026:風呂屋の夢儚く……

 ──リリス、ユニに酒場の件を説明した


「そんな……」

 リリスとユニは呆気にとられている。


「買い物へ行ったとき貴族区画にある湯浴み場のお客がかなり減っている噂を聞いたわ」

 ──ふろやが出来てから湯浴み場のお客は減り続けた。メイシンガは比較的平民差別が薄いので、貴族たちはふろやに来るようになり貴族と平民が分け隔て無くお風呂に入っていた。


「全く貴族は、自分の事しか考えてないのじゃ。努力して奪い返せばいいものを…… 潰して奪おうなんて人として間違っているのじゃ」

 ──湯浴み場を経営するロドフ男爵はメイシンガでも珍しい貴族絶対主義者であり貴族が平民と関わりを持つことを嫌っていた。平民の店に貴族が負けることは絶対にあってはならないと業を煮やしていた。


 ──どんなことをしてでも蹴落としたいと思うほどに



 カツカツカツカツ。


「なんじゃなんじゃ。何か落ちてきたのじゃ」


 急いで建物を飛び出し屋根を見上げる。


 火矢があちらこちらに刺さり燃え上がっていた。

 建物にオリハルコンの素材を混ぜたお陰で燃え広がらなかった。


 ……周りに人影は無いが、マップに町の方へ走り去っていく集団があった。


「ひどいことを……」

 

 お風呂屋をぐるっと見回り被害を確認する。物理的なダメージはないが矢があちらこちらに散乱し素材の一部である木部分が焼け焦げていた。


 翌日は営業は休業にした。

 ──矢の回収と修復、そして今後を考える時間が欲しかった。



▼ ▼ ▼

「なにー。失敗しただと」


 メイシンガ貴族区画で湯浴み場を営んでいるロドフ男爵である。


「あの建物おかしいですぜ。火矢が刺さっても燃え広がらねぇ」


「そんな訳ないだろ! ちゃんと当たらなかったんじゃないのか!」


「いや、そんなはずはねぇです。野郎共と雨のように降らして来ました」


「今度は油を撒いて火を点けて来やがれ!」


「へい!」


 雇われ者たちは出ていった。

 ロドフ男爵はワインを片手に山羊(ぎや)チーズを頬張りながら苦虫を噛み殺したような顔でテーブルを叩いた。


「なんだあのふろやとかいう店は。ぽっと出てきたと思ったら客を奪っていきやがってぇ。絶対に許さん! 潰してやる」

「悪魔の水と吹聴し客が店に行かないよう人も雇った。後は建物さえ破壊すれば客が戻ってくるだろう」


「フハハハハハッ」

▲ ▲ ▲



 夜が明け矢の回収を始めた。昨日の夜に受けた矢が増えている……

 更に外周に沿って燃やされた痕がある。地面に油を撒いて火を点けたのか焼け焦げていた。

 ……寝ているときにもう一度襲撃に来たようであった。


「許せない」



 リリスはそう言ってふろやを出ようとしたところを制止した。


「リリス。待って」


「なんで止めるの? なぎさと頑張ってここまでやってきたのに……」

 目を涙で潤ませていた。


「リリスとユニが無事で良かったよ」

「僕たちが寝ているときにも火矢を放って外周に火を点けたようだね。もし燃え広がったら……と考えると絶対に許せない」

「ここで貴族に仕返しするのは簡単だけど、僕たちが逆の意味で有名になってしまったら良いことは無いんだ」


「なぎさは夢を追い続けられるように私一人で行ってくるわ」


「ユニも行くのじゃ」


「もう。この風呂屋はダメだと思うんだ。2人の気持ちは嬉しいけど、僕は1人も欠けることなくみんなで一緒にやって行きたいと思ってる。だから無茶なことはしないで欲しい」


 リリスとユニは僕の言葉に納得してくれた。僕がどんな結論を出しても何があってもついてきてくれると言ってくれた。


 それに応えるように今後のことをしっかり考えた。


 ──そして結論を出した


「明日、もう1日『ふろやマウントフジ』を開こう。それで多くの人の笑顔が見られ、貴族の妨害が無かったらお店を続けよう。ダメだったらお店を閉めよう。メイシンガにこのお店が必要なのかもう1日だけ時間をもちたい」

「貴族の仕打ちは、お客を奪われた嫉妬からくるのだと思う。僕たちの力を恐れて排除しようとしたのでは無いと思うんだ」

「だから貴族に力で仕返しをして、今度は悪魔の烙印を押されて迫害されるより平和を目指したい。だからこの国を出て3人で平和に暮らせる場所を探そう」




▽ ▽ ▽

 翌日、『ふろやマウントフジ』は予定通りお店を開いた。


 ……お客は来ない。ここに通じる道は相変わらず道を塞がれ妨害されていた。


 僕たちは何もせず、じっとお客を待っていた。


 ……


 ……


 リリスやユニも無言で椅子に座っている。


 一刻一刻とただ時間は過ぎるばかりであった。



 日も落ちて木々の影も伸び始め、辺りの山々も赤く色づいてきた。


 ……そしてふろや閉店の時間がきた。


「待ってくれ」

 1人の女性が入ってきた。


「私は明朝に別の町へ出発することになった。最後にもう1度お風呂に入らせてくれ」

 

 来てくれたのは常連である女騎士セレンだ。この『ふろやマウントフジ』が繁盛する切っ掛けとなった恩人だ。


「もちろんです。あなたのおかげでこの『ふろやマウントフジ』は繁盛したのですから。むしろ最後のお客として来ていただき感謝しかありません」


「最後とはどういう訳だ」


 ──今までの経緯を説明する

 お風呂の湯を悪魔の水と吹聴されていること。ふろやに通じる道を塞がれ妨害工作を受けていること。火矢や放火で建物を潰そうとしていることを──


「今日の様子で閉店を決めていたのです。最後にあなたが来てくれて良かった」


「そうか。町の者共は騙されてしまったようだな…… このお湯に治癒や魔法効果があることは分かっていたが、何かを奪う呪いのような効果なんてないのにな」


「魔法の効果があることを分かっていたんですか?」


「当然だ。微量だが回復や治癒などの効果があることくらいは分かる。こんな効能のお湯を、毎日どうやって作っているのかは気になる所だが、あえて聞かないことにしておくよ」

 そう言って、セレンは女湯に消えていった。


 騙されずに理解してくれる人がいる事が本当に嬉しかった。


 しかし……


 メイシンガで叶えられた僕の夢が儚く散ってしまった……


 しかし、大勢のお客が満足した顔を見たこと。理解してくれた存在があったこと。それを思えば僕のふろやは間違いではなかったと肯定してくれた気がした。



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