021:ふろやの転機 休日の事件


 30分程してお風呂から彼女たちが出てきた。


 湯上りを思わせるキラキラした体にピンク色の頬、そして風呂上がりの良い香りを漂わせている。


 実は、もう一つのウリとして、植物油に香草を加えた体と髪を洗える洗身洗髪剤を自作し自由に使えるようしておいた。香草の選択はリリスに任せ、男湯用と女湯用で香りも変えてある。


「ふろやとはいいものだな。また来るぞ」


「良い気持ちになりました。温かいお湯をこんなに贅沢に使った湯浴みは初めてです。お嬢様も気に入ったようでまた来させてもらいます」


 初めてのお客さんに喜んでもらえたことで自信がついた。この世界に受け入れてもらえる。後は興味をもって来てもらうだけだ。 


 お店を初めて1組目のお客が来た記念すべき1日となった。

 ……オープンから1週間目のことだった。


 この日はお祝いにした。

 厨房を使って腕を奮ったのだ。自作の醤油にニンニクを漬け込み、おろししょうがを少し混ぜたソースに植物油で軽く揚げたニンニクを入れたソースを作る。

 塩コショウを振った豚 (タブ)肉を焼き、ソースをかけた自作トンテキがメインディッシュである。

 

 ご飯が欲しいが、お米を見たことがないのでパン(ンッパ)を主食にした。野菜を千切りにして卵黄と酢と植物油を混ぜて作ったマヨネーズをドレッシングに、スープは鳥(リト)肉の骨でだしを取り、自作の醤油をちょっと垂らして残った白身をかき混ぜて出来上がり。ついでにじゃがいもを揚げてポテトをトンテキに添えた自信作だ。


 リリスはこの渾身の定食に喜んでくれた。

 ……お店には及ばない味だが、スーパー銭湯のトンテキ定食を思い出して懐かしさを感じていた。


 また明日もガンバろー!!



▽ ▽ ▽

 ──翌日から


『ふろやマウントフジ』は大盛況になった。


 日が経つにつれて増えるお客。ついには店の外にまで行列が出来るほど繁盛するようになった。


 繁盛した要因は、2人の冒険者だった。


 セレンとニコ。この国では数少ない『アダマンチウム』のランクを持つ冒険者でチーム『白銀の翼』を結成している。


 この国では、一番下のランク『ストーン』から最高の『アダマンチウム』まで9種類に分かれており、その中で『白銀の翼』のメンバーは全員が最高ランクであるアダマンチウムを取得しているのだ。

 更に、メンバーは容姿が美しいことから天使チームと崇められ1人1人のファンクラブもあるとか…… 兎に角人気が高い冒険者である。


 その冒険者が酒場で『ふろやマウントフジ』の話をしているのを聞き付けた人が試しに利用したのが口コミで広がり、その利用者が口コミで広げて……ネズミ算の様に利用者が広がっていったのだ。リピーターも加わり繁盛につながった。

 それと、お湯に浸かると奇麗になる。ケガが治った、告白されたなどの噂も広まり今日(こんにち)に至ったわけである。

 

 繁盛と言ってもそんなに忙しいわけではない。風呂屋で大変なのは掃除。これは魔法の水を全体的にかければ汚れは落ちる。

 硬貨しかないこの世界では、こまめに両替に行かないととんでもない重さになるが、ジゲンフォのバックにしまっておけば問題はない。せいぜい、植物油に香草を加えた湯浴み用の洗剤を定期的に作る事と、緑水で洗浄したタオルを干す位である。


 こんな日が続く中、定休日にリリスと町に出るのが楽しみだった。


 ……とあるに休日。リリスと出かけた町の帰りに事件に巻き込まれた。

 

 冒険者が多い街だけあって、冒険者同士のトラブルも少なからず起きている。

 酔っぱらっての喧嘩ならまだしも、町中で剣を抜いたりチームメンバーの引き抜き工作をしたり。セクハラまがいのことまで起きている。


 神の啓示による賞罰には当たらない範囲をみんな分かっているのだ。


 その冒険者のトラブルが急に増えだしたのだ。酒場で食事をしていると、「魔物が先導し何か企んでいる」「魔物が憑りついた」などどれが本当か分からない噂が絶えず聞こえてきた。

 

 ……しかし噂には必ず魔物と言う言葉が入っていた。


 リリスとショッピングやカフェで楽しい休日を過ごし、雑談しながら帰路についた。

 『ふろやマウントフジ』に差し掛かった所で茶色いローブを羽織った男たちが数人、鉱山の方に走って行ったのが見えた。脇には淡い紫色の髪をした女の子が手や足をバタバタさせて暴れていた。


 マップを確認すると、赤丸の生命体は5人。Lv10は程度。青丸の生命体が1人でLv2、こちらは抱えられていた女の子だろう。


 さすがに放っておくことは出来ず、リリスに声をかけて女の子を追う。男たちは予想通り鉱山の中に入って行った。


 鉱山の中は広く、つるはしや壊れたトロッコ、ところどころ外れたレールが置き去りにされており、昔は採掘場だったのだろう。中は所々にLv20~Lv30ほど魔獣や魔物が住み着いてかなり危険な場所であるのだろう。

 ──ちなみに、町を歩く人でLv1~5。一般的な兵士でLv7~15。LV 20を超えればかなり強い部類の人間に入る。


 鉱山の中は、ベヌスで見かけた『ドモウイコウモリ』や目が4つある『メメカケニオオカミ』、足が8本ある『ヨツマタニャンコ』などが出没し初めてみるモンスターも多かった。

 

 この鉱山は流石にトロッコが使われていただけあって通路はとても広く蟻の巣のように張り巡らされている。

 ……帰りは壊れたレールを辿れば問題なく入り口には帰れそうではある。


 それにしてもこの鉱山はモンスターが多い。

 その中で連携をとってくる魔獣も出現した。『ワームームカデ』と『ドウモイコウモリ』だ。2匹は協力して毒と爪攻撃で追い詰めてくるので厄介であった。 


 奥に進むほどにモンスターは強力になってくる。通路を進んでいるとLv 40を超えた骸骨が出てきた。剣と盾を構えた鉄製の防具を装備している『キラースケルトン』だ。

 水の力でキラースケルトンの盾を弾きリリスの魔法で焼き尽くす。なるべくリリスと連携を取ることと、水の力加減を覚えて行く。


 マップを頼りに進んでいくと、とても広い場所に出た。


 そこには女の子を拐った男たちが談笑し、黒いローブを着た魔導士が魔方陣を取り囲み何かを唱えている。魔法陣の中心には拐われた女の子が意識を失い横たわっていた。


 こういった場面で何と言って姿を現せばよいか陰で考えいた。

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