027:平和な町を求めて【第2部完】

『ふろやマウントフジ』最後の利用客。偶然とはいえ最初と最後に来てくれたのは感謝しかない。


 最後のお客セレンが出てきた。


「全くいい気持ちだな。気分も高揚する。こんなことならお嬢様も連れてくれば良かったよ」


 どうやらニコは出発の前に作成しなければならない書類が溜まっているので、無理やり置いてきたらしい。


「最後のご利用ありがとうございました」

「これは最後に利用してくれたお礼です。記念として持って行ってください」


 僕は、お風呂のお湯をポーション容器に入れたものを記念品として渡した(もちろん新しいお湯)。


「不要であれば捨てて下さい。このふろやが存在した証として作ったものです」


「ふむ。ありがとう。記念にもらっていくよ」

 そう言って入浴料として銅貨を1枚を置いて帰った。


「これにて『ふろやマウントフジ』閉店しました!」


 最後の夜。僕、リリス、ユニの3人でお風呂に入った。


 最後のお風呂でいろんなことを思い出していた。


 ……おふろやを建てるまでの事


 ……おふろやの準備をしている時の事


 ……おふろやでいろんな人と接し笑顔を見た時の事


 ……ユニを助け、おふろやの仕事を教えた事



 色々と思い出しながら……


 雑談をしながら……


 お風呂にのんびりつかりながら…


 この時間はとても楽しく貴重な時間となった。




▽ ▽ ▽

 朝方の早い時間にメイシンガを出て北のスカイブ帝国に向けて出発する。


 町を出る姿を誰にも見られたくない。


 ここにふろやの跡を残したくない。


 そんな気持ちから建物は更地にした。道具類はジゲンフォのバックへ、建物に使った資材は素材化してバックに収納した。

 

 『ふろやマウントフジ』が存在した証をこれで全て消失した。


 ここからの予定ルートは、メイシンガから北を目指す。タマサイ王国の首都を避けベオカを経てスカイブ帝国を目指す。


 ベオカまでの移動はキャンプをしながら徒歩での移動を考えていたが、ユニが馬となって馬車を引きたいと言いだした。

 ユニの希望を叶えるために『変質』を活用した荷車を作った。


「ユニが馬車をひくのじゃ」


「馬車をひくのって思いし大変だよ」


「ユニはユニコーンじゃ。馬車をひくなんて朝飯前じゃ……何よりも荷車をひく馬車は格好いいのじゃ! なぎさ、荷車を直ぐ作るのじゃ」


 僕は急いで荷車を作った。


 移動用のお風呂として荷車の中に浴槽を埋め込んだ。蓋を作り開閉して出し入れできる優れもの。

 一般的な木で作る荷車に似せて素材化していたドラグナイト鉱石と木を【変質】混ぜて強度を高めた。ドラグナイト鉱石は超軽量なので馬への負担も少ない。

 幌はミスリル鉱石の糸に布をコーティングする。

 車輪だけは安定性を上げるため、木と土を圧縮するように『変質』しクッション性能と強度をもたせた。

 大変な作業に見えるが、本体と幌、車輪4個を作ってはめただけなので、数分単位である。



 ユニのユニコーン姿は外観が少女なだけに小ぶりであるが、素晴らしく美しい白馬だった。真っ白な毛並みに輝くたてがみ。そこら辺の馬とは比較にならない……いや比較するのも申し訳ないほどだ。


 額の角もスラッと長く立派であるが、角は目立つので取り外していた。

 ユニコーンは異空間収納に角を保管するらしく取り外して収納していた。角は外していてもみにつけていれば問題ないらしい。


 馬車はリリスと交代で運転をする。二人とも馬引きの経験はないが、ユニの意思で馬車は動くので、形式的に手綱を持っているだけで良い。


 逃げるようにメイシンガの町との別れとなったが、僕たちの平和を優先し気にしてはいられなかった。


 「それじゃーみんな。出発するぞー」


 「お~ (なのじゃ)」 3人の声が重なった。


▼ ▼ ▼

【後日談】

 なぎさが去りメイシンガは病気が増えた。小さなケガが感染によって重症化したり、大したことないと思われた病気が重篤になったりと大変な時期を迎えたのである。

 これを『ふろや』がなくなった影響とは町の人は気づくことはなかった。


 ……ただ一人を除いて。


 ギルド長は貴族の悪巧みに気づいていたのだ。しかし貴族に逆らえるわけもなく何も出来なかった自分を呪うばかりであった。




 地下水路に住むネズミの夫婦メリとルリは悲しんだ。


 リリスは、よく差し入れを持って遊びに来てくれていたのだ。

 先日、町を出ることになったと理由と共に教えてくれた。 


 大好きなリリスを追い出したロドフ男爵の事が許せなかった。


 ……こんなことをしてリリスが喜ばないことは分かっていた。分かっていたが何もせずにはいられなかったのだ。


 ロドフ男爵の営む湯浴み場にだけネズミたちを送り続けた。それにより客足は遠退き、遂にお店は無くなった。


 その後、メイシンガの街を出たと聞いたがどうなったかは分からない。

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