005:緑の輝き

 ──目を覚ますと薄暗い部屋にいた。


 頭が朦朧としている。

 頭を振り両頬叩いて意識をしっかり持つ。


「ここはどこだ?」 

「んー 確か。泥船が沈んで溺れたんだっけ……」


 あたりを見回すと、石で敷き詰められた部屋を僅かな光が青く照らしている。光源を見ると、青い壁越しに広がる海底が見えた。


 この壁。見覚えがある……


 そう、水族館の水槽だ。生き物のいない水槽を観ている様だ。のぞき込んで海底を眺めると……

 魚一匹、生物一匹見当たらず、どこまでも続く海底が広がっていた。


 水の壁に手を伸ばすと、割れない風船のようなぷにぷにとした壁に阻まれる。

 他の道を探すも、奥に続く通路がある以外は天井や壁などを調べても、水の揺らめきに合わせて反射する光が揺らめいているくらいで仕掛けは何も見付からなかった。


 何があるか分からない奥へと続く未知の道へ意を決して進んでいく。


 見慣れぬ通路に写る影が生き物のように動き、「わっ」とか「ビックリした」など独り言が出てしまう。そういった恐怖から辺りを警戒するようにゆっくりと進んでいく。


 キラリッ


 通路に何か落ちている。

 光を発しているのは指輪であった。気になって指輪を拾い上げるとスッと消えてしまった。


 !!


 消えた指輪はいつの間にか左手の薬指にはまっている。引っこ抜いても押してもその場所からは動かない。数分ほど指輪と格闘したが抜けることは無かった。


 諦めて通路を歩いていく。道なりに数分程進んでいくと奥の部屋から美しく輝く緑光が見えてきた。あまりの美しさに恐怖を好奇心が上回り僕の心と体を引っ張る。


 今までの恐怖が嘘のように払拭され小走りになって部屋に入った。


 神殿を思わせる大きな部屋。中央には祭壇が置かれ、取り囲むように様々な装飾品が置かれている。祭壇の上にはこぶし大の緑色の光を纏った球体が宙に留まり祀られていた。


 緑光球に近づくと、囲うように飛び回る小さな物体が飛んでいる。あるのは分かるが無いともいえるような不思議で透明の物体がグルグルと不規則に飛び回っている。


 ……まるで祀られている緑光球を守っているように見えた


 あまりにも非現実的で不思議な美しさに暫く見とれてしまった──

 


 どれ程の時間を眺めていただろう

 

 僕は右手を緑光球に伸ばしていた。

 ──あまりにも美しい光景が僕の無意識に働きかけ引き寄せたのだろう。


 フッ 


 不思議な丸い透明な物体が手に吸い込まれるのを感じた。


 緑光球が解放されたのを喜んでいるかのように、ジグザグに飛び回り逃げるように飛び立った……


 スポンッ


 僕の口の中に吸い込まれるように飛び込んだ。それは味も感触もなく口の中に消えていった。



「あらら……」 

 脳裏にゆっくりと優しい口調をした女性の声が響いた。


「あらまぁ。この次元であなたと同化してしまったみたいね。わたしはドライアド族のドリアラ。これからよろしくね」


 一方的に話を進めるドリアラという女性に詳しく話を聞いた。


 何年も前にアナウスに追われてこの神殿の祭壇にある防御結界に逃げてきた。しかし、結界の外を飛び回って逃げられないように捕らわれてしまったのだと言う。 


「ありがとうねー。私としたことが焦ってあなたの方へ飛んでしまったよ。おかげでこの次元で同化しまったみたい。せっかくの縁で知り合ったのだから助けてね」


 一方的に話しを進めた上に急なお願いで混乱してしまったようで、つい……


「あっ はいっ」  

 口を開けたまま間抜けな声で返事をしてしまった。


「じゃあ決まね。よ・ろ・し・く なぎさちゃん」


「え!?なんで僕の名前が……」 


「分かるわよ。だって同化したんだもの…… でもあなたは私の事は見えないみたいね。そういえば、私が入ったことであなたのディスプが機能しなくなっちゃったみたい。ごめんねー。その代わり周りを見渡す能力が使えるようになってるから許してね」


 ディスプ? 何だそれは? ドリアラと呼ばれる女性に説明を求めた。 


 ディスプはその人のレベルや名前、年齢など別次元に記録された内容を触媒により読み出す事が出来るようになるスキルで、この世界の大半の住人に与えられた固有スキルである。


 ディスプが機能しなくなった僕は、最終的に記録されている「イワヤ ナギサ 15歳 レベル1」が常に表示されてしまうそうだ。


 その代わり頭の中に周辺の様子がマップ機能のように理解することが出来るようになった。しかもある程度の拡大縮小、人物や動物、魔獣などの生命体を表示する機能付き。更に生命体においてはこちらと対峙した時の思考が色で表示される便利機能まであるという。


 早速マップ機能で神殿内部を調べてみると、祭壇の裏に赤丸が表示されてくるのが分かった。 ──赤! 直感的に敵だと分かる色だ。


 祭壇の方を振り向くと魔法陣が光り輝き、真っ黒な騎士がゆっくりと姿を現してきた。


 ゆうに3メートルを超える黒い鎧の騎士。目は赤く光り装備している剣や盾までもが禍々しく黒く塗られている。さらには全身に紫色のオーラを纏っている。


 マップに表示される情報は『デスナイト レベル90』


 ここは死闘を繰り広げて、なんとか勝利するのがストーリー的にベストなのだろうが、僕のレベルは1。どう考えても勝てるわけない。


 体中の血液が引くような感覚を覚え、足は恐怖に震えていた。振り返って逃げようとしたが、震える足がもつれて派手に転んでしまう。転んだが痛みは感じない。感じないというより恐怖の感情が上まって感じられなかったというのが正しい表現だろう。


 四つん這いになって、獣のように恰好悪く逃げ出したが、鎧のこすれる音を響かせながら近づいてくるデスナイトに直ぐ追いつかれてしまう。


 目の前まで来たデスナイトは躊躇することなく手に持っている大きな剣を振り上げる。


 デスナイトが僕に剣を振り下ろすと同時に目を瞑り最後を覚悟した。

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