037:グレイターセクション

 ウタハは訓練に全くめげることなく取り組んでいた。


 怪我は緑水で治せるが、攻撃を受ければ痛みはあるし、出血を伴う大けがをすることもある。それでも必死に訓練についてきた。


 休憩を挟もうとしても「これからはなぎささんと一緒に自分の力で道を切り開いていきたいんです」と真剣な眼差しで続けることを熱望するなど本気を見せていた。


 訓練の最終仕上げに僕との実践訓練をする。


 ウタハが使うのは、弓と矢筒にある矢を10本。そしてシルバーナイフのみ。僕は水の力だけで対抗する。

 実践訓練では、ウタハは強くなった自分を実感しているのか、僕に怪我をさせられないと躊躇した攻撃ばかりであった。


 怪我をしても緑水で回復できるし、ダメージを少しでも与えたらウタハの勝ちで良い、という条件を付けた。


 が……


 やはり躊躇する心が残っているのか、攻撃は中途半端で到底本気を出しているとは思えない。このままでは先に進まないので、心を鬼にしてウタハの左肩を水の力で貫いた。


 ウタハは左肩から出血し膝を付く。自分が気づかないまま血が流れているのを感じたのか恐怖で顔が歪むのが分かった。 そんな状況でも、リリスとユニはじっと戦いを見ていた。僕のみんなを護りたいという覚悟が伝わっていたのだろう。


 ウタハに駆け寄り、緑水で回復した。


「本気でやってね」 ──そう言い残し、定位置に戻る。


 実践訓練を再開した。 ウタハの必死な顔つきと動きが本気を感じさせた。


 矢筒の矢全てを使った矢の雨を射った。ウタハは僕の動きをじっと見つめ構えている。回避先を狙ってシルバーナイフで切りかかる作戦だろう。

 僕は傘のようにオリハルコン鉱石を『変質』させる。その上に平たく様々な素材を繋げた盾を作った。 降り注ぐ矢が盾で防がれたり貫通したりする。 オリハルコンの傘を破ることは出来ないが、変質の盾で素材ごとの強度を確認させてもらった。


 矢を防がれたウタハは、シルバーナイフを片手に突進してくる。先っぽを丸めた突起を地面から打ち出すと、鳩尾(みぞおち)に入ったようで意識を失ってしまった。


 意識を回復させようにも緑水を飲み込んでくれない。仕方ないので口移しで無理やり飲ませた。

 いつの間にか意識が回復したようで、「いつでもいいですよ」と目を潤ませてがっつり抱きつかれ唇を奪われた……

 リリスはツカツカと歩き寄ってウタハを引っぺがした。「不公平!」と言いながら、僕の唇に吸い付き精気を奪ったり……


「どっちがわたしのお母さんになるのかなー」なんてユニが冗談を言うものだから、リリスを怒らせてしまい、デーモンアクスを出したリリスに平謝りしたり……


 数日かけたウタハの訓練がバタバタしながら終わった。




▽ ▽ ▽

 ──トーナメント当日



「ユニー!いつまで寝てるの!。もう行くわよ」

「待ってくださーい。わたしもまだ髪を梳かしてないですぅ」


 当日からバタバタした朝を迎えながらも会場に向かった。


 コロシアム受付で登録を済ませると、控室に通された。

 控室にまでトーナメント開催を知らせる声が届いている──


「さー、とうとうこの日がやってきました。スカイブ帝国が誇る闘技大会『グレイターセクション』。腕に自信のあるチームがずらり参戦。ここで優勝した者が得られる『グレイター迷宮』の挑戦権を手にするのは誰なのか! 副賞として白金貨50枚が贈られます」


 観客の大歓声と、コロシアムを見下ろすように打ち上げられた大きな花火が会場を沸かせていた。


「さて、今回の挑戦者も強豪ぞろい。いや1組だけ4人のレベル全員1桁チームが参戦しています。LV1桁の参加者は、トーナメント始まって以来初です! しかも全員です! ……と、言う事で9組の強豪プラス1組で争われます」


 一斉にコロシアムの歓声が笑いに包まれ、ブーイングや野次も飛び交っていた。

 

 トーナメントは、対戦相手の構成が分からなように進められる。各チームが順番に闘技場に現れ、くじを引き、対戦相手を決めていく。


「さー今回のダークホース。4人全員がレベル1桁の精鋭ぞろい。チーム『なかよし』」

 この言葉と一緒に会場が一斉に笑いに包まれた。

 リリスやユニ、ウタハは流石にチーム名が恥ずかしかったのか顔を赤くしてうつむいていた。

 ……ごめんよ。申し込みの時にチーム名を聞かれてそれしか思いつかなかったんだよ。



 全チームがクジを引き終わる。僕ら『なかよし』は10番。1回戦、2回戦を勝ち抜けば、シードで準決勝となる。そして決勝 ……勝てば晴れて優勝だ。


 しかし、何の因果か一回戦の相手がウタハを捨てた『サクリファス』とは……


 このトーナメントは、帝国の名物だけあって、数千人がコロシアムで観戦している。その人数に比例するように大量のお金が動くので、帝国にもたらされる経済効果は莫大である。 このトーナメントは、すべての人にとってWin-Winの大会なのだ。


 強者は冒険者たちの目標となり、帝国民のヒーローとなる。商人や帝国はお金が動くことで懐が潤うといった具合だ。




 トーナメントが始まり、1回戦第1試合から順調に試合が進んでいく。トーナメント開催中は、他チームの試合を見る事が出来ず、控室でジッと順番を待っている。


「『なかよし』さん。出番ですよー」

 僕たちの1回戦が始まる。


 

「とうとう来ました。チーム全員がレベル1桁の『なかよし』。折角だから読みあげちゃうよ。レベル1、レベル2、レベル5、レベル7だ~。この試合に関しては『なかよし』の闘券を勝った人がいなかったので、賭けは成立していませーん」


 会場から盛大な笑いが巻き起こる。


「対して、全員がプラチナランクという優勝候補の一角『サクリファス』だー。最近チームメンバーを入れ替えて強さに磨きがかかった期待できるチームだぞ!」


 各チームは、入場ゲートより闘技場へと入る。チームの人気度に比例するように観衆の声が大きく盛り上がる。僕たちの入場では歓声は皆無だが、笑いとブーイングが多かったせいか違った意味で盛り上がっていた。





【物語解説】

 ウタハの矢は矢筒に入る10本が制限本数。それとシルバーナイフ1本で闘いに挑みます。矢は、殺傷能力を無くすよう鏃(やじり)を丸くし、大きさと重さのバランスを考えた『変質』を使った特別製です。

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