043:灰を護る者

 地下26階に入ると景色がガラッと変わった。25階まで綺麗に整備されていた煉瓦色の壁が何百年も経ったかように劣化し、おどろおどろしい通路が広がっている。出現する魔物のレベルもしっかり『階数=レベル程度』が守られておりこの迷宮は何らかの意図があって作られたのではないかと考えていた。


 ここまで来ると、ウタハの『歌』もかけ忘れがなくなり自然回復や防御力アップの効果が定期的続いている。更にスピードアップと攻撃力アップの効果を歌ってもらい、歌の効果を自分たちも慣れていく必要がある。慣れない状態で戦闘中にスピードアップでもしたら感覚がズレて動きが悪くなってしまうからだ。


 地下30階…… 地下40階と順調に進み、魔物の撃破を重ねるにつれて歌の効果にも慣れてきた。歌による急なスピードアップにも適応できるようになったので状況を見て自己判断で歌ってもらうようにした。


 地下45階まで来ると、どこからともなく青い炎が灯され通路を照らしている。光のゆらめきが気持ちを落ち着かせつい見とれてしまうほどだ。壁も青く照らされ炎の揺らめきに合わせて美しく揺らいでいる。

 今までの階数に合わせた魔物レベルが一変しレベル50の魔物まで出現するようになった。レベル50といえば、思い出すのが魔人エリファスとの死闘。魔法が効かない相手というものを嫌程味わったモンスターだ。今となっては人数も知識も段違い。それぞれが1人でも倒せる相手だと思っている。


 最下層地下50階に到達すると、5メートル程の灰色に金枠の扉が行く手を遮っていた。 


 キーン、カン、グワー、キャー…………


 扉の中で何者かが激しく戦っている音が響いてくる。声の主は間違いなく聖たち勇者パーティーだろう。部屋を閉ざす扉はとても大きく重さと年季を感じさせる。その風貌の先入観から扉を力強く押し開くと、勢い余って転びそうになるほどすんなり開けることが出来た。丁番に油が塗ってあるようなスムーズさだった。


 部屋の中はだだっ広く中では勇者パーティーが激しく戦っている。……相手は亀だ。鉄を磨き上げた鏡面仕上げの美しい亀。ゆうに3メートルは超えているだろう。

 部屋の奥には、大きく『心』と達筆に書かれた文字が目につく。その前には背もたれの長い灰色の椅子に白髪の老人が座っている。椅子に飾られた宝飾品に反射された光たちがスポットライトの様に老人を照らしていた。


「また、お客さんかい」

 老人の声に反応した勇者パーティーが一斉に扉の方に視線を向ける。こちらの存在に気づいた聖の目つきが鋭くなる。


「なぎさ。なぜお前がこんなところに……  そうか!ウタハさんがここまで連れてきてくれたのか。お前たちは黙ってそこで見ていろ! この最下層の魔物は俺たちが倒して秘宝を持ち帰るんだ」


「ホッホッホ。みんなまとめてでもいいぞい。 カメリンや、やりなさい」

 老人が笑いながら勇者パーティーを指差しカメリンに戦闘指示を出す。


「なぎさたちは手を出すなよ! みんな行くぞ!」


 カメリンは勇者に向かって突進する。とても亀とは思えないほどのスピードで四つ足を素早く動かし進んでくる。巨大な鉄球が目前に迫ってくる感じだろう。

 聖はカメリンの突進を盾でガードするが威力を吸収しきれず金属音とともに弾き飛ばされてしまった。そのまま空中で体制を整えてカメリンとの間合いをとる。


「いけ、古式、斉木は詠唱だ。里中は防御力向上魔法だっ」

 聖の掛け声ともに、皆がそれぞれの役割に就く。


 居合切りの達人、古式は「武技、陣」を発動。

 ──『武技、陣』これは自分を中心に円形の気を張り巡らし、小さく張るほど間合いに入った者への攻撃力を高める必中攻撃──


 走るように描かれる円陣がカメリンを捉える。

「居合切り!」

 素早く鞘から抜かれた刀がカメリンの鼻先に直撃する。追撃するように『武技、陣』を最小間合いで展開し最大攻撃力となった刀を寸分の狂いもなく初撃と同じ位置にヒットさせる。

 大きく鉄の削れる音とともに古式は激しく弾かれた。その反動で古式は後ろに吹き飛ばされるが一回転して着地する。そのまま再度陣を張って次のチャンスを待った。


 聖は自己強化魔法──勇者専用。自身にしかかけられないため非常に効果が高い──の詠唱が終わり、一瞬でカメリンとの間合いを詰めて鼻先へ刃を正確にヒットさせるが、傷を付けることは出来ず攻撃は弾かれてしまう。威力が高いせいか体制を戻せず後ろに吹き飛ばされて尻もちついた。


「いけー斉木!」


「コネクトトルネード」

 斉木の詠唱が完了し、右手の炎、左手の氷が渦を巻くよう威力を高め合って放たれ、カメリンを異なる属性が踊るように包みこんだ。

 ──コネクトトルネード。異なる属性魔法を相手に放つ。各々の魔法効果と、相乗効果により通常の数倍の威力で相手を粉砕する──


 カメリンを包んでいた炎と氷の演舞が晴れていく…… 魔法の直撃を受けたカメリンだが傷一つ付いている様子はなかった。


 カメリンは『次はこちらの番』と言わんばかりに、手足と頭を甲羅に隠し尻尾が刃の様に鋭くなる。そのまま体をもの凄いスピードで回転させて部屋の中を踊るように動き回り勇者のパーティーに襲い掛かる。聖たちを順番に吹き飛ばして壁に激突させる。古式だけは陣の発動中であったため居合切りで刀を犠牲にして衝撃を吸収させてダメージを抑えたが吹き飛ばされ背中から着地するように倒れ込んだ。

 壁に叩きつけられた聖、里中、斉木はうつ伏せのまま意識を失っていた。


「ぐっ」

 古式は折れた刀を杖のように立てて力を振り絞って起き上がろうとするが、力が入らず起き上がることはできなかった。


「ウタハ、古式を聖の所まで連れてみんなを護ってあげて」


「分かりました。なぎささんお気をつけて」



 ──今度は、僕たちが相手をします


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