036:緑の洗礼

「べヌスで緑の剣をもらったでしょ、それでウタハを斬って欲しいの」


「え!?」

 僕とウタハは同時に声を出してしまった。


「いいからやって。これをやらないとウタハはいずれ、さらわれて死んでしまう。緑の剣を受け継いだなぎさにしか出来ないの。緑の力を剣に込めて思いっきり斬るのよ」


「なぎささん。やって下さい。どうせ奴隷落ちして、死ぬより辛い生活を送っていたかもしれないんです。それなら、なぎささんに手をかけられた方が本望です!」


「ちょっと待ってよ。誰もウタハが死ぬなんて言ってないよ。これは本当に大事なことだから」


 緑の剣に緑水をこめるようにイメージをする。

 なぎさの体が緑色に輝き全身を包む…… その光が緑の剣に徐々に移る。


 緑の剣がなぎさから移された光を受け取り全身がまばゆく光りだしていく。


 そ し て


 ザシュッ    ──ウタハを斬り裂いた


 ウタハの体に『緑の線』が斜めに入る。線がめくれるように開かれ、剣に溜まっていた緑の力が傷に吸い込まれていく……


 ヒュゥゥゥゥゥ


 緑の力を吸い切ると、傷は塞がり何も無かったかのように静まり返った。


 体に変わった様子はない。……ウタハのプロポーションが少し良くなっている。


「なぎさ。緑の力が強すぎ。ドライアドの女王様より力が強いかもしれないわよ」


「え!?これが私ですか。信じられないくらい力が溢れてくるのですが……」


「そうよ。あなたは人が越えられない壁を破ったの。これからは、よっぽどの事がない限り、本気を出しちゃだめよ」


「実感がないです。そういえば、どう考えてもあなた方は噂のように低レベルではないですよね」


「それはおいおい分かるよ。これからウタハにはこの武器を使って僕たちをサポートして欲しいんだ」


 ドラグナイト鉱石で作った弓を渡す。弓がウタハにしっくりする感じがあるのだ。


 ウタハやにこやかに受け取り、目を瞑って弓を抱きしめた。




▽ ▽ ▽

 僕は眠りについていた。


 な……さ……


 なぎ……さん……


 なぎささん……


 緑の洗礼のおかげでやっとつながりました。

 ドリアラです。今は感能次元で脳裏に直接伝えています。記録の世界で訴えているので、言葉として聞こえていたらそれは気のせい(共感覚)でしょう。


 帝国の誇る『勇者パーティー』が、迷宮の最深部に近づいています。あの迷宮は、灰の力を持つ『ファザリア』が住んでいるのです。


 帝国に灰の力が渡っては、この世界の均衡が破れてしまいます。帝国がこの世界を支配しようと、多くの人が殺され、世界は混沌の渦に巻き込まれるでしょう。


 なぎささん。あなたには『勇者パーティー』よりも早く灰の力を回収して欲しいのです……

△ △ △


 チュン チュン  ──朝がおとずれた


「この帝国のトーナメントに参戦する!」


「えー (なのじゃ)」

 三人は一斉にビックリし、僕の顔をマジマジと見ていた。


「夢枕にドリアラが出たんだ」

 僕は寝ている時の事を説明した。


「──『緑の洗礼』をしたことで、感能次元でドリアラに一時的につながったんだ。その中で、この地にある迷宮の攻略をお願いされた。


 迷宮には、灰の力を『ファザリア』が護っている。帝国がこの力を手に入れると、世界の均衡が破れて世界が混乱してしまう。その前に灰の力を回収して欲しいと頼まれたんだ──」



「僕はドリアラにベヌスで世話になった。これからも出来るだけ恩を返していきたい。だからみんな協力してくれないか」


「もちろん」

「もちろんなのじゃ」

「もちろんです」


 悩むことなく、3人は答えてくれた。


「この国のトーナメントは1チーム4人パーティーで参戦する。僕たちは、ちょうど4人なのでパーティーを組んで参加しようと思う」


ここで、ウタハにとって衝撃の事実を伝える。

「実際に戦うのはウタハ1人に任せたい」


「え!? わたしですか。わたしでは直ぐに負けちゃうと思いますけど……」


「もちろん危なくなったら助けるけど、ウタハに本気になった人と人との闘いを経験してほしいんだ。いわゆる実践訓練を積んで欲しい」

「これから旅をする上で、いろいろな強敵と出会い、殺し合いをすることになるかもしれない。強くなった自分の力が、どこまで出来てどこから出来ないのか掴んで欲しい」

「トーナメントに参加するのは腕に自信がある人達ばかりだから、ウタハにとって良い経験になると思う」

「それに僕たちは、帝国中から弱いと思われているのに、あえてみんなの力を見せる必要はないと思うし、弱いと思われていた方が何かと動き易いからね」

「試合開始は1週間後、1回戦が始まるまでに戦法を考えよう」




▽ ▽ ▽

 帝国近くの地下室に場所を移す。地下室は、訓練仕様に『変質』しウタハの訓練を始めた。


 石を『変質』した人形を作り的にする。その動かない的を射ることから始めた。


「弓なんて使ったことないので当たりませんよー」と言っていたが、ちょっと慣れれば当たる当たる。弓との相性は良いようで、直ぐに使いこなしていく。これには僕も驚いたが、ウタハも驚いていた。


 素晴らしいことに、的を当てるだけでなく貫通させている。 威力が強いことは分かっていたが、予想以上であり人間相手に使ったら当たり所によって殺しかねない程だ。鉄の硬度までなら、木の矢でも貫通していた。


 今度は回避訓練。ユニの攻撃を避けてもらう。使って良いのはシルバーナイフ一本。最初はかなり危なっかしい感じだったが、すぐに慣れナイフを使ってうまく攻撃を捌きながら避けていく。

 流石に女性化したユニの攻撃は、ナイフが弾かれてしまい避けきることはできなかった。


 リリスの魔法攻撃には全く歯が立たなかった。低位の魔法連発までなら、なんとか避けられる程度であった。


最後に僕と彼女の実践訓練を開始した。




【物語解説】

『緑の洗礼』

 それはドライアド族に伝わる秘術であり、ドライアドの女王が緑の剣を媒介にしてドライアドの民に緑の力を注ぎ込む洗礼である。

 緑の剣をなぎさに譲渡したドライアドの女王は、媒介が無くても緑の洗礼を行えるため問題はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る