウタハは両手を挙げ飛び上がりながら悲鳴を上げた
「ごめんなさい。ビックリさせてしまったみたいね。あの屋敷に住んでいるペルシャと言います。野菜を採った帰りに人影が見えたので声をかけました。驚かしたお詫びに今日は泊っていってください」
ユニとウタハはペルシャに見えないように首をフルフル振っていたが、この状態でお誘いを断ることは流石に出来なかった。
「ありがとうございます」
洋館に向かっていると、ユニは頬を膨らませ小声で「幽霊には攻撃が効かないのじゃ」と念仏のように唱え、ウタハは僕の腕を掴んで後ろに隠れて小さくなっている。小刻みに震えているのが腕に伝わる。
建物の中は、外から見た古めかしさは全くなく、きれい手入れがされていた。
玄関ホールはとても広く天井には立派なシャンデリア吊るされ、床は赤い絨毯が正面にある階段に向かって伸びている。
階段は途中で弧を描くようにY字に分岐し、階段の合間には巨大な絵画が飾られている。その絵には天使たちが楽しそうに遊ぶ姿が描かれていた。
「とても美しいお屋敷ですね」
「そんな事ありません。わたし一人でここに住んでいるので行き届かないところがありますがご容赦ください」
どこかのお嬢様だろうか。とても丁寧な言葉で気品あるオーラが出ている。『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』そんな表現がはまりそうな青く輝くポニーテールの女性だった。しかしなぜお嬢様がこんな街外れに建つ洋館に1人で生活しているのかは謎だ。
「直ぐに夕食の支度を致しますので、左階段から2階に上がると正面が食堂になっております。右階段から2階へ上がると客間がございますので、お好きなお部屋をお使いください」
そう言ってペルシャは丁寧にお辞儀をしてから左階段を上り2階へと消えていった。
右階段から2階へ上がると突き当たりが見えないほど長い廊下が続いている。その廊下を挟むようにいくつもの部屋が並んでいた。
とりあえず手前の部屋に入り中央にあるテーブルを囲うように座った。部屋にある装飾品は年代物であろう品が飾られダブルベッドが一つ置かれている。窓越しに外を見ると既に夜空が広がり星が光り輝いていた。
「ううう。怖いのじゃ……」
「リリスさんは怖くないのですか」
ユニとリリスは椅子と椅子をくっつけて心を寄せ合うように顔と体を密着させている。
「ええ。特に邪気も悪意も感じないので怖くありませんよ。私はなぎさとこの部屋で寝るのでお二人はお好きな部屋にどうぞ」
「いやですー」
「いやなのじゃー」
リリスはニコニコと笑っていた。冗談を言って場を和ませているんだと話していたが、怖がる2人の反応を見て楽しんでいるように見えていた。
コンッ コンッ コンッ
扉がノックされた。怖がる2人は急な出来事に「ヒィ」とビックリしながら椅子から飛びあがって抱き着く。
「お食事の準備が出来ました。食堂までお越しください」
扉越しにそう言い残して、食堂に戻ったのかペルシャの足音が遠ざかった。
食堂まで移動すると扉の前にシチューやお肉の匂いが広がっている。食欲をかきたてる匂いが鼻腔を襲いお腹が降伏したように音が鳴り響いた。奥から漂うお風呂の香りがさらにテンションを持ち上げる。この屋敷にはお風呂があるのだろうか。 ……あとでペルシャに聞いてみよう。
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