006:ベヌスの守護者

 デスナイトが振り下ろした剣に最後を覚悟した。


「やられる」

 刹那の時間がスローモーションのように長く感じる。目をつぶり拳を握る手に力が入る。 頭の中ではこれまでの思いが走馬灯のように映し出されていた。


 ……ズシャッ  ……ドーン!! 


 大きな音が部屋中に響き渡る。


「い、生きている」


 デスナイトを見ると、誰かに倒されたように横たわり絶命していた。そして溶けるように黒い粉となって灰のように消えていった。 


 何事もなかったように静まり返り呆気に捕らわれる。


「あらまぁ」 

 静寂を切り裂いたのは、ドリアラのゆったりとした感嘆の声だった。


「あなたはアナウスも取り込んでいたのね。私は逃げる事しかできなかったのに凄いのね」


 アナウスとは何なのか、デスナイトがなぜ倒れたのかドリアラに聞いた。


 アナウスはドリアラを捕えていた不思議な丸い物体。触れようとしたとき体に入りこんだ物の事であった。そのアナウスがデスナイトの敵意に反応して、僕から抜け出て一撃で葬り去ったのだという。

 アナウスというのは生命体なのか物体なのか、なぜドリアラが追われたのか分からないそうだ。


「なぎさの体に入って分かったけど水の魔法が使えるのね。私が同化したことで緑の力が宿ったのよ。緑の力というのは回復や治療のことね。ただあなたの水は不思議ね。私にも分からないけど、ただの水ではないみたい」


 僕は恐怖の中にワクワクが存在していた。僕の体に特別な力が宿っている。何か物語の主人公になったような気持ちになっていた。


 マップにはデスナイトを表示する赤丸は消失していた。他に気になる部分と言えば、奥に見える小さな部屋と、デスナイトが出現した魔法陣が光っている場所くらいだ。

 一か所……なにか不思議な違和感のある場所があったが、とてつもなく嫌な予感がして関わらないようにした。


 小さな部屋に移動すると中は書斎のようで破れた書物が数冊散乱している。

 その中の1冊を拾い上げて本を開くと『サキュバス族……守護者……リリス……生け贄……アーティファクト……魔力注入……ベヌスを我が物に……守護者は終わり……』所々破れたり汚れたりしていて読めないが、そんな事が書かれていた。


「それって、私がアナウスに追われる時の話だと思うよ。私たちが住むベヌスの守護者としてサキュバス族が神殿で転移門を守ってくれていたの。そのサキュバス族が反旗を翻しベヌスに攻め込んだのよ。その事が関係しているのかもね」


 ドリアラが昔を思い出すように話してくれた。と、いうことはドリアラを襲っていたアナウスはサキュバス族という事なのか? 色々とドリアラに聞いてみたが説明した以上の事は知らないらしい。


 部屋以外に気になったのは、光を帯びている魔方陣である。直感的にバスが吸い込まれた光の環を思い出して躊躇したが、この場所に居ても先に進めないので意を決して飛び込む事にした。


 恐る恐る魔法陣に足を踏み入れると魔法陣の光が強くなり僕を包み込んだ──




▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 ──気がつくと岩々に囲まれた場所に立っていた。


 マップには『ベヌス』と記録されている。あたりを見渡すと、ここはかなり広い大地だということが分かる。遥か地平線まで荒野が続いている程だ。


「あらー。ベヌスも随分変わっちゃったわね。緑豊かな大地がこんなに殺風景な土地になっちゃって悲しいー なぎさちゃん。色々と調べてねー」


 ドリアラは一体何者だろうか。この地の住民と言っていたが、とても人が住める環境には思えない。 

 この環境をどこかで見たような気がする…… そうだ! インターネットの写真で見た火星に近いかもしれない。


 周辺を確認すると赤丸が点在している。赤丸はこちらに害意のある魔獣を示すことが分かっているので、ここら一体にいる生き物は全て敵だと認識して良い。


 魔獣はLV15前後。


 それはLv1の僕にとって絶望を意味するのである。LV1の僕がLV15の魔獣に挑もうなど玉砕する気概が必要だ。


 しかしどんな状況だろうと僕は生き延びなければならない。


 訳が分からず流されるままこの地に連れてこられ、訳の分からないまま死ぬなんて嫌だ。


 今までの人生が走馬灯のように頭の中を巡った…… 今までの自分が死ぬという強い覚悟が生まれたからかもしれない。


 誰かを憎んだり恨んだりするような気持ちは沸いてこない。そう思った時、自分の中にある自分とは違う何かが温かくなった気がした。


「なぎさ。心の中で覚悟が決まったようね。必死さが消えて余裕が出たように感じるわ」


 頭の中に響くドリアラの声が心地よかった。

 



【物語解説】

 この世界は3つの次元で構成されているのだ。


 物質次元:通常いる次元

 精神次元:魔力の源となるエネルギーが管理される次元

 感能次元:その人の感覚や情報、無意識などが管理される次元。


 各次元は絶対的な位置関係が同じである。


 物質次元にいる生命体はこの次元しか認識することが出来ず、その他の次元は自分と同じ位置関係を呼び出す、読み出すことしかできない。


 魔力の強さは精神次元における周りに散在する力を取り込む能力に依存する。稀に他者の力を吸いとる生命体もいる。


 感能次元では各個人の情報が記録されている。他の次元と違うのは、個は全であり全は個であるということ。この次元を認識できれば、個が全を見通すことが出来るのだ。しかし能力や条件によって範囲が制限されている。


 マップ機能は、ドリアラがすべての次元を認識出来る生命体であるため、同化したなぎさに感能次元を少し感じられる能力が備わったため使えるようになった。

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